第23話 完成

 私は満足そうに包丁を確認しているミカヅキさんのために、マジックバックからタオルを取り出す。

 そのまま立ち上がり、彼女に近付いてタオルを差し出した。


「お疲れ様です」

「ん? サフィニア、起きていてくれたのかい? って……もう朝じゃないか」


 ミカヅキさんが窓の外を見たので、私もつられて見ると暗かった空は薄っすらと青くなり始めていた。


「見ていてとてもきれいで時間なんて忘れていました。すごいですね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でも、それはサフィニアにも言えるかもよ?」

「どういうことです?」

「君が料理をしている時は、アタシにもかれる何かがあるように思っただけだよ」

「そう……でしょうか」

「ああ、それよりも……はい」


 ミカヅキさんはそう言って、まるで新品のようになった私の包丁を差し出してくる。

 遠くでは見ていたけれど、近くで見ると薄っすらと緑色に光っていて美しい。


「すごい……とってもきれいです」

「だろう? これでも包丁専門にやっている鍛冶師だからね」

「でも、体力は大丈夫なんですか?」


 ミカヅキさんが言うだけあって本当にすごい。

 でも、彼女の体力の方が気になる。

 今日は朝から歩きづめで、さらにここに到着してからこんな時間まで鍛冶をしていたのだ。


 彼女は笑顔でこう言ってくる。


「大丈夫さ。と、それよりもなにか作ってくれないか? 一晩中ハンマーを振っていてね。流石にお腹が減ったんだ」


 ミカヅキさんがそう言ってくるので、私は振り返る。

 すると。マレーさんは笑顔で返してくれた。


「ええ、もちろん、キッチンはこっちよ。良い物見せてもらったし、私もがんばっちゃおうかしら」


 彼女の案内で私達はキッチンへと向かうけれど、彼女は思いだしたようにミカヅキさんに向かって話す。


「ミカヅキちゃん」

「なんだい?」

「ご飯の前に水浴びをして来るといいわ。作るのに少し時間がかかるから。場所はそこの扉を出てすぐよ」

「いいのかい?」

「ええ」

「ありがとう。ではそうさせてもらおうかな」


 そう言ってミカヅキさんは水浴びをしに行き、私はマレーさんと一緒に調理を始めた。


「今回はそこまで難しい物は作らないけど、いいかしら?」

「はい。問題ありません」

「それじゃあ簡単な物で食べ応えのあるものにしましょう。サフィニアさん。その包丁……せっかくなら試してくれない?」

「もちろんです!」

「ありがとう。なら、このハムを30枚に切ってもらえる?」

「分かりました」


 私はミカヅキさんに修理してもらった包丁を持ってハムを切る。


スッ――


「え」


 まるで切ったと思わせないくらい簡単にハムが切れてしまった。

 ただ包丁を降ろしたと思ったらハムが切れていたのだ。

 正直とんでもない切れ味になってしまったとすら思う。


 でも、これで……もっと色んな料理をしていけると思うと、とてもこれからが楽しみになる。

 そんな包丁を使うのが楽しくなり、あっさりとハムを全て切り終えてしまった。


「終わりました!」

「あら、もう終わったの? じゃあこっちをやって……」


 私はマレーさんの指示を聞いて調理を手伝い、大きめのサンドイッチを6個作った。


「よし、これくらいでいいかしら。と……ミカヅキちゃん来ないわね。様子を見て来てくれる?」

「分かりました」


 私は水浴びをしているであろうミカヅキさんの元に向かうと、服を着た状態で床に寝ているミカヅキさんを見つけた。


「ミカヅキさん!?」


 私は慌てて駆け寄り、彼女を起こす。


「すぅーすぅー」

「ミカヅキさん……」


 彼女は水浴びをし終わったのか、体はきれいにされた後だった。

 だけれど、そこで力尽きてしまったのだろう。

 今は静かに寝息を立てていた。


 さっきは問題ないと言っていたけれど、やっぱり厳しいのだろう。

 でも、彼女はそれを見せない。

 大変でもそれを見せずに、なんでもないと言ってくれる優しさがあるのだと思う。


「ありがとうございます」


 私は彼女にそう言って、ベッドに寝かせるために彼女を抱っこする。


「む……ん? サフィニア?」

「あ、起こしてしまってすいません」

「気にしないで。でも……分かってはいたけどアタシよりも小さいサフィニアにそんな軽々と持ち上げられるとはね……」

「? ミカヅキさんはとっても軽いですよ?」

「うーん。君が比べているのはロングホーンバイソンとかだと想像すると、それは当然であってほしいね。と、降ろしてくれるかい?」

「はい」


 私はそっと苦笑する彼女を降ろすと、彼女はタオルで髪を拭き、それから一緒に食事をする為にマレーさんの所にいく。


「寝に行かなくていいんですか?」

「ん? 問題ないよ。ちょっと仮眠したからね。それよりも、困っている人と……少しはお話をしたいじゃないか」

「困っている人?」

「ああ、すぐに分かる」


 私達がリビングに戻ってきて、マレーさんと一緒に食事にする。


 私が食材を切り、マレーさんが作ってくれたサンドイッチはとても美味しい。

 そして、ミカヅキさんが修理してくれた包丁は今までとは比べ物にならないくらい良いものになったと分かる。


「すごいです。食材の切り口がとてもきれいで、今までよりも舌触りが全然違います」

