第56話 大食い大会

 翌日。

 私はとある大会に飛び込み参加をしていた。


『さぁ! 始まりました! 国王陛下主催しゅさいの大食い大会です! それでは、さっそくエントリーされた方々の紹介をして行きましょう!』


 私は他の人達に見えるように、少し高い場所に座っている。

 台の上には横一列にテーブルとイスがおかれていて、私はその中のイスに座っている1人だ。


 目の前には多くの人達が見ていて、その中にクルミさん達もいる。


「サフィニア頑張って!」

「この大会で優勝したらもう王都でお仕事はしなくてもいいのです!」

「君の力を見せてくれ! そして色々と祭りを楽しもう!」


 皆がそれぞれ私を応援してくれる。

 ここまで応援してくれるのであれば、私は勝たなくてはならない。

 いや、勝つ。

 私の勝利を信じてくれているみんなのために!


 そう思っていると、隣にいた身長2m横幅1mはありそうな上半身裸の大柄な男が話しかけてくる。


「お嬢ちゃん。そんな細い体のどこに入れるってんだ。記念参加ならやめておきな」

「記念参加ではありません。私が優勝賞金を手に入れます」


 優勝賞金は100万ゴルド。

 これだけあれば王都にいる間……祭りが始まる3日後までは問題ないだろう。

 それどころか、甘いものとか、色々な調味料を買いにいく時間ができるはず。


 何がなんでも勝たなければならない。


「ほう……その心意気はいいが……勝てるかな。この前年度覇者である俺様に!」


 彼がそう言うと、実況の人がタイミングよく彼を紹介する。


『さぁ、今年も出てきましたこの男! 前年度覇者どころか過去3回優勝をしています! その大柄な体の通り胃袋も極大サイズ! ジャイアントカリブーです!』

「うおおおおおおおお!!!」


 彼が咆え、観客達もそれに応える。

 凄まじい熱気が私の所にも伝わってきて、これが大会優勝者かと息を飲む。


「すごい……」


 そのまま実況は私の紹介になる。


『次は飛び込み参加の少女サフィニア! 一体彼女はどこまで戦えるのか⁉ それとも記念参加か? 今後が楽しみです!』


 予想通りという訳ではないけれど、私の紹介はそれくらいだった。

 でも、それでもいい。


 大事な事は1つだけ。

 私が優勝できればいいのだ。

 観客達に期待されたい訳じゃない。


 他の人の紹介を聞いていると、驚くべき人が参加していることに気付いた。


『お次は最近勢いを増しているガールズパーティ《女神の吐息アルテミス・ブレス》よりカトレア! 彼女は去年こそ参加していませんが、一昨年の大会では優勝しています! その細身のどこに入るのか! まるで彼女の胃袋はマジックバック! 今年はジャイアントカリブーとの戦いが見どころです!』

「え? カトレアさん?」


 私が驚いてそちらの方を見ると、彼女も気付いたのか私の方を見て手を振ってくれる。

 だけど、温厚そうな表情はどこかに行っていて、とても真剣な目をしていた。


 彼女の口を見ると、『正々堂々戦いましょう』と言っているように見えた。


 私も返さなければ。


「負けません。いえ、勝ちます」


 そう口で返事をすると、彼女は少し目を見開いて、ニコリと笑う。


 私も前を向き、戦うために意識を集中させる。


 絶対に勝つ。

 勝って一緒にみんなで美味しい物、甘いものを食べるんだ。

 仕事をするのもいいけれど、それだけじゃない。

 楽しむために!


 そう決意していると、実況の人が食べる食事の説明を始める。


『それでは早速大会を始めていきましょう! 最初に食べる料理はこちらです!』


 そう言って私達の前におかれたのは大きなパンが5個だった。


 ルールとしては、このパンを5個食べる、それを食べ終わったら、王都で有名なお店が提供しているパスタを食べることができるのだ。


 時間は1時間。

 その間に誰がもっとも多くのパスタを食べれるのかで優勝が決まる。


 ちなみに、参加費として1万ゴルド支払っており、負けると普通に赤字なので本気でやる。


 大きなパンが私達全員の前におかれたのを確認すると、実況の人は開始を宣言する。


『それで試合開始です!』


 ジャァァァァン!!!


