第22話 ロックリーンと修理

 時間は夕方。

 空が赤から黒に変わる時に、私達はロックリーンの町に入ることができた。


「らっしゃい! らっしゃい! こっちの串は美味しいよ!」

「寄っておいで! ここのスープは天にも昇る味だ!」


 私達がロックリーンの町に入ると、リンドールの町の倍以上の屋台が並んでいた。

 屋台では様々な食べ物を提供していて、その香りに私のお腹は刺激される。


 グゥゥゥゥ。


 今すぐにでも屋台に突撃したい。

 あれ? 気が付いたら屋台が近付いてる?


 そう思っていたら、私の足は屋台に向かって進んでいた。


「あはは、サフィニアにとってはここはまずいかもね」

「クルミさん……でも、師匠を探さないと……」

「なら、こうしたらいいじゃない」


 クルミさんは楽しそうに言って、私を追い越し屋台に近付いていく。

 私達が後に続くと、その屋台はシチューを提供していた。


「それ人数分ちょうだい」

「はいよ! ちょっと待っとくれ!」


 店主はそう言って4人分の食事の用意をしてくれる。


「クルミさん?」

「まぁまぁ、あわてないあわてない」


 クルミさんはそれから店主が私達に食器を渡してくれて、代金を支払う。

 その時に、店主に聞く。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」

「ん? なんだい?」

「あたし達クレハ……っていう人を探しててさ、赤茶色の女の人で髪は腰位まであるかな。知らない?」

「うーん。ここで長いことやってたけどそんな人は見てないねぇ」

「そっか……ありがとー」

「力になれなくてすまないね」

「ううん。気にしないで」


 そうか、こうやって情報を集めるのか。

 お腹も満たせて情報もあわよくばゲットできる最高の方法だと思う。


 クルミさんは私達の方を振り返って言う。


「それじゃあ、食べて次に行こうか」

「はい!」


 私は勢いよく返事をする。

 これで考えていくと、師匠の情報を知っている人に当たるまでこの屋台をめぐっていくということだろう。

 今日中に全部回れるのかとすら思ってしまう。


 でも、その考えはクルミさんにバレていた。


「サフィニア。流石に全部は食べないからね?」

「そうなんですか⁉」

「なんで驚くの⁉ 流石にそれは無理だよ……」


 その言葉にネムちゃんとミカヅキさんも同意する。


「わたしもこの一杯で十分なのです」

「アタシもそこまでは食べられないかな。やることもあるし。それよりも、今はこのシチューを楽しもうよ」

「はい! それもそうですね!」


 次のご飯もいいけれど、今この目の前の食事をするのが先決だ。

 1杯のシチューに集中して、味を確かめるのが礼儀というものではなかろうか。


 私は返事をして、手の中にある木の器を口元に運ぶ。


 シチューは優しい味で、空いたお腹に優しく入ってこれから食べるのだと起こしてくれる。

 具材は肉や野菜がゴロゴロと入っていて、ネムちゃんが言う通りこれだけでも十分な量があった。


 私はそんなシチューを食べきる。

 そして3人に聞く。


「次の屋台に聞いてきます! いる人はいますか⁉」

「え? あたしはいいかなぁ」

「わたしも大丈夫なのです」

「アタシもこれだけで十分だよ。でも、サフィニアは行きたいんだろう? 行っといで」

「分かりました!」


 私は3人にそう言って、次々と屋台に行き、師匠は知らないか? という事を聞き続けた。

 でも、師匠の事を知っている人はいなかった。


「いませんでした……」


 私は皆の元に戻ると、クルミさんとネムちゃんが返事をしてくれる。


「うん……でも、片側全部行くとは思わなかったよ」

「何店舗あったのです?」

「え? 10以降は数えていません」

「それを30分で制覇せいはした速度はびっくりだよ……」

「わたしのワールドマップに最速早食いとしてサフィニアさんを書いておいた方がいいかもしれないのです」


 そんな事を話していると、私はミカヅキさんがいないことに気付く。


「ミカヅキさんはどちらに?」

「ああ……それがね」


 クルミさんがそう言って、指をさす方向にミカヅキさんはいた。


 彼女は道行く知らない女性に声をかけていて、とても楽しそうに話している。


