第32話 勝利

「キシャアアアアアア!!!!!」

「何これ⁉」


 私達の目の前で、クリスタルリザードが力をめるように踏ん張る。

 切り落とされた前足から血が出るけれど関係ない。

 それにともなって、奴の体がどんどんと輝いていく。


 ネムちゃんが叫ぶ。


「離れてくださいなのです!」

「!」

「⁉」


 私とミカヅキさんが離れた瞬間、奴の体が目を開けていられないくらい輝いた。

 次の瞬間、私は自分の全身を確認する。


「なんとも……ない? ミカヅキさん今のは……ミカヅキさん⁉」

「いやぁ……ちょっと……しくじっちゃったのかな」


 ミカヅキさんはわき腹に食らったらしく、服が切り裂かれて血が出ていた。


「下がってさい! 私が何とかします!」

「悪いね。すぐに戻るから」


 ミカヅキさんは下がっていく。

 その前に、ネムちゃんがクルミさんに頼む。


「クルミさん! 砂の密度みつどを上げてほしいのです! あの攻撃は光りを集めて放っているのです! だから、砂がもっと多ければ止められるのです!」

「これはできないよ! あたし達までケガしちゃう!」

「そんな……すみませんサフィニアさん! 治療するのでなんとか時間を稼いでほしいのです! 『回復魔法:癒しの光ヒール』」


 彼女達がそうやっている間に、クリスタルリザードはまたしても先ほどの攻撃態勢になった。


「もう一回来ます!」


 この間に前に行くべきか?

 でも、あの技の発動は速い……私までケガをしたら前線が……。


 どうしたらいいのか頭が回って可能性を考えるけれど、これがいいという答えが出ない。


 そんな時、背後からクルミさんの声が聞こえる。


「行って! あの技はあたしが止める!」

「! 分かりました!」


 クルミさんがそう言ってくれるなら心配ない。

 私は攻撃が来ない事を、クルミさんを信じて前に進む!


 次の瞬間、私達の上空に何かが発生した。

 それは私達への光をさえぎるほどに暗く、重たいと感じさせるなにかだ。


「キシャ⁉」


 そのお陰か、クリスタルリザードの体から急速に輝きが失われていく。


 私は渾身こんしんの力を拳に込めて奴の頭を殴りつける。


「これで終わりです!」


 ドゴオン!!!


 奴の頭が地面にめり込む。


「キシャ……」


 クリスタルリザードはそのまま動かなくなった。


「勝った……?」


 私は振り向くと、3人は疲れたような表情を浮かべながらも、笑顔で頷いていた。


 私も笑顔になりそうな所で、慌ててミカヅキさんの側にいく。


「大丈夫ですか⁉」

「ん? ああ、アタシは大丈夫だよ。ネムちゃんの腕がいいからね」


 ミカヅキさんは笑って手を振る。

 彼女のわき腹の傷は塞がっていて、ネムちゃんがしっかりと治療してくれたようだ。


「良かった……と、ネムちゃんも色々と教えてくれてありがとう。お陰で倒せたよ」

「いえ……わたしは……後ろから言うことしかできなかったのです」

「そんなことないよ! ネムちゃんがいなかったら私もさっきの攻撃でケガしてたかもしれないし、ミカヅキさんももっとケガをしていたかもしれません」

「そうなのです!」


 突然ネムちゃんが大声を上げて、私はビクリとする。


「サフィニアさん! さっきクリスタルリザードに切られていたのです! きられた箇所かしょを……あれ?」


 ネムちゃんはさっき私が切られた腕を見ている。

 でも、そこには何もないのか、私の顔と患部かんぶを交互に見ていた。


「あー実は……私、結構ケガの治り早いんですよね」

「早いってレベルじゃないと思うのですけど⁉」

「そうなの? 昔から師匠に早いねって言われていたからその程度だと思っていたんですが……」

「ええ……」


 ネムちゃんはなにか頭を抱えている。


 私は今はそれをおいておいて、クルミさんにお礼を言いに向かう。


「クルミさん。さっきはありがとうございました!」


 周囲はいつの間にか普通の明るさに戻っている。

 というか、クルミさんが魔法を解いたのだろう。


 彼女はのほほんとした顔で笑いかけてくる。


「いやー皆が無事で良かったよ」

「そういえば、さっきの暗くなったのはなんだったんですか?」

「さっきの? ああ、これだよ」


 クルミさんはそう言って足元を示す。

 そこには、杖で書かれた魔法陣があった。


「魔法陣……」

「そ、普通は魔法の同時発動はできないからね。使える場所は限られるけど、こうやって魔法陣を描いて同時に魔法を発動させたりする技術があるんだ。さっきのは、『土魔法:砂の嵐デザートストーム』を上空で強く発生させて、光をさえぎったんだよ」

