第34話 クレハ
「師匠!」
私は全速力で師匠の元に向かう。
見るだけで分かる。
彼女は師匠だ。
そのきれいな赤茶髪も、スラリとした肢体も、お酒を飲んで赤くなった白い肌も。
全部……全部がとても懐かしいことのように感じる。
でも、そんな彼女が今、私の目の前にいる。
「師匠!」
私はもう一度叫び、彼女に飛びついた。
「ん? サフィはぐっ!」
私が師匠に飛びつくと、師匠は大声を上げて私と一緒に転がる。
少し勢いがついてしまったけれど、師匠なら大丈夫。
私は全力で師匠を抱き締める。
「師匠! 師匠! 師匠!」
「ちょ、サフィニア、待って? 強くなり過ぎてねぇか? 背骨がびきびきいっているんだが?」
「師匠!」
「まじで聞いてくれよ! あ、やべ、流石に意識が……」
私は師匠を抱き締め続けて師匠を決して逃がさないようにする。
「ってそんなんでは落ちねーけどよ……」
「師匠、師匠、師匠」
「はっーたく……。悪かったな……。サフィニア。家に帰らなくてよ。少し……外でやることができちまってな。帰れなかったんだ」
「師匠、師匠、師匠」
「本当は帰るべきかとも思ったんだが……あそこ遠いだろ? だから……」
「師匠、師匠、師匠」
「おい、お前もうある程度落ち着いてるだろ」
「バレました?」
だってもう逃がしたくなかった。
ずっと……ずっと師匠に会いたかった、ここで放してしまったら、どこかに逃げられてしまう気がした。
でも、師匠はいつものように笑っていて、そんな心配は私の思い過ごしだったことがわかる。
私は師匠を抱き締める力を緩めて、上目遣いで見上げる。
「当たり前だ。何年お前といたと思ってるんだよ」
「師匠……会いたかったんです。ずっと……ずっと1人で……師匠を待ってて……。なにかあったかと思って……。でも、離れたら師匠が帰って来た時に迎える私がいないとって……」
「……まじで悪かったな、1人にして。だけど、そろそろ立て。お前の仲間……紹介してくれよ」
言われて、私はハッとして師匠を抱き締めたまま後ろを振り振り返る。
そこには苦笑した表情で私を見ていたネムちゃんとミカヅキさんがいた。
「紹介しますね! 白魔法使いの子がネムちゃん、鍛冶師の方がミカヅキさん、後、魔法使いの……あれ? クルミさん?」
私はクルミさんを紹介しようとして、どこにもいないことに気付く。
クルミさんの行方はネムちゃんが教えてくれた。
「なんでも急いで村に用事があるから……と言っていきなり戻って行ったのです」
「村に……? 何かあるのでしょうか?」
「ないと思うのですが……。クルミさんにしか分からない事があるのでしょうか?」
ネムちゃんがそう言って首をかしげる。
師匠はその言葉を聞き、聞き返す。
「クルミ……? もしかして……いや、いいか。村は……特に何もないぞ。防御魔法を張ってあるからな。とりあえず戻るか」
「はい!」
「戻るんならあたしを放してくれてもいいと思うんだが?」
「師匠が逃げないようにするためです」
「逃げねーよ。っていうか、ミツバ、出て来い。いるのは分かっている」
師匠がそう言うと、近くの木の側からミツバちゃんがひょいと顔を
「怒って……ない?」
「怒ってる」
「……お姉さま、助けて」
突然私に話を振られて、驚いてしまう。
「え? 私?」
「お姉さまならクレハ師匠を止めてくれるはず」
「えぇ……でもまぁ、師匠、ミツバちゃんには私が怒っておいたので、怒らなくても大丈夫ですよ」
私は師匠に向かって言う。
「サフィニア……お前はほんとに……まぁ、いいか、サフィニアが言うならいいだろう。あたしが言えた義理じゃないのはあるからな」
「ということで、今夜は楽しくご飯を食べましょう」
「お、いいね。久しぶりにつまみとか料理を作ってくれよ。サフィニア」
「もちろんですよ! 私、ロックリーンの町で色々と学んだんです」
「学んだ?」
「はい。新しい調理法とか、新しい食材に新しい調味料。知らないことだらけでした」
私がそう言うと、師匠は楽しそうに答える。
「それはいいじゃねぇか。楽しみにしているぜ?」
「はい! 天ぷらとか、まだまだ覚えた料理は少ないですけど、見せて上げます!」
「天ぷら……そうか。あいつが残した料理を……お前が……な」
「師匠?」
私が聞くと、師匠は軽く言った。
「昔あたしがパーティを組んでいたやつがな、残していったレシピなんだよ」
「そうだったんですか?」
「そいつは異界から来ててな。そっちの世界の美味い料理を色々な所で伝えて残していたんだよ」
「知らなかったです……」
「あん? 家にあいつが残した本があっただろう?」
そう言われて思い出すのは確かに他の本とは素材が違った本があった気がする。
表面がつるつるしていて、かなり大きな本でイラストもきれいに色づけられていていた。
「あれが……」
「ま、別に気にしなくてもいいぞ。今では世界中で新しく作り変えられたりしてるだろうしな。それよりもお前がここに来た話とか、聞きたいんだ」
「はい! 私も師匠のお話を聞きたいです」
本の話は家でご飯を食べながら聞けばいい。
いっぱい……いっぱい話すんだから。
「ああ、たっぷりと聞かせてやるよ。ただ、まずは帰るぞ」
「はい!」
