第28話 クレハ

「ミカヅキさん……いえ、今は本題にいくわね。クレハさんの行方が分かったかもしれないわ」

「本当ですか⁉」


 私はマレーさんに急接近して、彼女の肩を掴む。


「さ、サフィニアちゃん⁉」

「あ……すいません……」


 驚くマレーさんの表情に私は我を取り戻し、彼女から手を離す。


「いいのよ。それだけ大切な人だったのでしょう? と、それで私がつかんだクレハさんの情報だと、この町の中央にある『イミタシオン』というレストランで働いているみたいよ」

「中央……『イミタシオン』……」

「ええ、ただ、そこは貴族向けのお店らしいから、ちゃんとお金はためて行ってね。人に会いたい……そう言っても断られる事があるかもしれないから」

「ありがとうございます! 今から行ってみます!」

「今から⁉ もう閉まっているわよ⁉」

「あ……」


 嬉しくなってそう言ったけれど、空は暗く、町中を歩く人もほとんどいない。

 それでももしかしたらいるかもしれない。

 店が閉まっているだけで、クレハ師匠が……。


 1人で考えていると、マレーさんは更に話してくれる。


「貴方達は冒険者でしょう? 朝早くから仕事に行くかもしれないからこうやって来ただけ。じゃあね」


 マレーさんはそれだけ言うと帰っていく。

 彼女はわざわざそれを言うために来てくれた。


 私は彼女にもう一度お礼を言う。


「ありがとうございます!」


 彼女は手を振ってくれるだけで、帰っていく。


「サフィニア。今日は止めておこう。クレハさんに会う時はちゃんと会いに行こう? 夜に押し掛けるのは良くないよ」

「クルミさん……そう……ですね。わかりました」


 クルミさんの言葉で私は少し冷静になる。

 そして、それと同時に思うことがあったので、会いに行くのは明日にした。


 私達は明日の事を相談するため、部屋に帰る。


 後は寝るだけ、という準備をしてから私は口を開く。


「それでは、明日はお昼に『イミタシオン』に行く。ということでいいですか?」

「もちろんなのです!」


 すぐに賛同してくれたのはネムちゃんだ。

 ただ、クルミさんとミカヅキさんは少し考えてから、ミカヅキさんが口を開く。


「それなんだけど、行ってもいいのかな?」

「ミカヅキさん? どういうことですか?」

「中央って貴族がそこそこいるよ。まぁ……ある程度田舎ではあるから、いても子爵だろうけれど、男爵や騎士爵はいるからね」

「あぁ……そう……ですね。なら……クルミさんだけは待っていてもらう。いえ、ポーション店に行ってもらう。ということでもいいと思うのですが」

「なるほど、それなら確かにいいね」


 良かった。

 クルミさんは貴族嫌いだから、ポーション店に行ってもらえばいいと思う。

 ご飯が必要であれば、それだけでも持ち帰りにしてもらってもいいかもしれない。


 でも、クルミさんはそれは嫌なようだった。


「あたしも……一緒に行きたい……かな」

「え? でも、クルミさんは……」

「うん。本当はね。行きたくないよ。でも、そこはネムちゃんがなんとかしてくれるかなって」


 彼女はそう言ってネムちゃんに話を振る。


「わたしなのです⁉」

「うん。ネムちゃんならできるよ」

「でも、今日のクルミさんの態度を見ていると、特に問題ないと思うのです?」


 今日の依頼、セドリスさんは貴族ではなかったけれど、家でメイドを雇える程度には裕福ゆうふくで権力も持っていた。

 そんな人の対応をしたクルミさんならできると思っているのだろう。


 クルミさんは申し訳なさそうに話す。


「うーん。でも……ね。ごめんね。ちょっと……あたしはやりたくないんだ」

「そう……なのです? それなら……仕方ないのです。それくらいはやるのですよ」

「ありがとう。ネムちゃん」


 彼女達はそんな事を話して、ミカヅキさんが提案してくる。


「それなら、明日は午前中にポーション店に行って、お昼に『イミタシオン』でいいかな?」

「あーそれなんだけどね。ポーション店にはご飯食べた後でいいとあたしは思っているんだ」

「クルミ? 君、なにかおかしいもの食べた?」

「食べてないよ! あたしだって美味しいものは食べたいからね。それに、貴族向けのお店っていうことは、結構なお値段するよ? だから、ご飯代を出してから、それからポーション店でいいんだ」


