第3話 『アシハラ』

「ただいま」


 重い足取りで家に帰った航平はリビングを素通りして、2階の自室へ向かう。


「おかえりなさい。

 夕飯は唐揚げだから、7時までには降りてきなさいよ?」

「分かった」


 そのまま自室で不貞腐れようと思っていた航平の邪魔をするように、大好物を夕飯に出すと告げる母親。

 予告にない大好物宣言が、まるで航平が落ち込んで帰ってくることを知っていたようで驚きだが、どうせ親父のリクエストだろうと首を振り、了承を告げる。

 幼馴染みから絶縁されたのはショックだが、元凶である斗真に大好物を食い尽くされるのは更に腹立たしいからと……。


 自室に戻った航平はベッド脇の機械に、『ログアウト18時50分』とセットし、ベッドに寝転がるとヘッドセットを装着する。


「認証確認。……OK。

 仰向けで横になり、リラックスしてください。

 本ゲーム中は、現実世界での身体は脱力状態となり、動かせません。

 長時間プレイする際は、専用のマッサージアタッチメントの着用を推奨します。

 本ゲームの長時間プレイによる、エコノミー症候群並びにその類似症状は、健康被害の免責事項とされています。

 ……準備が完了しましたか?」

「はい!」


 ヘッドセットから聞こえてくる女性の声に、食い気味に返答する。

 ベッドから見える掛け時計の時間は、4時25分ほど。

 こうしている間にも、プレイ時間が減っていくのだが、フルダイブシステムが世に出回り始めた頃、健康被害を訴えたクレーマーがいたとかで、同意無しでは起動しなくなったのだからしょうがない。


「フルダイブ開始。

 ……良き経験を」


 了承を取り付けたヘッドセットからの声と、同時に一瞬の浮遊感が航平を襲う。

 それが治まると、エアコンの冷気を感じていたはずの航平の身体は、乾いた空気に包まれたように感じに変わる。


「そういえば、昨日は渇きの街"ドライ"でログアウトしたっけ?」


 夏の暑さを逃れたと思ったら、砂漠の暑さを感じる羽目になった航平。

 とは言え、そこまでの不快感がないのは、蒸し暑い日本と違い乾燥した空気だからなのか、……或いは時間を掛けて育てたアバター"コウ"の能力値に寄る処か。

 リアルの航平に少し背丈と筋肉を追加し、黒髪黒瞳から赤い髪と金色の瞳孔へカラーチェンジしただけの"コウ"だが、そのレベルは54。

 垂直跳びで身長より高い塀を飛び越えられるほどの身体能力持ちだ。

 

「さて、周辺の雑魚狩りでもするか……」


 ログアウトまで現実世界で2時間強。

 このオンラインゲームワールド"アシハラ"は時間加速システムにより、現実世界の倍のスピードで時が進むが、それでも4時間ほどのプレイ時間となる。

 生産やボスレベルに挑むには、心許ない時間しかないので、雑魚狩り一択と嘯く。

 実際は、この周辺は適正レベル30の砂漠地帯であり、そこそこ歯応えのある雑魚が群れで現れるので、八つ当たりに丁度良いだけだが、砂漠の魔物は中級の消耗品素材が取れるので、上位者が乱獲することも珍しくない。

 ……つまり、八つ当たりをしているとバレないのだ。

 そう思って、街の外へ足を向けたタイミングで、


「あの!

 突然、すみません!

 先ほど、周辺の雑魚狩りって言いましたよね?

 パーティー組んで貰えませんか?」


 後ろから声を掛けられる。

 振り向くと、結構な美少女(ただし修正可能なアバター)がコウに話し掛けてきていた。

 彼女の頭上には、赤い文字で"リン.ドウ"とある。


『赤名だからPK拒否。

 リン.ドウ、間に点を入れているのは、"竜胆"や"リンドウ"でプレイヤーアカウントが取れなかったからだろうし……。

 初心者と中堅の間くらい。

 パーティー組んでも安全そうだ……』


「良いですよ。

 ただ、4時間くらいで落ちるんですが……」

「落ちる?」


 笑顔で、了承を伝えるコウに首を傾げるリン.ドウ。

 それに対して、


『うわ、今時落ちるで通じない子か……。

 パーティー早まったかな?』


 等と感じながらも、笑顔で


「すみません、ログアウトを落ちるって表現するんですよ」


 と返す。

 それを聞いて、


「そうなのですね!

 つまり、コウさんは4時間しか遊べないと……。

 大丈夫です!

 よろしくお願いしますね!」


 満面の笑顔で、喜びを表すリン.ドウに、


『前言撤回。

 超可愛いし、ラッキー!』


 と内心テンションが上がるコウであった。


「どうかしました?」

「いや、何でも……。

 あ、僕はレベル54のウォーリアです!」


 表に出さない喜びを噛み締めていると、上目遣いに顔を寄せられ、照れ隠しのために自身のレベルとジョブを伝えるコウ。


「レベル54って、凄いですね!

 ……ところで。

 ウォーリアと言うのは……」


 素直に高レベルを驚き、褒めてくれるリン.ドウ。

 だが、ウォーリアと言うジョブに首を傾げる。


「あ、ウォーリアって言うのはファイターの二次職です」

「二次職? ですか?」


『あ、この子。

 攻略サイトとか利用しない子だ』


「このゲームは、最初は見習いからスタートじゃないですか?

 んで、レベル20で見習い卒業。

 それが一次職で、50超えると上位の二次職へ上がれるんです」


 薄々感付いていたリン.ドウと言うプレイヤーの中の人について、確信を得ながら説明をするコウ。


「じゃあ、私も50まで上げれば、昇格出来るのですね!

 楽しみです!」

「……ですよね!

 色々出来ることが増えますよ!」


 コウの説明に大喜びのリン.ドウは、此処で爆弾を投下する。


「はい!

 あ、私はレベル32のクリエイターです」

「へ?」


『嘘だろう?

 このゲーム、レベルアップだけは、モンスター狩らないとダメなのに、戦闘能力値にマイナス補正掛かってるクリエイターで、こんな優しそうな娘が32とかあり得るの?』


 内心困惑していると、


「何かありましたか?」

「いえ、クリエイターで32は凄いなって!」

「あ、そうでしたか。

 良かったです! レベルが低いからパーティーを組みたくないのかと……」


 不安そうに訊ねられたので、問題無しと返して気付く。


『寄生扱いされたんだな』


 と。

 このアシハラでは、パーティーを組めば仲間が倒した経験値も3割程度パーティーメンバーに入る。

 協力プレイをすれば、短時間で大量の経験値を稼げるわけだが、そのシステムを悪用して高レベルプレイヤーに同行して経験値を貰う人間がいるのも事実。

 そういうプレイヤーは寄生プレイヤーと嫌われる傾向が強いが……。


 長い黒髪に二重瞼。

 整った顔立ちで人形のような美しさのリン.ドウを見て、


『こんな可愛い娘なら全然OK』


 と内心でガッツポーズを取るコウ。

 今日、彼は可愛い寄生プレイヤーを自主的に守るナイトロールプレイヤーの気持ちを理解したのだった。

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