「すごいですね。流石クルミさん!」

「何を言ってるの。一番前線で攻撃して……っていうか、ほとんど攻撃してたのはサフィニアでしょ?」


 クルミさんは全くとちょっとあきれたように言ってくる。


「そう……でしょうか?」

「そうだよ。だから誇っていいんだからね。ってあの子は……」

「?」


 クルミさんが私の背後に視線を向けるので、私もつられてそちらに視線を送る。


 そこには、私に向かって飛び込んでくるミツバちゃんがいた。

 彼女は叫ぶ。


「お姉さま!」

「⁉」


 私はあわてて彼女を受け止める。


 彼女はただただ叫ぶ。


「お姉さま! お姉さま! お姉さま! お姉さま! お姉さま!!!」

「ミ、ミツバちゃん?」

「お姉さますごい! すごいよ!」

「え……っと……ありがとう?」

「お姉さまはすごくって……もう……もう……。信じられない!」


 ミツバちゃんはそう言って私を精一杯抱きしめてくる。


 私はこれからどうしたらいいのだろうか。

 そう思ってクルミさんを見ると、彼女も私と同じように困った顔で笑っていた。


 少しした後に、彼女は私の服から顔を離して見上げる。


 でも、私は言わなければならない事があると考えていた。


「ミツバちゃん」

「お、お姉さま?」


 少し低い声を出して、彼女をしかる。


「外に危ない魔物がいるのに、戦えないのに、どうして1人で出て行ったの? 危ないでしょう?」

「だって……だって……あたしだって……クレハ師匠の弟子だから……皆に認めてほしくって……」

「認めるって?」

「実は……」


 それからミツバちゃんの話を聞くと、彼女は本当にクレハ師匠の弟子らしい。

 だから、師匠の知り合いのような私達に、自分は師匠の弟子ですごいということを認めてほしくって、こんなことをしたんだ……と。


 しかも、クリスタルリザードは周囲に害を与えていた。

 それを弟子である自分が倒せば、皆も良くなり、師匠の株も上がる……と。


 だからこそ、私は言わないといけない。


「自分で倒せない相手に向かったらいけないよ。みんな心配するでしょう?」

「……ごめんなさい」

「分かってくれたからうれしい。次はしちゃダメだからね。さ、町に戻ろう?」


 私がそう言うと、彼女の口から驚くべき答えが返ってくる。


「あ……あの……この先の村に、師匠が……いるから、できれば……このまま向かいたいんですけど……」

「え……師匠はロックリーンにいないの⁉」

「はい。この先の村でのんびりとお酒を飲んでる」

「えぇ……」


 それから少し話し合いをして、一度別れることになった。


 私はミツバちゃんを助けた事を町に報告するために、走って戻りまたここに来る。

 そして、他の皆はここで待機。

 ミカヅキさんはクリスタルリザードの解体をして、クルミさんとネムちゃんはその警戒だ。


「それでは少し行って来ます!」

「お姉さま! お気をつけて!」

「うん」


 なんだかミツバちゃんがキラキラした目で見てくるので、どういう風にしたらいいのかわからないので、とりあえず戻る。



 町に戻り、衛兵の人に言う。


「あの、少しいいですか?」

じょうちゃんなにしてる⁉ 1人か⁉ 他の子は⁉」

「あ、子供は助けたんですけど、北の村の方が近いらしくて、そっちの方に避難します」

「ええ……それって結構遠いんじゃ……」

「と、いう訳ですので、私も戻りますね」

「あ、おい!」


 私は止められないうちに走って皆の所に戻る。




 衛兵は1人つぶやく。


「あんだけ早く走れるんなら子供抱えてこれたんじゃねぇのか……」


******


 そこはロックリーンのギルド内。


「うぅ……うん……」

「おい! 目を覚ましたぞ!」


 サフィニアに運ばれた女性冒険者が目を覚ます。


 その声を聞きつけたギルドマスターが彼女に近付く。


「おい! 何があった⁉」

「なに……が……! クリスタルリザードが出たんだ!」


 目を覚ました彼女は屈強なギルドマスターにつかみかからんばかりの勢いで話す。


「それは知ってる。そのためにお前達が依頼を受けたのだろう?」

「違う! そうじゃない! クリスタルリザードは1体じゃない! 3体……いや、下手をしたらもっといたんだ!」

「なんだと⁉」


 ギルドの者達は、誰も口が開けなくなるほどの衝撃を受けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る