第29話 ミツバの挑戦状

「アンタ達ね! あたしの師匠の事をぎまわっているのは!」


 私達の側でそう言ってくるのは、ネムちゃんより少し背が低い少女だった。


 彼女はキッと吊り上がった瞳に緑色の髪、とても気が強そうな雰囲気をさせている。


「えっと……あなたは?」

「あたし? あたしはミツバ! クレハ師匠の一番弟子よ!」

「本当ですか⁉」


 私は師匠の弟子と名乗る彼女が信じられずに詰め寄る。


 彼女は自信満々にふんぞり返って話す。


「そうよ! アンタ達があたしの師匠の事を嗅ぎまわっているって聞いて、どんな奴らか見に来てやったってわけ!」

「そうなんですか? あの……それで、師匠はどこにいるんですか?」

「教える訳ないでしょう!」

「え?」


 わざわざ声をかけて来てくれたのに?

 そう思ってしまったけれど、なにか理由があるんだろうか。


「当たり前でしょう! 師匠はとってもすごい人なの! あなた達のような一般人が会えるような人じゃないのよ!」


 ミツバちゃんの言葉を聞いて、ミカヅキさんが聞く。


「クレハさん……という方は貴族かなにかなのかい?」


 私はそれに答える。


「いえ、そんなことはないと思いますけど……」

「それはないね。授与じゅよされるって話はあったみたいだけど、断ったって聞いたよ」


 そう答えてくれるのはクルミさんだ。


 ミツバちゃんはその話を聞いて、ちょっと不機嫌そうになる。


「師匠は貴族なんてものに縛られたくないからそう言っているだけなの! アンタ達には分からないだけなんだから!」

「そう……ですか。では、本当に師匠を探している私達を見に来ただけ……だと?」

「それは……あたしもそこまで性格が悪い訳じゃないから、アンタ達が本当に師匠と知り合いか……それが分かったら教えてやってもいいわ!」

「師匠について……ですか?」

「そうよ!」

「えーと……」


 私は記憶の中にある限りの師匠についての事を話す。


「師匠はとってもすごいですよ。毎回美味しいご飯を取って来てくれます。後はよくお酒を飲んでいました。大きなタルをマジックバックの中に何個も入れていて、暇があれば飲んでいました。1日で1タル開けることもあった気がします」

「え……クレハさんってそんなに飲む方だったのです?」


 ネムちゃんがちょっと後ずさりしながら聞いてくる。


「はい。それでも、魔法はクルミさんを思わせるくらいすごいですし、あ、でも部屋の片づけはちょっと……雑ではありますね。おおらかで失敗しても酒を飲めばそれでおっけーという感じで笑う方です」