 大きな楽器が鳴らされると同時に、参加者が一斉に食べ始める。


 私もパンを手に持ち、しっかりと味わって食べる。


「うん。美味しい!」


 パンの大きさは私の拳3つ分くらいあって、クルミさんであれば1つも食べきれないだろう。

 でも、これだけ美味しいパンなら私はいくらでも食べられる。


 私は食べかすが落ちないように気を付けて食べていく。


 そして、3個目を食べ終わった所で、実況の声と、観客の歓声が聞こえる。


『おお~っと! ここでジャイアントカリブーが早速パンを食べきった! 流石前年度覇者! 今年も勢いは衰えない!』


 ジャイアントカリブーは食べ終わって次の品が出てくるのを待っている間、私に話しかけてくる。


「おいおい、まだそこかよ。まぁ、記念参加じゃなかったっていうのは分かるが、そんなんじゃ俺様には勝てねぇぞ?」


 そう言って、彼は目の前に運ばれてきたパスタを食べ始める。


「……」


 私はそれから少し食べるペースを早める。

 そうだ、私は味わって食べている場合じゃない。

 勝つためにはもっと……早く食べること、そのことを考えていかないといけないんだ。


 それから私は食べる速度を上げて、パンを食べきった。


「ふぅ……」

『5番目に食べきったのはなんと少女サフィニア! まさかまさか! ダークホースの登場か⁉』


 それから私は目の前に置かれたパスタを見る。


 目の前には鼻孔びこうをくすぐり、素手でも食らいつきたいパスタが置かれていた。

 パスタからは湯気が上がっていて、たった今作られたのが分かる。

 ソースはチーズがこれでもかとかとかけられていて、パスタの熱でチーズが溶けていてからんでいる。


「美味しそう……」


 私はこれを食べ始めたけれど、美味しさで意識が飛びそうだった。


「すっごく美味しい!」


 素直に手放しでそう言えるくらい美味しかった。

 パスタとチーズが絶妙なバランスで絡み、口の中に入るとさらにそこから1段上がる。

 チーズは1種類だけではなく、何種類か入っていた。

 それがチーズごとの溶ける温度が微妙に違っていて、口の中で固くなるもの、そのまま溶けて拡がる物。

 その加減差が職人芸のように感じたのだ。


「お代わり!」


 私は一瞬で食べきってしまう。


 それからは私はただひたすらに食べた。

 この美味しさを知りたい。

 この美味しさをもっと……もっと味わい尽くしたい。

 そして、この美味しさを自分の物にして、みんなに食べてほしい。


 私は全神経を使って舌の感覚を研ぎ澄ます。


「もっと、もっとください!」


 私はこの至福の時間を味わっていき、ずっと……ずっと食べ続ける。

 このチーズはどこの産地の物か? パスタの茹で加減はどれくらいか?

 食べても食べても考えることはなくならない。


「お代わりです!」


 しかし、途中からお代わりが出てこなくなる。


「あの、お代わりがほしいんですが……」

「いえ……あの……時間は過ぎておりますが……」

「え?」


 私は驚いて振り返ると、後ろで少し申し訳なさそうに説明してくるスタッフの人がいた。


「あの……ですから、もう時間はきていまして……これから測定に入るんです」

「あ……すいません。よろしくお願いします」


 もっと食べたかったけれど、終わったら仕方ない。


 実況の人が声を高くして話す。


『それではこれから測定に入ります! と言っても……ほとんど決まっていると思いますが……』


 そう達観したような口調で話すけれど、誰が一番になるのだろう。

 優勝しないといけないのに、私は……。


『それでは、それぞれ数えていってもらいましょう!』


 実況の人が言うと、スタッフが数えていく。


 次々に人が脱落していくけれど、私はなんとか3位には残っていた!

 他の2人はジャイアントカリブーさんと、カトレアさんだ。


 まず最初に脱落したのは……。


『30皿! 第3位はジャイアントカリブーだ! まさかの去年王者がここで敗退!』


 残ったのは私とカトレアさん。

 私は目をつむって、もっと早く食べることに集中しておけば……。


 そんな祈るような気持ちを持ち、私は実況の言葉を待つ。


『そして2位は……34皿を食べたカトレアだ!』

「……」


 ということは……。


『そして栄えある1位はまさかのダークホース! サフィニア! しかも57皿食べるという圧倒的な差だ! もう比べるまでもない!』

「え? 私そんなに食べていたんですか?」


 今更ながらに目の前の皿を見ると、確かに隣のジャイアントカリブーさんの皿の倍近くある。


「嬢ちゃん……よくそんな腹に入れられるな……」


 ジャイアントカリブーさんは顔を青くしながらそんなことを話してくる。


「腹に入れるというより、私はこの美味しいパスタを食べていただけです。正直……もっと食べたかったくらいです」

「そうか……それが……あんたが勝った理由かもな」


 それから私はカトレアさんに軽くあいさつをしたけれど、彼女も顔を青くしていた。


「サフィニアちゃん……胃袋マジックバックの称号はあげるわ……」

「え? いえ別に……」

「それじゃ……ちょっと……私は宿で休むわ……もし何かあったらここにきてちょうだい」


 カトレアさんはそう言って紙を渡してきた。

 アザミさんはカトレアさんの横から表情を変えずに言ってくる。


「優勝おめでとう」

「ありがとうございます」

「カトレアがこんな調子だからな。ここで失礼する」

「はい」


 カトレアさんがかなり食べてしまったからか、あまり話ができずに宿に戻るようだ。


「みんなの所にいかないと!」


 私は優勝できた気持ちを爆発させ、みんなに駆け寄る。

 ただ、ちょっと体が動かしにくいのはどうしてだろうか。

 いや、今はいい。


「みんな! 私、勝ちました! これで賞金もゲットです!」


 皆は笑顔で出迎えてくれた。


「おめでとうサフィニア! 見ててすごかったよ! しかも、美味しそうにきれいに食べるから見とれちゃった!」

「わたしもなのです! みていて美術品みたいにすごかったのですよ!」

「アタシもまるで吸い込まれるように消えていく料理は初めて見たからびっくりだ」


 そう言ってくれたので、私はこれからの事を話す。


「ありがとうございます! では 今からいっぱいご飯を……甘い物を食べに行きましょう!」


 私がそう言うと、クルミさんが代表して言ってくる。


「サフィニア……そのお腹で行くの?」

「え?」


 私は自身の体を見ると、かなり大きくお腹が出ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る