第40話 活躍するとかしないとか

「ネムちゃん危ない!」

「え」


 私はネムちゃんに襲い掛かっている大口おおくちの何かにアッパーを繰り出す。


「キシャ⁉」


 それは思い切りのけ反る。


「あれはなに⁉」


 振り返ったネムちゃんが説明してくれる。


「あれはアサシンスネークなのです! 暗闇に紛れて襲い掛かってくるCランクの魔物で、毒も持っているのです! 大きさは6,7mはあるのに動きは静かで素早いのです!」

「分かった! 気を付けるね!」


 私はそう言ってアサシンスネークに突撃していく。


 奴はのけ反りってもすぐに体勢を立て直し、再び私に食らいつこうと大きな口を開けてきた。


 今度は私は奴の歯、上下それぞれを掴む。


「キシャ!!??」

「そんなに大きく口を開きたいなら! もっと開かせてあげます!」


 私はアサシンスネークの口を限界以上に開き切る。


 バギ!


 何かが外れる音がして、それからすぐにアサシンスネークの体から力が抜けていった。


 私は一応警戒しながらネムちゃんに聞く。


「ネムちゃん。どうですか? もう倒せていますか?」

「は……はいなのです……。あ、あんな風に倒すのは初めてみたのです」

「そう? でも良かった。ネムちゃんが無事で」


 私がそう言うと、ネムちゃんはちょっと驚いた後に、申し訳なさそうにする。


「申し訳ないのです……わたしは何も力になれず……」


 彼女はそう言ってくるので、私は彼女に言う。


「それなら、今からやってもらおうかな」

「な、なにをさせられるのです?」

「うふふふ」

「ひ、ひぇ」


 私はにこやかに笑いながら、ネムちゃんに詰め寄る。


 ネムちゃんの顔は今から食べられる子羊のような顔をしていた。

 子羊は絵本でしか見たことないけれど……。


 それから、私はアサシンスネークをマジックバックにしまい、ネムちゃんに手伝ってもらっていた。


「それでは教えてください。新しい料理を!」


 私にとって大事なのは料理だ。

 まさかネムちゃんが私が知らない料理を知っていたなんて。

 そういえば、ミカヅキさんも天ぷらの存在を知っていた。


「クルミさんからも……ふふ」


 ということはクルミさんも私が知らない料理を知っているかもしれない。

 今度ちょっと聞いてみよう。


「さ、サフィニアさん? クルミさんまで巻き込んで何をするつもりなのです? 料理を習う時にその表情は危ないのですよ」

「え? 私そんな顔をしていました?」

「正直女の子がしていい顔ではなかったのです」

「そ、そんなに? 気を付けるね……」


 ネムちゃんにそこまで言われるのであれば、流石に気をつけねば。


「それでは気を取り直して教えてくれますか?」

「はいなのです。新しい料理はローストディア―。まぁ……ざっと言ってスカイディア―の肉をロースト、すだけなのです」

「はい」


 それから、ネムちゃんに教えてもらいながら、調理をする。


「最初はお肉をある程度……このくらいに切り分けて、常温に戻しておくのです」

「なるほど」

「それは先にやってあるので、下味をつけて……」

「ふむふむ」

「そして、フライパンで焼き色がつくまで……大体1分くらいなのです? それくらいだけ焼くのです」

「1分ですか?」


 あまりの短さに驚いてしまう。

 1分ではほぼ確実に焼けないからだ。

 流石に生肉はちょっと問題があると思う。


 そう思っていたら、ネムちゃんは続きを説明してくれる。


「これは肉のうま味を中に閉じ込めるためなのです。なので、少しでいいのですよ。本番はこっちなのです!」


 ネムちゃんは焼き目をつけた肉を、クルミさんが作ってくれていたかまの中に入れる。

 その前に、肉はメタルスライムの皮で空間が生まれるようにきれいに包んであった。


「後はこれで数十分待つだけなのです。短すぎるとお腹を壊し、長すぎるとお肉が固くなりすぎる。このバランスがすごく重要なのです!」

「すごいですね。その待つ時間のコツとかはあるんですか?」

「勘なのです!」

「勘……」


 そんな言葉でできるだろうか?


 そう思っていたら、ネムちゃんが任せろとばかりに胸を叩く。


「大丈夫なのです! ちょっとお腹を壊すくらいならわたしの回復魔法でなんとかなるのですよ!」

「壊すことが当たり前なんですね……」

「と、言うのは冗談としても、わたしにできることはそれくらいなのです。戦闘では……役立たずなので……」

「?」


 なんだかネムちゃんの暗い声が聞こえて、私はネムちゃんをじっと見つめる。


「な、なんなのです?」

「ネムちゃんは役立たずじゃないですよ」

「でも……」

「ま、ではとりあえず料理を教えていただけますか?」

「も、もちろんなのです」


 それから少し待って、ネムちゃんはローストディアーを窯から取り出す。


「肉はこのままおいておくのです。時間にして1時間くらいでしょうか。その間にソースを作るのです」

「うん」


 それからネムちゃんにソースを作る時に気を付けることを教えてもらいながら作る。


 ソースは色々な種類や派生形があるらしく、1時間はあっという間に経ってしまった。


「もうそろそろ出来てるんじゃないかな?」

「あ、そうなのです」


 私はローストディアーを取り出し、テーブルの上に置く。

 メタルスライムの皮を開くと、中にはとても美味しそうなローストディアーがあった。


「ごくり」

「サフィニアさん? これは明日のご飯なのでは……」

「ネムちゃん」

「は、はい」

「見張りの交代まで時間はあるよね?」

「そ、それは……まぁ、まだ作り始めたばかりなのです」


 私はチラリと、先ほど作ったソースの山を見る。


 こんなのはどうだ?