「そうかい? そう言ってくれると包丁鍛冶師冥利みょうりきるね」

「はい。ミカヅキさんはとってもすごい鍛冶師です」

「ありがとう。マレーさんもわざわざ起きていてくれて助かったよ。この食材達も良い物を出してくれて……」


 ミカヅキさんはそう言ってマレーさんの方を向く。


 マレーさんも嬉しそうに言葉を返す。


「いいの。そうやって2人が美味しそうに食べてくれるだけで。私は幸せよ。あの人も……ほとんど帰って来ないから」

「帰ってこない?」

「ええ、昼は仕事、夜は弟子達を連れて技術を磨くための練習、今日みたいにたまにはないかと思ったら弟子を連れて飲み歩いてるの。だから……こうやって人と食べるっていう事があってとても楽しいわ」


 マレーさんはそう言って嬉しそうにしていた。


「そうだったんですか……」

「いいのよ。それはそれで、一生懸命であることだからね。と、そうだ。せっかくならこれを使おうかしら」

「?」


 マレーさんはそう言って、戸棚から赤い粉を取り出した。

 そして、それを自分のサンドイッチにかけて食べる。


「うん! やっぱりこれは美味しい! さ、皆も食べてみて」

「はい」


 私は彼女から粉を受け取り、彼女と同じくらいの量をかけて食べる。


「! とっても美味しいです! 少しピリリとしていて、味に刺激が出ました!」

「ふふ、でしょう? これはトウガラシっていう物でね。アクセントにいいのよ」

「すごい……こんな美味しい調味料があるなんて……」

「あんまりに出回らないけどね。楽しい時間を提供してくれたから特別よ?」


 マレーさんはそう言って笑う。


 それから、私達はこの町のことについてだったり、弟子達のことだったりについて話を聞く。

 特にミカヅキさんの話は上手で、マレーさんを楽しませているようだった。


 私達が話をしていると、後ろの扉が開く。


「ふぁぁ……ちょっとトイレ……」

「わたしもなのです……あ」


 とびらから出て来たのは、クルミさんとネムちゃんだった。


「あーなにか食べてる!」

「わたしも食べたいのです!」


 そう言ってる2人に、私は彼女達の分を差し出す。


「わーい! 本当に食べていいの?」

「ただ寝てただけで何もしていないのですが……いいのです?」


 2人はうかがう様に私をみるけれど、最初に作った時に人数分作ろうとマレーさんには言われていた。


 それから5人で楽しく食事をしていると、部屋に1人の男性が怒った表情で入ってきた。

 風貌ふうぼうはいかにも鍛冶師、というような作業着を着ていて、かなりの筋肉質だ。


「おいお前ら! 何をやって……って、マレー? そいつらは……」


 男性はかなり赤い顔で、手には斧を持っている。

 口ぶりからするとマレーさんの旦那さんようだけれど……。


 マレーさんは彼に私達を紹介してくれる。


「この人達は私のお客人よ。だから武器はしまって」

「あ、ああ、それは……失礼した。強盗か何かだと思っちまった。だが、なんでこんな時間に?」


 話している間に、時間は日はかなり登り始めていた。


「ちょっと徹夜でを使っていたのよ」

「なんだと? 勝手に」

「待って。ちゃんと見ていたから問題はないわ。これでも親方の妻よ?」

「そ、そうか……すまんな」


 そんな話を始めた所で、ミカヅキさんが目で私達に訴えかけてくる。

 そして、彼女は2人に向かって口を開く。


「それでは我々はこれで失礼します。炉を貸して頂いてありがとうございました」

「え? もう行くの?」

「はい。やらなきゃいけないことがあるからね」

「じゃあ折角だからこれを持って行って、あんまり量はないけど」


 そう言ってマレーさんはトウガラシを少し持たせてくれる。


「いいんですか?」

「ええ、色々と察してくれたっていうのもあるからね」


 彼女は私達にウインクをしてきた。


「わかりました。ありがとうございます」


 私達はそうして、楽しそうに話す2人を残して出てくる。


 家を出てから、ミカヅキさんが楽しそうに話す。


「いっつもいないって言っていたけれど、旦那さんも心配しているんだね」

「そうなんですか?」

「多分ね。きっと、恥ずかしくてあんまり一緒にいられないとかなんじゃないのかな。鍛冶師にはそう言う人が多いからさ。言葉よりも目で見て分かれ……っていう世界だから」

「なるほど」

「ま、いいさ。クレハさんのことについても頼んでおいたし」


 ミカヅキさんはいつの間にかそんなことも頼んでくれていたらしい。

 流石ミカヅキさん、仕事がとても早い。


 そんなことをミカヅキさんが話すと、今度は悪だくみをしているようにネムちゃんが話す。


「ふっふっふ、なら次はわたしの番なのです」

「なんの番ですか?」


 私が聞くと、彼女は楽しそうに話す。


「次のクレハさんの居場所を聞き出すための作戦です! きっとこれ以上ないくらいに素晴らしい作戦なのです!」

「でも、そろそろお金も稼いだりしないと……」


 私がそう提案すると、ネムちゃんは待ってましたとばかりに話す。


「分かっているのです! 情報をゲットしつつ、お金も稼げる秘策があるのですよ!」


 そう高らかにネムちゃんは提案をして来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る