第4話 ナイトロールの失敗と……

 ジリジリと肌を焼く熱気の中、巨大な蠍の尻尾が少女の胸元へ迫る。

 針の長さだけで、少女の身長に匹敵するそれを紙一重で交わすと、少女は短剣を蠍の外骨格の隙間に差し込み捻る。

 痛みに激怒する蠍が、少女を振り払う前に自ら短剣を手放して、ジャンプする少女。


「フッ!」


 呼吸一閃。

 振り落としに失敗した蠍が、右往左往する隙に短剣から伸びた鎖を使って、蠍の上に飛び乗った少女は今度は見るからに毒々しい長い針を蠍に突き刺して、トドメを差す。

 本職のアサシンより鮮やかに、レイドボス"ナイトスコーピオン"を暗殺してみせたリン.ドウに開いた口が塞がらないコウであった。


『やベーよ!

 プレイヤースキルが高過ぎる。

 俺のレベルでも鎧蠍相手に、ソロとか無理だぞ?』


 このゲームに置けるレイドボスは各地を放浪する特殊個体であり、その討伐には、その土地の適正レベルパーティー3つ或いは適正レベルの3倍のレベルが必要と言われている。

 つまり、ソロで目の前のナイトスコーピオン、通称鎧蠍を討伐するなら、レベル90は欲しいと言うこと。

 しかし、


「……中々の手応えでした。

 楽しかったです!」


 等とニコニコ話す少女は、僅かレベル32で、ソロ討伐を成し遂げ、特に誇る様子もない。


「そうなの?

 凄いね、レイドを独りでとか……」

「レイド? ですか?

 それはどのような?」


 コウの称賛に案の定な返答。

 それを聞いて、


『やっぱり知らなかったか……。

 マジで何者だ、コイツは?』


 と、警戒を強めることになったコウ。

 フルダイブだからこそ、現実世界と同様にアバターが動く。

 だから、プロ格闘家とかがゲームをすれば、レベル詐欺が発生するのは有名な話だが、じゃあ目の前の少女は?


『古の暗殺者一族の末裔とか……。

 ……ないな』


 浮かんだ答えを直ぐ様打ち消す。

 そんな漫画みたいな話は聞いたことがない。

 それに、


「レイドってのは、複数の人間で戦うのを前提とした特殊モンスターだよ。

 だから凄いなって……」

「そんなのがいるのですね!

 参考になりました!」


 そんな特殊な背景持ちなら、下調べはするはずだし、野良パーティーは絶対組まないだろうから……。


『ある種の天才かな?

 ……羨ましい』


 そう結論付けたコウ。

 その時、


「あの?

 コウさん。

 もしかして何か悩んでいます?

 よろしければ、今日のお礼にお話くらいは聞きますよ?」

「!」


『どうして!』


 内心の羨望を言い当てられて、驚くしかないコウ。


「すみません。

 時折、気が散っているようにお見受けしたので……」


 そんなコウの状況を見抜いたリン.ドウは事情を述べる。

 コウは、女性の持つ鋭さに驚かされつつ、


「すみません。

 ……聞いて貰っても良いですか?」


 と絞りだして、街の方向を指差すのだった。



 

 砂漠の街であるドライのカフェは、全て室内且つ個室の造り。

 その中で、常連となっている1つに入り、今日の出来事を話したコウ。

 それに耳を澄まして聞いていたリン.ドウは、


「幼馴染みさんの言うことも分かります。

 コウさんは、お父様が家にいることの多いご家庭とのことですから、それがコウさんの"普通の家族"の基準となっているのでしたら、それを危惧するのも当然かと……」

「やっぱり……」


 玲香の行動に理解を示す。

 女性視点では、そう見られるものなのかと肩を落とすコウだが、


「ですが……。

 幼馴染みさんも少し早計と言いますか、コウさんのお父様がどういう仕事をしてみえるかは知らないわけですよね?

 それを知ってからでも、良かったのではないかとも思います」

「あ!」


 続く言葉を聞いて、コウは自身の思い違いに気付く。


『僕は玲香に振られたことが辛かったんじゃない。

 ……いや、もちろんそれもあるけど、父さんを一方的に悪く言われたことが……』


 と言う思いに。


「どうかしました?」

「いえ!

 ただ、少し迷いが晴れた気がします!」

「それは良かったです!」


 コウが漏らした声を拾ったリン.ドウの疑問に、笑顔で返すコウ。

 安心したような顔になるリン.ドウをつくづくいい人だと思いながら、


「……あの、話を聞いて貰っておいて悪いんですが」

「……はい。

 お父様と早くお話してください」


 申し訳なく切り出そうとして、先手を打たれる。

 敵わない人だと思いながらカフェを飛び出し、広場の噴水へ走り出したコウは、ログアウト手続きを始めた段階で、リン.ドウとフレンド登録をしていないことに気付いたのだった。

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