第41話 ザラ

 私達は忙しそうに書類を書いている門番に一言話し、彼の横を通って村の中に入る。


 村の中を進む中で、私は少し疑問に思う。


「なんだか……忙しそうじゃないですか?」


 通りすがる人はみんな忙しそうに早歩きか走っていて、なにか仕事をしているようだ。

 しかも、村という割にかなりの人がいて、不満そうな顔を浮かべている人もいた。


 ネムちゃんがこの村の説明をしてくれる。


「このザラの村はロックリーンと王都アウベニールの間に位置する宿場なのです。なので森の中にあると言っても、農作地はかなり広く、この国の村の中ではかなり大きな村になるのです。しかも、今は王都で祭りがあるのです。ということで、多くの人がこの村に滞在しているはずなのです」

「それでこんなに忙しそうなんですね」

「だと思うのですよ」


 ネムちゃんから説明をしてもらうと、ミカヅキさんがクルミさんに聞く。


「それで、セドリスさんからの手紙は誰に届けるんだい?」

「えっと……村長に届ければいいと書いてあるね」


 クルミさんはもらった手紙を確認していた。


「村長の家ってどこなんでしょうか? ネムちゃんの言う通りかなり大きいですよね」

「うーん。とりあえず適当な人に聞いてみようか。すいませーん」


 クルミさんはそう言って道行く人に村長の家を教えてもらっていた。


 私達は村長の家に向かうと、結構大きな屋敷があった。

 セドリスさんの家ほど大きくはないけれど、ツバキさんの家をちょっと大きくしたくらいはある。


「すいませーん!」


 クルミさんはそう言って屋敷の門を叩くと、30秒くらいしても誰も出てこない。


「あれー? 忙しくて出てこれない……とか?」

「なにか問題が起きてて出てこれないとかあるんですかね?」

「そんなことあるかな……」


 クルミさんと話していると、勢いよく扉が開けられた。


「どちら様ですか⁉」


 額に汗をかきながらも、ちょっと荒い息遣いのメイドさんが出てくる。

 その手には包丁ときかけの果実を持っていて、料理中だったことが分かる。


「村長さんに手紙を届ける依頼を受けたんですが……」

「村長に⁉ こちらです!」


 メイドさんはすぐに背を向けて中に入れと背中で語る。


「いいのかな……名前とか名乗らなかったけど」

「クルミさん。中に入ってから考えましょう」

「えぇ……たくましくなったね」


 私達はそろって中に入り、メイドさんの背中を追う。

 そして、執務室に案内された。


「ここです! なにかあったらお呼びください!」


 メイドさんはそういってそそくさと立ち去ってしまう。


 私達はノックをして部屋の中に入る。


「入れ」

「失礼します」


 私達が部屋の中に入ると、そこは山だった。

 机やソファは当然のごとく、床にもかなりの量の書類が積まれている。


「なんの用だ?」


 机の向こう側、書類の山の奥から老人の声が聞こえてきた。


 クルミさんはその声の主に答える。


「ロックリーンの町のセドリスさんから村長にお手紙を預かっています。ちなみに村長さんであっていますか?」

「なに⁉」


 バサバサバサ!