それから私達はクリスタルリザードの死体をマジックバックに入れて、村に戻った。
私はそれから師匠が渡してくれた超豪華な食材で夕食を作る。
「これだけ素材があると作りがいがあるけど……」
クリスタルリザードの食材や、師匠がどこかで獲ってきていたクラーケン……大きな白いイカ等やなぜか間違って出された宝石もあったり、見たこともない食材を出してくれた。
それを見たネムちゃんは大きな口を上げて驚いていた。
「これは……クラーケンって……こんな簡単にマジックバックに入っているものではないと思うのです。ビーストジュエルというこの宝石、末端価格で1000万ゴルドはする代物なのですが……。なんでこんな雑におかれているのです? 信じられないのですが……」
「あーそれはジュエルタイガーを狩った時に取った奴だな。売りに行くのも面倒だし、そのままにしてた。いるか?」
「こ、こんなすごいものもらえないのです!」
ネムちゃんはすごい勢いで下がっていく。
ミカヅキさんは豪華な魔物達の死体を楽し気に解体している。
「いいねぇ……これはいい勉強になるよ。この魔物はこんな風に切らないといけないのか……なら、新しい包丁にはこういった感じで切れるように加工が必要だな……」
「お、本当に鍛冶師なんだな」
「当然、最高の包丁を作るのがアタシの夢だからね」
「はっは! そりゃあいい。剣なんて使わない世界が一番いいからな。頑張ってくれ」
「任せてくれよ」
師匠とミカヅキさんは楽しそうに話している。
でも、私はチラチラと窓の外に視線を送る。
クルミさんは未だに見当たらないからだ。
「……」
「お姉さま!」
「ミツバちゃん?」
「あたしが探して来る!」
「え? 誰を?」
「誰って……クルミさんを探してるんじゃないの?」
「え……そんなに……探してるように見えた?」
「うん! すっごく! あたしが行ってくるから! お姉さまは調理に集中していて!」
ミツバちゃんはそう言って走ってどこかに行く。
「ありがとう。ミツバちゃん」
私は彼女に感謝して、様々な料理を作る。
クルミさんはきっとミツバちゃんが見つけて来てくれはず。
だから私はクルミさんが帰って来た時に喜んでくれるように一生懸命作ろう。
私は色んな食事を作り、テーブルの上に並べていく。
師匠が作ったテーブルの上にはこれでもかというくらいの料理がおかれていた。
気が付いたら夜になっていて、すごく豪華な食事が始まる。
「すごいのです! こんな……こんな夕食誕生日にも食べたことないのです!」
ネムちゃんは色々な料理を見て、楽しそうに目移りしている。
「うん。美味しいねこれ。やっぱりサフィニアはアタシのお嫁にしてあげよう」
ミカヅキさんはそんな冗談を軽く言っている。
「流石あたしが育てたサフィニアだ。どこに出しても恥ずかしくないよ」
師匠は酒を飲みながらそんなことを言う。
「師匠……もう……」
そんな事を話していると、ミツバちゃんが戻ってくる。
でも、彼女の側にはクルミさんの姿はない。
「お姉さま!」
「ミツバちゃん。クルミさんはどうでした?」
「ポーションを飲んで少し休むと言ってたよ!」
「では私が様子を見てきますね」
「あ、それには及ばないと。みんなで楽しんでおいてほしい。そう言っていたよ!」
「そうですか……」
私は立ち上がりかけたけど、話を聞いてすぐに席につく。
本当はこのまま探しに行きたかったのに、師匠が肩を組んで座らせてきたからだ。
師匠が酒を飲みながら話しかけてくる。
「サフィニアーそれでお前の旅の話を聞かせろよー」
「師匠……なんでもう酔っているんですか……」
「いいだろー? 酒飲まなきゃ大人はやってられないんだよ」
「お酒臭いですー!」
「あーん? これがいい香りだろ? お前も慣れれば分かる」
「慣れたくないです!」
そんな事を話していると、あっという間に時間が経ってしまう。
料理も結構減ってきたので、私はクルミさんの分を集めておく。
私がそうしていると、師匠に声をかけられる。
「サフィニア。何やってるんだ?」
「クルミさんの分も残しておかないと、と思いまして」
「……そっか、それはいいから……行ってやれ」
「行く?」
師匠は家の扉を親指で指す。
その指示だけで、師匠が何を言っているのかなんとなく分かった。
きっとクルミさんが来たのだろう。
「少しでてきますね」
「ああ、行っといで」
私がそう言うと、ミツバちゃんが飛びかかってくる。
「あたしも!」
ガシッ。
「え?」
驚くミツバちゃんを、師匠が首根っこを
「ミツバ。あんたはこっち。大人しく料理を食べてな」
「えー」
「えーじゃない。サフィニア。いいから行きな」
「はい。ありがとうございます」
私は師匠に軽く頭を下げて、家の外に出る。
家の外は暗く静かで、その暗闇に紛れるようにしてクルミさんが立っていた。
彼女の杖を不安そうに抱きしめ、急に出て来た私を
「クルミさん? 大丈夫ですか?」
「……」
「クルミさん?」
私が声をかけると、クルミさんは意を決して聞いて来る。
「サフィニア。ちょっと……2人だけで話したいんだけど、いい?」
クルミさんはなにか覚悟を決めたような表情をしていた。
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