第10話 お掃除の依頼


「しつれいしま~す」


 私達3人は少しとまどいながらも依頼人の屋敷やしきに入っていく。


 屋敷の中はとてもせまく、歩くにもかなり気を使わなければならない。

 その理由は簡単で、玄関を入るとゆかにはいろんな物が落ちていて、気をつけなければんでしまいそうだった。


 私が時々1人で他の山に狩りに行って、師匠を1人で家に残していった時のことを思い出す。

 あんまり思い出したくない思い出だけど……。


「こっちこっちー」


 依頼人はそう言って私達を手招てまねきするけれど、慣れたものなのかスイスイと進んでいく。


 私達も気を付けて進み、キッチンが併設へいせつされたリビングに通される。

 リビングは元々は広かったのであろうが、黒い物や青い粘着質のもの、赤い鉱石等様々な物で埋め尽くされていた。

 そんな状態の4人掛けのテーブルに私達は案内され、席につく。


 席に着くなり彼女は依頼内容を話してくれる。


「さてと、雑談もするのはあれだろうし、とりあえず依頼のお話でいい?」

「はい。問題ないです」


 クルミさんが経験者という事で答えてくれる。


「じゃあまずは自己紹介から、私の名前はツバキ。ここで画家をしているんだ」

「画家?」

「そ、この屋敷は私のアトリエであり、住処すみか。色々と転がっているのは顔料がんりょうなのさ」

「顔料……自分で色も作っているんですか?」

「そうだよ。だって細かい色の指定するとか面倒だし、その細かい色を出すのも自分でやりたいの」

「なるほど、では部屋の掃除というのは……」

「考えている通りだよ。私って結構ずぼらでさ。色んな顔料を集めていたらそれだけでこの屋敷がいっぱいになっちゃって。前に寝ている時に顔料に押しつぶされて死にそうになったのがあったからさ」

