第36話 いってらっしゃい

「ふぐっ!」


 私は気持ちよく寝ている所に、唐突に頭を蹴られた感覚を味わう。


「なに……?」


 私が目を開けると、そこには足があった。

 部屋は窓から入ってくる朝日で照らされている。


「足……? 誰の……?」


 私は起き上がって誰の足かを確認すると、師匠の足だった。


「かぁ……かぁ……」

「師匠……風邪ひきますよ」


 私は寝相ねぞうの悪い師匠に布団を掛け直し、起き上がる。


「ふぁ……」


 もう一度寝てもいいかもしれないけど、もう朝だしみんなの分の朝食を作ってもいいかもしれないと思ったのだ。


 皆は静かに寝ているので、私は起こさないようにそっとキッチンへと向かう。


「何がいいかな……できるだけあっさりしたのがいいかな。師匠とクルミさんは酔っていたし、ネムちゃんやミカヅキさんもかなり食べていた。後は……ミツバちゃんも結構満腹になっていたよね」


 私は昨日のみんなの様子を思い出し、みんなが食べれそうな物を作り始める。


 そうしようと思った所で、ミカヅキさんに声をかけられた。


「おはよう、サフィニア」

「ミカヅキさん。おはようございます」


 私は振り返ると、朝だというのに決め顔で立っているミカヅキさんがいた。

 ただ、朝だからか寝癖ねぐせがついているのがちょっと可愛らしい。


「朝食を作ってくれているのかい?」

「はい。みなさんが起きてくるまでに、軽いのでもできたらいいなと思いまして」

「なるほど、それならアタシも手伝うよ」

「寝ていても大丈夫ですよ? 簡単な物しか作る予定はありませんし」

「切るくらいは任せておくれよ」


 そう言ってミカヅキさんは包丁を取り出し、私の隣で食材を切り始めた。


「ありがとうございます」

「サフィニア、それを言うのはアタシだよ。いつも美味しいご飯をありがとうね」

「……」


 彼女はそういう時に、いつもと違った優しい笑顔をしていた。


「どうかしたかい?」

「いえ、なんでもありません」


 私がそう言うと、新しい人が入ってくる。


「おはようございますなのです……」


 眠たげに目をこすりながらネムちゃんがキッチンに入ってくる。


「ネムちゃん。おはようございます」

「おはよう。ネムちゃん」

「お2人は何をしているのです?」

「みなさんの分の朝食を作っておこうかと」


 私が答えると、ネムちゃんはちょっとだけ目を開く。


「なるほど、ではわたしがスープを作るのです」

「いいんですか?」

「はい。サフィニアさんだけに任せておかないのです」


 ネムちゃんはそう言って私の隣でスープを作り始める。


 それから少しして、大体の料理ができてきたころ、次の人が目を覚ます。


「みんな……おはよう……ふぁ……」


 大きく欠伸あくびをしながら入って来たのはクルミさんだ。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございますなのです」