 声の主が叫んで立ち上がると同時に、机の上にあった書類の山が崩れる。

 向こう側から見えたのはセドリスさんと同じくらいの年齢の男性だった。


「あ……」


 彼は目の下に濃いクマがあり、とても疲れているようだった。


「あの……大丈夫ですか?」

「あぁ……気にするな。ワシが村長で間違いない。それよりも手紙は?」

「こちら……に……なります」


 クルミさんは書類の山を崩さないように気をつけながら彼の元に向かう。

 なんとか気を付けて村長に手紙を渡すと、彼は一生懸命に読む。


「なるほど……なるほ……ど? これは……? 暗号……か? それとも……」


 村長さんは手紙を読んで頭を抱えている。

 それから少しして、肩を落とした。


「あいつ……なんでこんな手紙を……。ワシの危機を知って連絡をよこしてくれた訳ではないのか……」

「なにが書いてあったんですか?」


 クルミさんが興味本位で聞いている。


「下らんダジャレが書いてあっただけだ。正直本当にセドリスが送ってきたものなのか信じられん」

「あー……それは……その……すいません」


 心当たりがあるクルミさんはそう言ってほほをポリポリとかいていた。


「? 別にお主のせいではあるまい。それよりも……お主達。もしや冒険者か?」


 村長はクルミさんとネムちゃんの服を見てそう訪ねてくる。


「そうです。でも、あたし達は基本的に低ランクなので戦闘の依頼は……」

「ああ、そんな依頼でなくてもやってもらうことはいくらでもある。まず魔法使い」

「あたしはクルミと言います」

「クルミ。水魔法は使えるか?」

「一応使えますけど……」

「なら、お主達に依頼がある」

「依頼ですか? でも、あたし達王都に行く用事が……」


 クルミさんが村長に言うと、彼は問題ないと告げる。


「それなら今王都への道は封鎖されている。Aランクの魔物、ヒュドラが出たからな」

「ヒュドラが⁉」

「ああ、ここから王都に向かうための道の近くにヒュドラが縄張りを作っているのだ」

「なら急いで戻らないと!」


 クルミさんはあせって近くの書類の山を崩してしまう。


 でも、村長はそんなのには目もくれずに続けてくれる。


あわてるな。今隠密能力の高い冒険者が王都に緊急の依頼を出している」

「でも、いつになるか……」

「すでに王都から派遣されることは決まっておる」

「あ……もう?」

「新進気鋭のBランクパーティ。《女神の吐息アルテミス・ブレス》だ。すでにこちらに向かっていて、2,3日で来るだろう。だから待っている方が早い」

「確かに……」


 ここから数日かけてロックリーンに戻って、そこから森を迂回するルートを通らなければならない。


 早く見積もっても1週間は簡単に越えてしまうだろう。


「だから、多くの商人や旅人がこの町で待っているんだ。だが、同時に問題も起きていてな……」

「問題?」

「そうだ。ヒュドラが出たことによっていつも以上に魔物達が活発になっておってな。普段は村の中で水やりをしている魔法使い達も防衛ぼうえいに割かざるをえんのだ」

「あーそれであたしが魔法で水やりを?」

「そうだ。冒険者だから依頼しても問題あるまい? 体力に自信があるのであれば、近くの川まで水をくみに行ってもらって持ってくるというのでもよいぞ。働きに応じて金は出す。どうだ?」


 どうする? と村長が目で聞いてくる。


 クルミさんもどうしようと目で聞いてくるので、私は一応頷いておいた。

 ネムちゃんとミカヅキさんも頷いている。


 クルミさんは少し迷った後、答える。


「あたしはそこまで強い魔法使いではありません。それでもいいですか?」

「構わん。スライムの触腕も借りたいほどだからな。少しでもやってもらればそれだけでいい」

「わかりました。ではお受けします」

「よし、ではこの紙をもって南の農園に行け。場所はこの家を出て真っすぐに行けば分かる」

「はい。あ、崩れた書類を直さないと」


 クルミさんがそう言って、書類を集めようとすると、村長は諦めた目で言う。


「どうせ終わらんのだ。そのままで良い」

「え……」

「それよりも農園を先にしてくれ。マジで」


 村長は本気の目をしていたので、私達は大人しく南の農園に向かう。


 村長の話を聞いてから村を見ると、確かにかなりの人が待っているようだった。

 走り回っているのは冒険者だったりするのだろうか。


 そんな事を考えながら村を歩いていく。


「そういえば、こっちに向かえば分かると村長は言っていましたが……」

「どうなんだろうね。もしかしてこっちの方に向かえばそれだけで分かるくらい広いとかかもしれないよ?」


 ミカヅキさんがそうおどけて言うので、クルミさんが不安そうに言う。


「そんな大きいのは嫌だなぁ」

「クルミさんならきっとできるのですよ」

「できるまで魔力使うのはちょっと……」

「私も応援しますので!」

「サフィニアは水を運んでくれないかな?」


 そんな事を話しながら歩いていると、少し不安になるような物が前方に見えてくる。


 横は見渡す限り……果てはないくらいの柵が作られていた。

 高さは1mくらいで、簡単に乗り越えられる、ただ、その向こう側には様々な種類の野菜が育てられていた。

 ちなみに視線の奥も、終わりが見えないほどに広い。


 クルミさんは絶望したような顔で言う。


「この農園だけで普通の町が入るくらい大きいんじゃない?」


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