第35話 大事なこと

「サフィニア。ちょっと……2人だけで話したいんだけど、いい?」

「クルミさん? もちろんいいですよ」

「じゃあ……ついてきて」


 クルミさんはそう言って、暗く静かな村の中を歩いていく。

 月明かりが照らす下、私達は周囲に家のない柵の近くで向かい合う。


 クルミさんはじっとしていて、色々と考えているようだった。


 私はクルミさんの準備ができるまで待つ。


 少しすると、彼女が口を開く。


「サフィニア……まず……言わないといけないことがあるんだ」

「はい。なんでしょう」

「ごめんなさい!」


 クルミさんはそう言って、深く、深く頭を下げた。


 私は驚いて止める。


「クルミさん⁉ どうしたんですか⁉」

「その……ね。その……落ちついて……聞いてほしいんだけど」

「はい?」

「最初に出会った時のこと……覚えてる?」

「最初……クルミさんが家の前で倒れていた時の事ですか?」


 私が日課をしに家を出た所で、クルミさんが倒れていたはずだ。


「うん。その後……さ。ロングホーンバイソンを倒して、料理を作ってくれて、それで……一緒に……旅に出ようって誘ったでしょ?」

「はい」

「その時……君との旅は楽しそう。そう言ったよね」

「はい。覚えています」

「あの時……あたしはそんな事は思っていなかったんだ」


 クルミさんはとても……とても苦しそうに言ってくる。


 ショック……だとは思う。

 あの時の彼女の言葉で私は行こうと思い、ここまで来た。

 でも、苦しそうにしているクルミさんに、私は怒る気にもなれない。

 彼女がただたんに遊びでそんなことを言うような人じゃないと分かっているから。


 だから、私が答える言葉はこれだ。


「理由を聞いてもいいですか?」

「怒ってない……の?」

「理由を聞いてからにしようかと」

「……あたしはね。黙っていたんだけど、クレハさんに会いたかったんだ」

「師匠に?」

「そう。あたしはね……言いたくない過去がある」


 そう話し始めるクルミさんの表情は暗い。


「なんとなくは……わかっているつもりです」

「ありがとう。でね。そんな話したくない過去から助けだしてくれたのが、クレハさんなんだ」

「師匠が……」

「うん。それで君の家に行ったのもクレハさんの痕跡こんせき辿たどったから。まぁ……あんなに離れているとは思わなかったけど」

「それは……すいません」


 私はついそう謝った。


「謝らないで、あたしが勝手に行っただけだから。それで、君を連れ出したのも、そうやったら、クレハさんが来てくれるじゃないのか。もしくは、君と一緒にいたら、クレハさんに会えるんじゃないのか……そう思っていたからなんだ。だから……あたしは君をだましていた。ごめん」


 クルミさんはそう言って頭を下げる。


 私は彼女に聞く。


「それだけですか?」

「え……? 怒ってないの?」


 私は少し悩む。

 クルミさんは確かに私を騙していたかもしれない。

 でも、彼女との旅の思い出が悪かったかと言われると、そんなことはなかった。


 むしろ、彼女と一緒にいる時間は楽しかった。

 もっと……ずっといたいと思えるような素敵な時間をくれた。


 私の心にとって、大事なのはそのことだけ。

 だから、私が言う言葉はこれ。


「……はい。怒ってませんよ?」

「えぇ……こう……騙していた……っていうことでなぐえぐられるかと思っていたんだけど……」

「そんなことしませんよ! というか殴り抉るってなんですか……。それはいいとして」


 私は少しためてクルミさんに伝わるように、私の心からの言葉を話す。


「……最初の動機どうきなんてどうでもいいじゃないですか」

「どうでも……いい?」


 クルミさんは信じられないといった目を向けてくる。


 私は彼女に大事な事を聞く。


「はい。クルミさんは……私達と一緒に旅をしてきて、つまらなかったですか?」

「楽しかった! 楽しかったよ!」


 クルミさんは食い入るようにして言ってくる。


 私は笑顔になって、クルミさんに返す。


「はい。私もとても……とっても楽しかったです。この短い旅の間、1人でいた時では考えられないくらい、とっても楽しかった」

「サフィニア……」

「そして、そんな旅の中で、クルミさんが私のことを大切に思ってくれているのも伝わって来ました。リンドールの町の時、私が1人で町を出た時も追いかけて来てくださいましたよね? それ以外にも……色々と大切にしてくれてるなぁ……と感じる機会はずっとありました」