 私達が答えると、彼女は聞いてくる。


「みんなは何してるの? いい匂いがするけど」

「みんなの分の朝食を作っています。クルミさんは座って待っていてください」

「げ、あたし何もしてないんだけど?」

「そう言われましても、調理はほとんど終わっていますし」


 後は師匠とミツバちゃんが目を覚ますのを待つだけだ。


 でも、クルミさんはそれが許せないらしい。


「ぐぅ……それなら食器! それを配るくらいはできるよ!」

「はい。ではお願いします」

「うん! 任せて!」


 彼女はそう言って全員分の食器等を配膳はいぜんし、テーブルの上に並べてくれる。


 それから少しして、師匠とミツバちゃんが起きてきた。


「ふあ~いい匂いしてんなぁ……って……サフィニアが作ってくれたのか」

「はい」


 師匠はお腹をかいて欠伸をしながら入ってくる。


「流石お姉さま!」

「ミツバちゃん」


 彼女は私に向かって飛び込んでくる。

 私は彼女を降ろし、席に着くようにうながす。


「さぁ、席について? 朝食にしましょう?」

「わかりました!」

「いい子ね」


 ミツバちゃんは嬉しそうに席についてくれて、みんなで朝食を食べ始める。


「ああ……優しい味。昨日のが残っているけど、これなら食べられる……」


 ミカヅキさんがそんな風に言ってくれて、他のみんなも同じような事を言ってくれた。


 そんな話の中で、私のことをクルミさんが師匠に聞く。


「そう言えばクレハさん」

「どうした?」

「サフィニアってどうしてあんなに強いんです? それに、師匠って言っているのに、なんで魔法を使わないのかなーって思いまして」

「あーそれな。あそこ……あたしとサフィニアが住んでた場所って基本的に山奥だろ? だから、魔法使いが詠唱をしている時間なんてないんだよ」


 師匠はそう言って酒を飲みながら話を続ける。


「そんで、あたしも色々と出て行かないといけないことがあるだろ? だから、魔法を覚えさせるより、魔力で体を強化する方がサフィニアにあっていることに気付いたんだ」

「魔力で体を強化?」

「そ、自身の体の魔力を練り上げ、それを体に循環させることで身体を強化する。ま、普通にやっただけじゃサフィニアみたいにはならないかもしれないけど、色々とサフィニアにはあるからな」

「それがサフィニアの強さの秘訣ひけつだったんですね……」

「それから魔法を教えようとしたが、サフィニアはそんなことより料理を教えろと言ってきたからな。まぁ……あれだけ体が強いんだ。別に魔法がなくても生きていける。だから好きにやらせることにしたのさ」


 そう言われて、他の人は体の中で魔力を練り上げていないのかと思ってしまう。


「他の方も寝ながら魔力を練ったりしないんですか? 練っていない時の方が気持ち悪く感じてしまうんですが……」

「サフィニア。それは普通の魔法使いにもできないことなんだよ? 寝ながら魔力を練るってどういうこと……」


 クルミさんが優しい目でそう言ってくれる。


「そうなんですか……でしたら、クルミさんもやりましょう! 私が教えますよ!」

「い、いやぁ……それはいいかな。あはは」


 そんな事を話していると、師匠がこれからのことを聞いてくる。


「それで、アンタ達はこれからどうするんだ?」

「どうするってどういうことですか?」

「サフィニアの目的はあたしに会うことだったんだろ? これからどこに行くのか……っていう話しだよ」

「それは……私は旅をしたいです」

「旅?」


 楽しそうに聞いてくる師匠に、私は答える。


「はい。家から出て……町を2つしか訪れていませんが、新しい調理法や食材、調味料なんかを知ることができました。もっと……もっと色んな料理を知りたい。そして、それらを作れるようになりたいんです」


