第45話 浪費家

 フロア内に幾つもある小部屋。

 動物園の展示物のように羽目殺しの大ガラス越しに、2つのゴムに吊るされた石と向かい合う兼成を見つめる航平。

 兼成は、そんな航平に手を振った後、真剣な表情で両手を突き出すと、


「……、……!」


 口を開いて何かを唱えた。

 防音ガラスで聞こえないため、航平には口パクのようにも見えて少し笑いそうになり……。

 直ぐにその感情が驚愕へ代わる。

 兼成の周囲に無数の懐中時計の幻影が浮かび、一斉に動き出す。

 しばらく、最初はゆっくり回っていた針が急速に速度を上げて、目で追うのが大変な速度へ。

 それが大量に動くさまに、目が回りそうになりながらも注視を続けると、部屋に吊るされた石に変化が見られた。

 その時計の進行に合わせるように、片方のゴムがボロボロと風化し、


 ゴトッ!


 と音を立てて、石が地面に落ちる。

 それを確認した兼成が手を降ろすと、懐中時計の針は停まり、そのまま空気に溶けて消えていった。


「…………」


 ゲーム空間や遠いモニター越しの異世界ではない。

 扉1つ隔てただけの隣部屋で使われた魔法らしいモノに、茫然とする航平。


「驚いたかい?

 これが僕の能力"重刻"。

 閉じられた空間に限り、呼び出した時計の数と時計を回した分だけ時間を加速させる能力さ。

 先ほどは1周12時間の時計で、200回転を200個。

 ざっと、50年分ほど部屋内の時間を経過させた」

「時間を50年分!」

「凄いだろう?

 それだけの時間、重たい石を吊りっぱなしだったのに、あのゴム状素材は延びてすらいないんだ」


 そう言って、兼成が指差す先には、相変わらず石を吊った状態のゴムがある。

 しかし、


「いや! 凄いのは小父さんだろ!

 時間を操るなんて!」

「え?」


 航平からすれば、時間を操る能力に驚く。

 未だ人類は時間制御に関しては、取っ掛かりすら模索中の現実。

 妄想の産物であり、その憧れからか、ゲームや漫画でも時間制御能力は、上位の能力として語られることが多いのだ。

 それを当たり前のように行う兼成に、航平が驚きと興奮を覚えるのも当然だが、


「だって、時間を加速するだけだよ?

 霞姉さんのように時間停止や夢乃みたいに逆行出来るわけじゃない。

 黙っていても過ぎていくモノを早くするだけの……」

「いやいや!

 十分凄いよ! だって急激に時間を進めたら無敵じゃない!」


 姉と妹の超常能力と比べて卑下する兼成に、凄い凄いと連呼する航平。

 これは刹那的な人と恒久的な人外の認識の差が大きいだろうか?


「……そうかな?

 そんな風に誉められたのは、初めてだけに少し照れるよ。

 僕らのような人外にとって、時間を多少加速させた所で、大した影響も与えられないからね。

 人外との戦いじゃ戦力外だし、こういった耐久テストくらいしか役に立てないんだけど……」

「そうなの?」


 頭を掻きながら本気で照れる兼成に、疑問を持つ航平。


「うん。

 大抵の人外は、因果律影響耐性ってのを持っている。

 これは因果律による変動を妨害する能力でね?

 ガラスを強く叩くと言う原因があれば、割れたと言う結果が残るだろう?

 この原因と結果の間に自分の意思を介入出来る。

 その介入能力には個人差があるけど、それは瞬間的な力の大小による所が大きいんだ」

「瞬間的?」

「100℃の熱湯の影響は数時間でも耐えられるが、2000℃の炎には一瞬でも耐えられない。

 影響を与えるのに必要なのは、瞬間的な高エネルギーってことだね」


 腑に落ちない顔の航平へ、具体例と共に説明する兼成。


「……分かるような分からないような?」

「……まあ、僕は対人外では役立たずだと思ってくれれば良いよ。

 さあ、具体的な仕事を説明しようか。

 中に入って」


 未だに納得できていない様子の航平に、それ以上の説明は諦める兼成。

 これから人外退治にいくでもないのだから、因果律影響耐性について、完全な理解を求める必要はないのだ。

 それよりも、自分と主の令息が行う業務内容を理解させることを優先するのも自然な話。


「……この2つのゴム状素材は、こちらの切れてボロボロになっているものが、一般的な合成ゴム素材。

 対してこちらは異世界産ベヒモスの革。

 それに同じ質量、材質の錘を付けて時間経過による変化を比べているんだ。

 見た目も明らかに違うけど、それ以外の変化を各種分析装置へかけて調べる。

 その手伝いが主な仕事だね」


 黒ずんでボロボロのゴムと、良く見かける普通のゴムに見える兼成曰くのベヒモス革。

 見た目で充分なくらいに差異があるのだが、


「まあ見た目で違いは分かるだろうと思うかもしれないが、他企業相手に売り込むなら科学的データは必須。

 だけどね……」


 そう言って、ベヒモス革へ高枝用の鋏を入れる兼成。

 鋏の一方を机に固定し、もう一方に全体重を掛けるが、切れる様子のないベヒモス革。


「異世界の上位魔獣産だけに、加工がなかなかキツい。

 その辺もデータを取るんだけど……」

「つまり……」

「航平君の仕事のメインは、素材の切り出し手伝いと言うことだね。

 ……頼んだよ?」


 鋏へ体重を掛けたまま、にこやかに航平へ話し掛ける小父さんモドキに、単純で面倒な肉体労働の予感をひしひしと感じる航平であった。

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