 クルミさんはそう言ってくれた。


 私や他の2人も納得して、明日の予定は決まった。

 それからは、いつものように楽しく話して、遅い時間まで起きていた。


******


 翌日。


 朝は宿の食事で軽く済ませ、午前中はのんびりとして過ごした。


 それから人に聞いたりしながら、『イミタシオン』という店に入る。


 町の中央ということで、道は広く、歩いている人達の服もとても仕立てがいい。

 巡回の兵士達も結構いるようで、今までより明らかにすれ違う回数が多かった。


 治安自体は確かにいいのだろうけれど、少しピリピリした雰囲気がクルミさんから伝わってくる。

 今もネムちゃんを盾にして歩ていていた。


「クルミさん、流石にわたしの後ろに隠れるのは止めてほしいのですが……」

「ネムちゃんなら大丈夫」

「別に大丈夫ですけど人の目が気になるのです⁉」

「ネムちゃんなら大丈夫」

「そういう問題では……」

「ネムちゃんなら大丈夫」

「むぅ……クルミさん。本当に大大丈夫なんです?」


 ネムちゃんが不安そうにしているけれど、クルミさんの足取りはしっかりとしていた。


 それから『イミタシオン』という店の前に到着する。

 お店の前には確かに警備員の様な冒険者がいて、私達にじろりとして視線を送っていた。


 私はそんな彼らの前を通って店の中には入ろうとすると、声をかけられた。


「お前ら。ちゃんと支払える金は……」

「あるのです」


 ネムちゃんは最初から準備していたように、10万ゴルドの入った袋を出す。

 そして文句を言うなというように冒険者に見せると、彼らは黙った。


「行きましょうなのです」

「さ、流石ネムちゃん」


 何をしたら相手がすぐに黙るのかを理解している。


 私達は一緒に中に入り、案内されるままに個室に入る。


 全ての席が個室で作られているらしく、他の席に誰がいるのかも分からないプライバシーを完璧に守られていた。


 私達も入り、渡されたメニューを確認する。


 そのメニューに描かれている値段を見て、ネムちゃんは目が飛び出そうなほど確認していた。


「こ、これ……本当なのです? 1人のコースで2万5000ゴルド……。ぜ、前回の稼ぎが全て飛んでしまうのです」


 それを見たクルミさんは、仕方ないと言う様に笑う。


「あーやっぱりこうなっちゃうよねー。こういう所の値段ってすっごく高いから仕方ないよ。せっかくなんだから、楽しもう?」

「クルミさん。落ち着いていますね」

「そう? サフィニアにはそう見えるかもしれないけど、本当は今にでも飛び出したい気持ちだよ」

「そうなんですか……」


 それから、給仕きゅうじされているコースは本当に美味しかった。


「これ……きっと丸一日使って煮込んでいるんじゃないですか? すっごく手が込んでる……」


 目の前のスープにはこれだけでパンが食べられるかもしれない。

 そう思うほどに濃い味で食欲をそそる。


 その次から出てくる食事も、まずビジュアルからしてすごい。

 ソースはそれどこにかかっているんだ? と最初は思った。

 でも、それは目で見ても楽しめるように作られているという事が、目の前に運ばれると分かる。


 確かに値段相応の食事で、とても……とてもいい食事だった。

 2万5000ゴルドを出すだけの価値があると思わされた。


 全てのコース料理を食べきり、満足した所で私はウェイトレスの人に聞く。


「すいません。このお店に、クレハという方はいませんか?」


 正直、師匠がこのレストランで何をやっているのか、よくわからない。

 でも、ここにいる可能性があるのであれば、会いに行かない訳にはいかない。

 どうして……私をおいたままこんな所にいるのか。

 ちゃんと……聞いておかないと。


「クレハですか? 少々お待ちください」


 彼女はそう言って少し待つと女性を連れてくる。


「はい。なにか御用でしょうか?」


 そう言って私達の前に現れたのは、赤茶色の髪を持つ女性だった。

 シェフの格好をして、どうして呼ばれたのか不思議な顔をしている。


 彼女は私の師匠ではない。


「……」

「……」

「どうなのです? サフィニアさん?」

「この反応は……違うんだろうね。だろう? サフィニア」


 ミカヅキさんの言葉に、私は答える。


「ええ……すいません。クレハさん。私の考えていたクレハさんとは別の方でした」

「そう……なのですか? では失礼いたします」

「いえ、すいませんでした」


 それから私達は重たい気持ちのまま『イミタシオン』を出る。


「違いました……」


 私は折角会えると思ったのに、そう思ったのに、会えなかった悲しさからうつむいて外に出る。


 そんな私を、ミカヅキさんとネムちゃんがなぐめてくれた。


「元気出しなよ。今回はダメだったけど、きっとすぐに見つかるよ」

「そうなのです。探し人がそんな簡単に見つかることはないのです! 次に行くのですよ!」

「ネムちゃんはいいこと言うね。それに、希望は捨てちゃいけないよ」


 意味深な事を言うミカヅキさんに、私は聞く。


「どうしてですか?」

「アタシが会ったクレハという人はあの人じゃない。きっと……この町にまだいるはずだよ」

「本当ですか⁉」

「ああ、美しい赤茶髪だったからね。そうそう忘れるものではないよ」

「そう……ですか……」


 良かった。

 そうか、そうなんだ。

 まだこの町にいるかもしれない。

 それなら……私はもっと……もっと頑張って行こう。


「ありがとうございます! 私、もっと頑張ります!」

「そうなのです! セドリスさんも調べてくださっているのです!」

「だね。さ、依頼に行こうか」


 私達がそう話してこれからの事を話そうとすると、1人の少女が私達に向かってくる。


「アンタ達ね! あたしの師匠の事をぎまわっているのは!」


 そう言ってくる少女の目は燃えていた。

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