「何をしているんですか?」

「なんでも、彼女なりの人探し……らしいよ」

「ミカヅキさんなり……?」


 私がそう言って首をかしげていると、ミカヅキさんは話がまとまったのかこちらに向かってくる。

 話していた女性を連れて。


「え?」

「やぁやぁ皆、話がまとまったよ」


 満足そうに言うミカヅキさんは流れるように連れてきた中年の女性を紹介する。


「こちらはマレーさん。この町で鍛冶師をしている人の奥さんだよ」


 ミカヅキさんにそう言われたマレーさんは黒髪を肩口で切りそろえている優しそうな女性だった。


 彼女は挨拶あいさつをしてくれる。


「初めまして、それではこちらへお越しください」


 彼女はそう言ってスタスタと歩いていく。

 まるでついて来いと言わんばかり……いや、実際について来いと言っていたのだけれど……。


 どういうことだ? と私達3人は首をかしげるけれど、ミカヅキさんはマレーさんと楽しく話していた。


「とりあえず付いて行きますか?」

「それがいいかね」

「なのです」


 私達は2人の後について行くと、そのまま鍛冶師の仕事場まで案内される。

 その頃には日はすっかりと落ちていて、仕事場には少し前まで使っていたと思われる熱気が残っていた。


「鍛冶場?」


 私がそう言うと、ミカヅキさんは私に向かってウインクをしてくる。


「ああ、君の師匠を探すことも大事だけれど、もう一つやらないといけないことがあっただろう?」

「包丁の修理!」

「そうだよ。だからマレーさんに無理を言って貸してもらっているのさ。もちろん、使用料は払うけどね」


 ミカヅキさんがそう言うと、マレーさんは首を振って答える。


「私はいいって言ったんですけど……どうしても払うってきかなくって」

「当然だよ。一流の職人達が本気で使って……鍛錬している鍛冶場を貸してもらうんだ。それくらいはしなくてはね。ただ、マレーさんも包丁とか修理する予定があればやっておくかい?」

「いいのかしら?」

「もちろん。アタシの腕を存分に見せつけてあげるよ」

「それじゃあ取ってくるわね」

「その間に火起こし等はやっていいかい?」

「大丈夫よ」


 マレーさんはそう言って鍛冶場を出て行く。


 ミカヅキさんはそれを見た後、クルミさんにお願いをする。


「さて、それじゃあマレーさんが持ってくる前に火をつけないと。クルミお願いできる?」

「もちろん。どれくらいの火力がいい?」

「できるだけ熱くしてほしいかな。このはかなりの高温まで耐える物だからね」

「わかった」


 クルミさんが魔法を使い、炉の中に火を放つ。


 それを見たミカヅキさんは楽しそうに笑う。


「いい火だ……これはいい物ができるぞ」

「持って来たわ」


 そう言って丁度いい所にマレーさんが道具を持ってくる。


 ミカヅキさんはそれを受け取り、私に向きなおった。


「サフィニア。先にこっちをやるね。君の包丁は魔力付与をしないといけなくって、時間がかかるからさ」

「もちろん構いません」

「ありがとう。それじゃあさっさと終わらせるね」

「はい」


 それからのミカヅキさんはすごいの一言だった。

 マレーさんから受けとった包丁を少し見ただけで、次は何をしなければならないか分かったらしく、行動に移っていく。

 その包丁を少し研いだと思ったらそれで完成。


 他にも凹んだ鍋もどうやったのか分からないほどに早く元の形に戻していた。


 それを受け取ったマレーさんも驚いていた。


「すごい……旦那はやってくれないから。弟子にやってもらっていたけど……。それもなんだか違って……。それをこんな完璧にやってくれるなんて……」

「あはは、ありがとう。でも、弟子の人も本職は剣とかだろうから、そっち系統にしてしまっていたんだろうね」


 そんなことを言う彼女に私は聞く。


「剣と包丁ってそんなに違うんですか?」

「違うよ、当然違う。包丁は毎日柔らかい物ばかり切るだろう? だから頑丈に作る必要はない。ただ純粋に切れ味を伸ばしていくべきなんだ。でも、剣は鎧や、硬い魔物を切るために頑丈でなければならない。もしも戦場で壊れてしまえば致命的だからね。だから多少切れ味を落としてでも、壊れないように作るのが一般的なんだ」