 こんな味があったら美味しいんじゃないのか?


 そんな事を話して試していたら20種類も作ってしまっていた。


「ちょっとだけ……味見しない?」

「え……でも……」

「いいから、ちょっとだけ……ね?」


 私がそう聞くと、ネムちゃんは戸惑いながらも頷いてくれる。


「分かったのです。確かにこれでお腹壊したら大変なのです。味見は必要なのです」

「さ、それじゃあ食べるよ!」

「わわ! そんなにたくさん切るのです⁉」


 私はローストディアーを一切れとかではなく、全部切っていく。


「後で食べるんだから、切るだけだって。それで最初は……」


 私は一切れを取って、一番最初にネムちゃんが作ってくれたソースをつけて食べる。


「うん! すっごくおいしいよ!」


 ローストディアーにつけたソースは肉とからんでとてもマッチする。

 その味の中にちょっとした酸味があり、それがいいアクセントになっているのだ。


 これなら何枚でも食べられる。


「さ、サフィニアさん⁉ 何枚食べるつもりなのです⁉」


 ネムちゃんが驚いて止めてくるので、私は思い直す。


「そっか、同じソースだとダメだよね」


 私はそう言って他のソースにつけて食べ始める。


「そういう事を言っているのではないのですよ⁉」

「うーん……はい」


 私は他のソースを何種類か食べて、それから最初のソースをつけた肉をネムちゃんの口に持っていく。


「な、なんなのです?」

「食べてみて」

「……」


 ネムちゃんは少し迷った後、意を決して肉を食べる。


「美味しいのです!」

「でしょう? さっき……私が作ったソースにつけて食べてみたけど、ネムちゃんが最初に作ってくれたのが一番おいしい」

「本当なのです?」

「うん。本当。それでね。私、思ったんだ。戦闘で役に立つとかって……私達からしたらどうでもいいと思うんです」

「どうでも……ですか?」


 ネムちゃんは不安そうに見返してくる。


「はい。だって、私達は別に戦闘をメインにしようとしている訳じゃない。それよりも、リンドールの町でツバキさんの屋敷を掃除した時とか、ロックリーンの『笑酒亭』で回してくれたり、とっても活躍してくださったじゃないですか」

「サフィニアさん……」

「私達はみんなを助けて、美味しく、楽しく、それぞれのやるべきことをやる。そうやって集まったみんなじゃないですか。それに、こんな美味しい料理、私は作れませんでしたよ?」

「サフィニアさん……」


 ネムちゃんは少し涙ぐんでいる。


 でも、私は泣かせたい訳じゃない。


「ネムちゃん。もっと食べてしまいましょう。これは味見なんです。そして、食べて笑いましょう。みんな……笑顔でずっといたいと思っていますよ、当然私も」

「ありがとう……ございますなのです」

「いいから食べましょう! さっさと食べて次を作りましょう!」


 私は残りのローストディアーに手を伸ばすと、声をかけられる。


「サフィニア? 何を食べるって?」

「なにって、それはもちろんローストディアーに決まっているじゃないですか」


 私はそう言って肉をくわえながら振り返ると、そこにはとてもにこやかな笑顔のクルミさんとミカヅキさんがいた。


「……」


 私は黙ったまま肉を食べきる。


「ちょっとはなにか言ったらどうかな⁉」

「いえ、食べてたので」


 食べる時は口を閉じて食べないと。


「2人だけで食べるなんて許しません! あたし達にも食べさせなさい!」

「アタシも騒がしくて起きたら2人が楽しそうに食べてるんだもん。のけ者にされるのは許せないかな~? ネムちゃんも」


 ミカヅキさんがそう言ってネムちゃんの方を見る。


「わ、わたしもなのです⁉」

「当然でしょ~? 勝手に食べてたなんてずるいんだから」

「アタシ達も食べたかったんだからね」


 クルミさんとミカヅキさんはそう言いつつ、私の方をチラチラと見てくる。


 私はなんとなく2人がしたいことを察して、2人にのった。


「実はネムちゃんが味見って言いまして……」

「サフィニアさん⁉ それは酷いのです⁉」

「さっき味見は必要って言ってたじゃないですか」

「言いましたけど、切り取りが酷いのです⁉」


 それから、私達は残っているローストディアーを食べ、新しい物を作った。


 2人は……きっと、さっきのネムちゃんの話を聞いていたんだと思う。

 そして、私達の間に活躍するしないの話はない。

 お互いの呼び方で多少は感覚の違いはあるかもしれないけど、そんな物は大した差じゃない。

 そう言いたいんだと思う。


 その日はそんな事を話して、楽しく夜が更けていった。


******


 翌日。


 私達は少し眠たい目を擦りながら、歩いていると、目的としていた村に到着する。


「あれが……ザラ!」


 ザラの村の中の人はとても忙しそうに走り回っていた。

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