 ここ1年会っていなかったので、とりあえず思い出せる事を話していく。


 すると、少し我慢したような表情のミツバちゃんは怒ったように話す。


「もういい! じゃあ、あなたが師匠に会うのに相応ふさわしいのかテストしてやるわ!」

「テスト?」

「そう! 師匠はとっても忙しいんだから!」

「酒を飲むために忙しいって言うのでまぁ……それはあるかもしれませんね」

「……いいの! まずは、近くを歩いている人を審判として勧誘する! 平等に審判できる人を連れてきた方が勝ちよ!」

「わかりました」

「まずは場所を移動するわ!」


 そう言って、彼女は北の門に近い広場で足を止めた。

 移動中は結構人がいて、かなり移動しにくかった。


 少し裏に入った場所なのに人通りはそこそこいて、多少は話を聞いてくれるだろうか。


「ではスタート!」


 それから、ミツバちゃんは近くの女性に声をかけて、頼みごとをしている。

 だけれど、子供のお願いだと思われているのか、頭を撫でられて忙しいから、ということで断られていた。


 これからさて、誰がやるべきか。

 そう思って後ろを振り返ると、ミカヅキさんは知らない女性を連れて後ろにいた。


「ミカヅキさん?」

「ああ、彼女が手伝ってくれることになったよ。ミツバちゃん! 見つけたよ!」


 ミカヅキさんの言葉に気付いたミツバちゃんが振り返ると、驚いた後に戻ってくる。


「う、嘘⁉ もう⁉ あたしだってまだ全然話しかけられていないのに……」

「まぁ、アタシにかかればね。それじゃあ審判をやってくれる?」

「ええ、任せて。少しくらいならやるわ」


 見知らぬ女性をあっという間に口説き落としていたミカヅキさんは流石だ。


 ミツバちゃんはじーっとにらんだ後、次の勝負を申し出る。


「なら次は計算問題! 審判さんが出してくれた計算を先に答えられた方が勝ちよ!」

「ではわたしが行くのです」


 ネムちゃんはそう言って前に出る。

 少し前のこともあって、彼女なら問題ないだろう。


「では審判さん。適当に出題してください」

「分かりました。では行きますね。82+95は?」

「177なのです」

「正解! では次は249+167は?」

「416なのです」

「正解!では次は6120×35は?」

「214200なのです!」

「正解! では……」


 審判さんの出す問題に、ネムちゃんが全ての問題にほぼ即答していく。


 ミツバちゃんは両手を使って数えようとしているけれど、答える前にネムちゃんが答えていくので少し涙目なみだめになっていた。


 なんだか見ていてかわいそうになってくる。


「勝者! えーっと」

「わたしはネムなのです」

「勝者! ネム!」


 そう言って全10問。全てネムちゃんが答えて圧勝していた。


 ミツバちゃんは少し涙をこらえた後に、叫ぶ。


「ま、まだ……まだ勝負は終わってないんだから! 次は魔法陣!」

「それならあたしの出番だね」


 そう言って前に出てくれるのは、クルミさんだ。

 彼女はいつもより目深に帽子を被っている。


「ふん! 魔法使いの格好をしていても、師匠の教えを受けたあたしは負けないんだから!」

「そう。いいけど、ここは町中だから危ない魔法は禁止ね?」

「当然だわ! 水が出る魔法陣でどう⁉」

「いいよ」


 クルミさんが返事をすると、審判の女性は口を開く。


「では用意……スタート!」


 彼女が言った瞬間、クルミさんは持っていた杖でガリガリと魔法陣を描き、5秒とかからずに描きあげ、魔法陣から小さく水が吹き出る。


「な……なに……よ。その速さ……」

「次は?」

「え? つ、次は……」


 それ以降もミツバちゃんが大きな円を描き終わる頃にはクルミさんが魔法陣を描ききってしまう。

 というような圧倒的な力の差を見せつけていた。


 私は不思議に思って、ミカヅキさんに小声で聞く。


「ミカヅキさん」

「なんだい?」

「ミツバちゃんって子は……本当に師匠の弟子……なんでしょうか?」

「正直……微妙びみょうだね。もしかしたら、遊びたいだけの子供かもしれない」

「やっぱり……ですか」

「なにかそう思うことに心当たりが?」

「はい。師匠はその……結構……魔法の教育には厳しかったもので、もしかしたら違うのかもな……と」


 あんまり思いたくはないが、子供が遊んで欲しくてそんな事を言ったのか? と思う位には彼女の技術的な差はあるように感じた。


 ミカヅキさんも同様だったようで、納得してくれる。


「そうかもしれないね。まぁ……ちょっとだけ可愛い子と遊んであげてもいいよね」

「はい……。1年待ったんですから。少し伸びる位は構いません」

「いい子だね。サフィニア」

「もう。私まで子供扱いしないでください」

「はっはっは。ごめんごめん」


 そして、勝負は終わったのか、ミツバちゃんはがっくりとひざをついて落ちこんでいた。


 クルミさんはじっとミツバさんの方を向いて聞く。


「それで、クレハさんはどこ?」


 しかし、ミツバちゃんは落ちこんでいなかった。


「……まだなんだから! あたしは魔力を体に回して力も強いんだから! だから腕相撲なら絶対に負けないんだから!」

「そう……なら、サフィニア? 軽くもんであげて?」


 クルミさんはそう言って戻ってくる。


「い、いいんですか?」

「大丈夫。サフィニアならあの子の力を受け止めて、優しく勝つことだってできるよ」

「わかりました」


 思いだしたのはタンガンさんの時。

 あの時はタルを壊しながら気絶させてしまった。

 遊びたいだけの子供にそんな事はできない。


「それじゃあクルミさん。魔法で台を出してもらってもいいですか?」

「うん。もちろん。『土魔法:土の創造クリエイトアース』」


 クルミさんが魔法で出してくれて、私はミツバちゃんと手を握る。

 小さく、可愛らしい手。

 そして、手が少し震えている。


 私は安心させるように笑いかける。


「ミツバちゃん。全力で来てくださいね」

「……」


 ミツバちゃんの手がさっきよりも震えが強くなる。

 それにともなって、彼女の表情が怖いものを見たように変わっていく。


 どうしたのだろうか。

 そんな事を思っていると、審判さんがスタートの合図をしてくれた。


「スタート!」

「ふん!」


 ミツバちゃんは焦ったように力を込めるけれど、私はただそれを受け止める。


 彼女は全身を使って腕を倒そうとしているけれど、私にはそこまで重たい感じはない。


 なので、ゆっくりと彼女の手をケガしないように曲げていき、机の上につかせる。


 トン。


「これで勝ったかな?」

「あの……今のって……なんだったの?」

「今のって?」

「なんか……ドラゴンが見えたんだけど……なにかやっているの?」

「やってないよ。それよりも、そろそろ師匠のいる場所、教えてくれる?」

「…………」


 ミツバちゃんはうつむいて、ぷるぷると震えている。

 それから、一気に後ろを向いて走り出す。


「ミツバちゃん⁉」

「これで決まった訳じゃないんだから! 先にクリスタルリザードを倒した方の勝ちなんだからね! クリスタルリザードを倒したら100点なんだから!」

「外は危ないよ⁉」


 ミツバちゃんは私の言葉を返さずに、町の外に向かって消えていく。


「ええ……これは……本当……なのかな」

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