「なるほど……でも、どうやってそんなに早くできるようになったんです?」


 私がそうの事を聞く。


 外から見ていたらクルミさんの魔法かと思うくらい早く仕上がっていくのだ。

 聞けるのであれば聞いてみたい。


 私の質問に、彼女は楽し気に答える。


「どうやってって、普通にやっているだけだよ。さ、その話は後。サフィニア。君の包丁の修理だ」

「それもそうですね。分かりました。よろしくお願いします」


 ミカヅキさんの言葉ももっともだ。

 元々任せるつもりだったけれど、今の動きを見てミカヅキさんのやって欲しいとすら思う様になったくらい。


 私は彼女に包丁を差し出す。


「任せてくれ。あ、そうそう」

「なんでしょう?」

「君達は先に寝ててもいいからね」

「?」


 私は今何を言われたのか理解できず、後ろを振り返ると3人も理解できていないようだった。


「聞こえなかったかい? 先に寝ててもいいからね」

「寝る……って。包丁の修理って……そんなにかかるんですか?」

「まぁ、朝までには終わるだろう。だから、先に寝てていいよ」


 ミカヅキさんはいたって普通のことであるように答えてくれた。


「あ、朝までですか?」


 私はミカヅキさんの言っている事が信じられずに思わず聞いてしまった。


 彼女はなんでもないことのように言ってくる。


「そうだよ。だから寝ていても問題ないからね。それじゃあ始めるから、離れていて」

「分かりました」


 私は彼女に返事をして、皆で離れた。


 すこし離れた場所で、クルミさんが聞いてくる。


「あたし達はどうしようか」

「私はミカヅキさんの側にいます」

「サフィニア?」

「だって、ミカヅキさんはわざわざ私の包丁を直してくださっているんです。なら、私が側についているべきかなって」

「サフィニア……そうだね。それならあたしも一緒にいようかな」

「いいんですか? 朝までかかるって言ってましたけど……」


 私が少し申し訳なくなって聞くと、クルミさんは優しく笑って答えてくれる。


「気にしない気にしない。眠たくなったら寝るから、その時はベッドまで運んでおいて」

「はい。分かりました」


 私はネムちゃんの方を見ると、彼女も一緒にいてくれるようで、書きかけのワールドマップを出して何かを書いていた。


 マレーさんも一緒にいてくれるようで、私達は静かに話しながら夜がけていく。


 それから何時間か経った頃、静かな寝息が聞こえてくる。


「ネムちゃん……寝ちゃったみたいですね」

「そうだね。ふぁぁぁ。あたしも流石に眠たいや……ごめんねサフィニア」

「いえ、そんなことはありません」


 私がそう答えると、マレーさんが寝室に案内してくれる。


「寝室に案内します」


 私はネムちゃんをお姫様抱っこして、マレーさんの後に続く。

 そして、ネムちゃんをベッドに寝かせ、クルミさんも隣のベッドで眠りについた。


 私達はそれを確認した後、ミカヅキさんのいる場所に戻る。


「……」

「……」


 それからどれくらい経っただろうか。

 途中からはミカヅキさんの鍛冶に見とれて話すことを忘れてしまっていた。


 ミカヅキさんが包丁を魔力が込められたハンマーで叩く。

 他にも、水緑石を砕いた粉末を包丁に混ぜこんだりしていた。


 槌で包丁を叩くたび、真っ赤な火花や緑色の火花が飛び散り、幻想的な気持ちにさせる。


 文字にすると大したことではないように思えるけれど、一流の職人の技はそれだけで映える景色になるような気がした。

 鍛冶をしたことがない私が、純粋に美しいと思えるほどだから。


「そろそろ終わりかしらね」


 ふとマレーさんがそんなことを言うと、その言葉通りになる。


「ふぅーこれで大丈夫……かな」


 ミカヅキさんは汗だくになりながらも、満足そうに私の包丁を見ていた。


 離れた場所から見ていても、その姿は絵になるほど様になっていた。

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