 クルミさんと旅をした最初のきっかけは嘘があったかもしれない。

 でも、一緒に旅をした事は現実で、その中で大切にされていたのも本当で……それら全てがかけがえのないことだ。


「だから、最初なんてどうでもいいと思うんです。私はこれからもクルミさんと……ネムちゃんやミカヅキさんと一緒に旅をしたい。クルミさんは……どうですか?」


 私がハッキリとそう言うと、彼女は涙を浮かべながら話す。


「うん……私も……私もそう。もっと……もっとみんなで旅をしたい。色んな国に行って……色んな料理を食べて……。色んな事をして……ポーションを飲んで……楽しく旅がしたい!」

「私もです。これからもよろしくお願いしますね!」


 私は彼女に手を差し出すと、彼女はそれを握り返してくれる。


「それじゃあクルミさん。一緒に師匠に会いに行きましょう?」

「うん……ありがとう。サフィニア」

「はい!」


 私達はそうして、月明かりの下一緒にみんなが待つ家に帰る。


 その途中に、私はクルミさんに聞く。


「そういえば、どうして師匠には会わなかったんですか?」

「それは……君に嘘をついたままクレハさんに会うのは……ダメかと思って……」

「もう……本当にまじめなんですね。いいから会いましょう!」

「わわ!」


 私はそう言って、クルミさんの手を引いて家に戻った。



 家に戻ると、みんなが私達を見つめてくる。


「お、帰って来たか」

「はい。それで……クルミさん」


 私はクルミさんを師匠の前に出す。


 師匠は、クルミさんの姿を見つけて、口元を少し緩ませて話す。


「お、クルミってやっぱりお前だったか」

「あ……クレハさん……お久しぶりです」

「おう。こっち来いよ。どうだ? 世界は」

「その……思いのほか……楽しいです」


 クルミさんは師匠の側にいって、そっと腰を降ろす。


「だろ? イラつくこと、許せねーことなんていくらでもある。だけどな、それだけじゃない。楽しいこともあるんだよ」

「……はい」

「それを知ることができたのは、お前がサフィニアを連れて出てきてくれたお陰だよ」

「知っていたんですか?」

「じゃねーと2人そろって会うことなんかねーだろ? 普通」

「そう……かもしれないですね」


 なんだか、とっても大人しいクルミさんの様子が見ていておもしろい。


「だろー? ま、それと……サフィニアの事はこれからも頼んだぞ」

「クレハさん……はい! あたしも……これからよろしくお願いします!」

「おう。それじゃあ飲むぞー! サフィニア! もっとつまみ作れ!」


 師匠はそう言って私にいつものように料理をせがむ。


「もう……仕方ないですね。クルミさんは何が食べたいですか? せっかくなんで作りますよ?」


 私は席に座る暇もなくキッチンへと向かう。


「え……いいの?」

「はい。私が作れるものになりますけど」

「それなら……ネムちゃん。あの……しびれるのが食べたい」


 クルミさんはそう言ってネムちゃんの方を向く。


「む、キングアースシャークのです?」

「うん。それ」

「分かったのです。ではちょっと……ミカヅキさん! わたしの事は抱えなくてもいいのです!」


 ネムちゃんは何故かミカヅキさんに抱っこされて怒っている。


「まーいいじゃないか。たまには妹達に会いたくって」

「わたしは妹ではないのです! と、サフィニアさん。一緒にやるのです。調理法を教えるのですよ!」

「ありがとうございます」


 私はネムちゃんと一緒にキッチンに向かう。


「それでは、キングアースシャークのトサカの調理法を教えるのです」

「よろしくね」

「はいなのです。食べるとピリピリするだけあって、調理法も気をつけないといけないのです。なので……」


 それから、私はネムちゃんに教えてもらいながら新しく料理を作った。

 最初に取り分けておいた分も温め直し、みんなで食べられるようにする。


 それからは、みんなで楽しく話し、ずっと……ずっと続けばいいと思うような時間を過ごした。


 お腹も満腹になり、みんなで寝ることになった。

 師匠もクルミさんも酒とポーションで酔って、寝室を大きくすることはできなくなってしまう。

 それで、みんなで一緒の寝室にちょっとせまいと感じながらも横になる。


 となりの人とくっつくことになるけれど、こうしていられる時間がとても……とても愛おしく感じた。


 もっと……ずっとこんな時間が続けばいいのに。

 私は、幸せを感じながら眠りについた。

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