第30話 Worlds end(4)

 それはシツツメが管理者なる存在と出会い、半ば無理矢理に夜桜市のダンジョンの管理を任されてからしばらくの月日が経ってからだった。シツツメの周りを取り囲んでいた賑やかしの連中や、ダンジョンの最下層でシツツメが未知の何かを手に入れたと考え、そのおこぼれを貰おうとしていた連中が落ち着きを取り戻し、シツツメが自分のことに時間を割けるようになってから、シツツメは初めてダンジョンに潜った。


 シツツメなりに考えていたのだ。このダンジョンで迷ってしまった人間を助ける以外に、もっと効率的な──都合のいい話だが、それでもう終わってしまうような手段を。

 人を助けるというのはシツツメにとっては何も問題は無く、むしろそういった事情が無くともやりたいことではあるが、いかんせん終わりが見えなさ過ぎた。ゴールの無いマラソンをしているようなものだ。それにその人助けの最中で、自分が死んでしまっては元も子もない。だからシツツメは自分の能力をもっと上手く使えれば、一気に状況が変わるのではないかと思っていた。


 そしてシツツメはあることを考えつき、それを試そうとダンジョンへとやって来た。凄まじい必殺技を編み出したとか、そういうものではない。自分の能力の更なる応用、見方を変えてみて気づいたことを試そうとしていた。


 シツツメはダンジョン内を繋ぎ、渡ることができる。簡単に言えば川に橋をかけてそこを

渡り、向こう側に行くというものである。それをダンジョン内限定であるが、自由に行えるのがシツツメの能力。勿論万能の能力ではなく、シツツメ自身も過信はしていない。

 ダンジョン内で別の階層に渡る際、そこに繋がる道をシツツメは渡っていたが──その道を途切れさせて、渡れなくしてしまえばいいのではないかと、シツツメは思ったのだ。


 異世界からやって来る可能性のある奴らは、恐らくダンジョンの最下層に現れるはずである。実際、シツツメが異世界へと行ってしまったのも最下層からだった。ならばその最下層と上層を繋いでいる道を途切れさせ、渡れなくしてしまい、ダンジョンの最下層を完全に外の世界と隔絶させてしまえば、脅威はやって来ないはずだ。

 ダンジョン内でそこだけで終わってしまう世界を作り上げ、閉じ込めてしまおうというシツツメの試み──だが結局、シツツメはそれを行うことはせずに、ダンジョンから戻ってしまった。そしてその日以降、シツツメはそれを試みようとすることはなかった。


 気づいてしまったのだ。その閉じられた世界を無理矢理作ろうとしてしまえば、自分がどうなってしまうかというのを。


 だからシツツメは凛音に少しの罪の意識を感じながらも、それを行うことを決心した。



 ◇



「それをするには、俺がここにいなきゃダメなんだ。繋ぎ、渡ることのできる俺がここにいて、ダンジョンという世界の中を繋いでいる道を壊すことができるのは、俺しかいない。人柱……みたいなもんか」


 

 

 シツツメは左胸を握り締めている手に力を込めながら、小さく呟いている。その様子を見ていた凛音は無数の黒い球体を自分の周りに浮かび上がらせ、その全てをシツツメに向けた。それはいつでも打ち出せるが、凛音はそうしない。できなかった。


「貴方は自分が何をしようとしているのか分かっているの!? 今ならまだ、第一層に渡れば助かる──脅しのつもりなら、そこまでにしておけ!」


 凛音は先ほどまでの余裕は無く、切羽詰まった表情、そして声でシツツメに向かって叫んでいた。今からシツツメがやろうとしていることを止めるには、シツツメを殺せばいい。だがもしそうしてしまっては、凛音の目的が果たせなくなってしまう。凛音は震える右手をシツツメに向けながら、シツツメが考え直すことを祈っていた。


 いくら自己犠牲精神があろうと、自分の命を犠牲にしてまでそんなことをするはずがない──それが普通の考えだが、シツツメは自分にしかできないことをするべきなのかどうか、長い間、ずっと抱え込んでいた。


 シツツメにとって、これがきっかけとなった。恐怖はある、あれをしておけばという後悔もある。それをひっくるめて、シツツメはそうするべきだと選んだのだ。


「閉じろ」


 シツツメは左胸を握り締めていた手の力をふっと緩めたと同時に、ぽつりと呟いた。凛音がシツツメに黒い球体を打つべきかどうか迷っている間に、それは終わっていた。


 ダンジョン内部。その最下層と、そこから上の階層を繋ぐ道をシツツメは断ち切ってしまっていた。ダンジョン内部という特別で、そして外の世界から離れた場所。その外の世界から離れた中と中を繋いでいる道が途切れ、この夜桜市のダンジョンの最下層は何処にも属さない、完全に隔離された世界となってしまっていた。


 凛音にもそれが感じられていた。ついさっきまで触れることのできたものが急に遠ざかり、暗闇の中を手探りで歩くような、非常に心細い感覚。そしてその手は何にもかからず、自分一人だけ取り残されてしまったという絶望に近い感情が凛音を侵していた。


「……脅しだ。そうでしょう? シツツメさん、さっき貴方は試したことが無いと言った──だから今この状況は、貴方の試みが成功したのかどうか分からないはずだ。それに仮に成功していたとしても、貴方が断ち切った道を繋ぎ直すことは可能なはず。違う? ……いや、そうに決まってる。そうでなければ貴方は、ここで死んでしまうのだから」


 凛音は所々、震える声でシツツメにそう言った。その言葉はこうであって欲しいという、凛音の願望だった。


 シツツメは何も言わない。もうあまり力も入らないのか、のそのそとした動きで右手を持ちあげると、その右手の指先を自分の首に当てた。その指先は大体、頸動脈の位置にあった。


「もしかしたら、繋ぎ直すということはできるのかも知れないな。でも、そうはしない。そうするべき理由も無い」


 シツツメはそれだけ言ってから、ふ、と笑った。その笑みを見て、凛音は「あ」と声を漏らし、そして確信した。


(この人はもう──)


「……ああ、店の戸締り忘れたな」


 シツツメは思い出したように呟きながら、首筋に当てた指先を軽く動かした。

 瞬間、シツツメの首を貫く穴が開いた。大量の血が噴き出し、シツツメの体を伝っていき、そしてシツツメは力なく床の上に仰向けに倒れる。倒れる際に顔面を強打する音が響いたが、もうシツツメには何の反応も無い。


 目を見開き呆然と、血まみれで倒れたシツツメを見ている凛音。凛音自身は気づいていないが、周りに浮かんでいる黒い球体のひとつが消えていた。シツツメは凛音の能力で生み出されたその黒い球体のひとつと、自分の首を繋いで渡らせていた。


 シツツメにとってそれは自己犠牲というほど高尚なものではなく、かと言って自殺と呼ぶほど卑下なものでもない。シツツメがずっと自分なりに考えていた、ひとつの解決方法だった。自分が住んでいる街──あるいはこの世界を守るための。


 本当はそこにシツツメはいたかった。今となってはになってしまったが。

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