 私がそう言うと、師匠は楽しそうに話す。


「いいね。なら……この国の王都に行ったらどうだ?」

「王都ですか?」

「ああ、王都はこの周辺じゃ色んな物が集まる。料理も……そこにしかない物もあるぜ」

「でも……」


 私1人の一存で決めることはできない。

 皆に視線を向けると、みんなは頷いてくれる。


「あたしはいいよ。王都ならそこにしかないポーションとかもあるからね」


 こう言ってくれるのはクルミさん。


「わたしも問題ないのです。全部自分の目で見て作るのばかりではできませんから。王都で情報収集をするのもワールドマップ作成に必要なのです」


 うんうんと頷いてくれるのはネムちゃん。


「アタシも鍛冶技術が学べるかもしれないからね。それに、会ったことのない女の子と会えるかもしれないし」


 そう言ってウインクをしてくれるのはミカヅキさんだ。


 皆の話を聞いて、師匠は嬉しそうに話を続ける。


「いいことだね。それなら、あたしからはこれをくれてやろうかな」

「何かくれるんですか?」

「ああ、王都、アウベニールに行くのなら、なにかあった時様の事を教えて上げようかと思ってね」

「なにか……?」

「そう。何もないと思うけど、万が一な。王都でなにかあったら、ゴルドバッシュという男を頼れ。町で聞けば大抵の奴は知っているさ」

「その方に師匠から……と言えば伝わるのですか?」

「ああ、あたしが頼んだと言えばそれで聞くはずだ。もし聞かなかったら、初陣の時の話をばらまくって伝えな。それで分かる」

「はぁ……」


 よくわからないけれど、師匠が言うなら大丈夫だろう。


 そんな事を思っていると、師匠は続けて手紙を差し出してくる。


「これは?」

「お前達はあんまり目立ちたくないんだろ?」

「はい」


 私達の行動については師匠に昨日の夜話していた。

 ちゃんと覚えていてくれるとは。

 あんなに酒を飲んでいたのに。


「お前達、クリスタルリザードを倒しただろう?」

「はい」

「その手柄てがら……いらないならあたしに押し付けておきな」

「押し付ける?」

「ああ、ギルドにはあたしが倒した。っていうことにした書状が入ってる。村の奥で倒したのも、途中の道で倒したのも……ね。いらないなら捨てておけ。それで手柄はお前達の物だからな」

「ありがとうございます。師匠」


 私がそう言うと、師匠はあらぬ方向を見てしっしと追い払う様に言う。


「いいんだよ。それよりも、早く王都に向かえ。王都ではそろそろ祭りがあるからな。そこでは色んな物が出るぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、だから行け」


 私はみんなに目を向けると、みんなは祭りが楽しみだと言う様に頷いていた。


 私達はそれから行く準備をして、家を出る。


「師匠。ありがとうございました」

「いいってことよ」


 それと同時に、ミツバちゃんが悲しそうに手を振ってくる。


「お姉さま……またね」

「うん。またね。ミツバちゃん」

「あたしもお姉さまと行きたい……」

「あはは……」


 彼女はそう言うけれど、師匠が許さない。


「だめだよ。アンタは力不足。第一、あたしの訓練を乗り越えないと独り立ちは認めねー」

「はい……」

「つーわけだ。湿っぽいのは嫌いだ。さっさと行け」


 師匠はちょっとだけ顔を赤らめて、横を向いてそう言う。


 私達は次の目的地、王都であるアウベニールを目指して足を踏み出す。


 次の瞬間に、私達の周りに花が咲き乱れる。

 それから木々が立ち上がり、後ろを振り返ると私が山奥で住んでいた家が建っていた。


「これは……?」

「クレハさんの魔法だね。ただの幻覚じゃない、実態を伴っているから……召喚……とか? ダメ、あたしには分からないけど、普通はこんなことしない」


 クルミさんは足元の生えてきた草を踏みながらそう言っている。


 私も、この景色が師匠が出て行く時の家だとわかる。

 私が植えたハーブなどがそこまでないからだ。


「すごい魔法なのです」

「辺り一面に咲かせるなんて……こんな魔法使い見たことないよ」


 ネムちゃんとミカヅキさんも驚いている。


 そこに、師匠が家から出てきて、ゆっくりと近付いてきた。


「サフィニア」

「はい?」

「一つだけ……言い忘れたことがあった」

「なんでしょう?」


 忘れたこと……?

 王都に行く時に気を付けることだろうか?


 そう思っていると、師匠ははにかんで言う。


「サフィニア。いってらっしゃい」

「! はい! いってきます! 師匠!」


 今まではずっと見送るだけだった。

 でも、初めて……師匠に見送られる。

 そんな経験ができたのだ。


 私は師匠にそう言って、前に進む。

 そしてまた……会った時に、色んな料理を食べてもらおうと思う。


 もちろん、みんなと一緒に。


*****************************

《読者の皆様にお願い》

ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます、これにて2章は終わりとなります。

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