「それは……」

「あはは、笑っちゃうよね。それに、キッチンとかお風呂も長いこと使えてなくてさ。顔料で埋められたりしてるんだよねー」


 ツバキさんはそう言って笑い飛ばす。

 中々に豪快ごうかいな人なのかもしれない。


「それで、依頼は受けてくれる?」

「もちろん……お受けします」

「ありがとう! それじゃあやって欲しいことを伝えるね!」


 そう言ってツバキさんは立ち上がり、ここをこうきれいにしてほしいという事を話す。


 彼女が言うには1階の部屋を一度きれいにして、汚れなども落としてほしい。

 そして、彼女が指示するように家具等もできれば移動させてほしいということ。

 ただ、家具の移動は大変だろうから、やらなくてもいい。

 やってくれたらボーナスをつけるということらしかった。


 その話を聞いて、ネムちゃんが顔を引きつらせている。

 私達は3人で少し相談をすることにした。


「これは……中々に大変な仕事なのです」

「じゃあ……止める?」

「……」


 止めようかと提案してくるクルミさんに、私は言う。


「やってみませんか? ツバキさんも困っているようですし、それにこんな大きな屋敷がきれいになるってとっても良くないですか?」

「いいのです? わたしが……丁度いいと言ってしまった手前……ここまですごいのは考えていなかったのです」

「大丈夫! 私、力は強いから! 家具の移動なら任せてください!」


 私がそう言うと、クルミさんもやる気を見せてくれた。


「そうだね。あたしだって魔法を使って色々とやるから、やってみよう? 今回はネムちゃんだけじゃないんだからさ」

「……ありがとうなのです! わたしもだてに掃除の依頼はいっぱいやっていないのです! 見せてあげるのです!」

「よし、じゃあやろうか!」

「はいなのです!」

「はい!」


 そうして、私達はツバキさんの依頼を受けることにした。


 もしダメだったらその時に謝ればいいだろうし、実際にやってみてできたらツバキさんも笑顔になってくれるはずだ。

 そう思ったら、やってみてもいいと思う。


「よし! まずは色々な顔料を外に出して、部屋の中をきれいにしようか!」

「どうするのです?」

「こうするんだよ!」


 クルミさんがそう言ってから、魔法を唱える。


「『風魔法:風の抱擁ウインドエンバレス』」


 クルミさんの魔法で薄い緑色の風が巻き起こる。


「さ、みんなこの緑の風の中に顔料を放り込んでいって! この魔法はちゃんと顔料ごとに分けてくれるから適当に放り込んで大丈夫だよ」

「すごいのです! そんな魔法があるのです?」

「まぁね。お姉さんだからこれくらいわね! 集中力は使うから実は大変なんだけどね……」


 そう言って鼻を高くする彼女の指示に従っていろいろな顔料をそこに投げ込んでいく。


 クルミさんがすごい事をしてくれるのであれば、私も頑張っていっぱいやらなくては。

 私は力が強いから、それだけ多くの物を運べる。

 この力とクルミさんの魔法を合わせたらたくさん運んで早く掃除を進める事ができてツバキさんも喜んでくれるだろう。


 私とネムちゃんは顔料をクルミさんの魔法に放り込む。


 そして、量がいっぱいになると、クルミさんが運んで屋敷の外に置いておく。

 裕福な人が多い場所だからか、道が広いのは救いだった。


 そして、彼女の魔法は床に顔料をおく時も仕訳しわけをしてくれるらしく、ツバキさんは目を輝かせていた。


「すごいよ君! 私の助手にならない?」

「えーそれはちょっと……あ。でも美味しいポーションをくれるなら……」


 私は仕事が早く終われるように、顔料を1人で持ってきた。


 クルミさんが魔法を使って一生懸命やっているのだ。

 私も負けないくらい頑張りたいと思う。


「クルミさん?」

「さ、サフィニア? じょうだ……」

「次の顔料を持ってきました。入れていきますね」

「え? あ、ちょっと⁉」


 私はクルミさんが仕訳けている間に両手に持っている顔料を彼女の魔法に入れていく。


 彼女の魔法はとってもすごくて、私が放り込んでいった側から仕訳けるようにして顔料を地面に置いていくのだ。

 私がもっとやれば、あれだけ汚い部屋もすぐにきれいにできる。

 私はやる気がみなぎってきた。


「それじゃあ次もすぐに持ってきますね?」

「え? そんな急ぐとあたしの集中力も……」


 私は急いで他の顔料も持ってきて、クルミさんの魔法に放り込んでいく。

 最初こそクルミさんが屋敷の中で魔法で受け取り、外に出て仕訳けていたけれど、私が手でもってクルミさんが外で仕訳けてもらう方が早いことに気付いた。


 そうなればツバキさんもきっと喜んでくれる!


「もっともって来ますね!」

「………………」


 クルミさんは視線だけ私に向けてくるけれど、その目は見開いていてなにかを訴えかけるようだった。


「あ……もっと早くもって来いということですか? 急いで持ってきますね!」

「!!!」


 クルミさんの目がクワっと見開いたので、私は急いで屋敷の中に戻って次々と顔料を持ってきた。


 クルミさんは汗を流しながら、必死に魔法を使っている。


 私も彼女の頑張りを見て、もっと頑張らなければとやる気が出てくるのだ。

 とても素晴らしい効果だと思う。


「あ、クルミさん。この顔料は壊れやすいらしいので、気を付けて下さいね!」


 私はそう言って顔料を魔法に放り込むと、クルミさんの目はうるんでいた。

 もしかしてこの魔法で目でじっくりと見ていないといけないとか?

 それでずっと目を開けていて目が乾いたのだろうか? 急いで他のも持ってきて終わらせないと。


 それから仕訳けをして、大体の顔料は屋敷の前に並んでいた。


 顔料の山を見て、ネムちゃんがつぶやく。


「これだけあればひと財産になるのですよ……」

「そうなんだ……と、クルミさん。大丈夫ですか?」


 今更だけれど、やる気が出ていてすごく勢いよく入れていってしまったけれど大丈夫だろうか。


 すぐ近くではクルミさんが魔力を使い過ぎたのか地面に座り込んでいた。


「だ、大丈夫……だよ。でも、ちょっと……休ませて……」

「わかりました。では私が家具の移動をやっておきますね」

「わたしもやるのです!」

「あ、家具の移動は私でやるから、ネムちゃんは掃除をお願いしていい?」

「え? でも家具は2人でやらないと……」

「大丈夫! 任せて!」


 私はそう言って、屋敷の中にある家具、とりあえず2ⅿはあるたなを1人で運び始める。


「えぇ……サフィニアさんすごすぎません……?」

「? そんなに重たくないですよ?」

「そんな……」


 ロングホーンバイソンに比べたら大したことはない。

 片手でも持てるけれど、傷つけたりしたら修理が大変なので気を付けて運ぶために両手で運んでいた。


 私は持っていた棚を屋敷の外に持っていく。

 そして、近くにいたツバキさんに聞いた。


「ツバキさん。これはどこにおけばいいですか?」

「……へ、あ、そ、それは……とりあえずここでいいよ」

「分かりました」


 ズン!


 私は屋敷の中にあった本棚を本ごと地面におく。

 本棚自体は軽かったけれど、中の本が落ちないようにする方に気を使ったくらいだ。


 ツバキさんはそんな私を見て聞いてくる。


「サフィニアちゃん……そんな細腕のどこに力があるの?」

「鍛えてるんで!」

「そう……すごいね……」

「もっと運びますね!」


 私はそれから部屋から出せる家具はできるだけ屋敷の外に出す。

 その途中に、ネムちゃんがサポートをしてくれた。


「サフィニアさん」

「なに? ネムちゃん」

「わたしができることはあんまりないんですけど、これくらいはさせてください。『強化魔法:身体強化フィジカルブースト』」


 ネムちゃんが強化魔法を使ってくれると、私の体は軽くなる。


「ありがとうネムちゃん! もっと頑張るね!」

「え? そんな急いではやる必要ないのですよ⁉」

「いっくよー!」


 私は頑張って、ほぼ全部の家具を1人で外に出した。

 そして、家具の回収忘れがないか部屋に入ると、そこではネムちゃんがピカピカになるほど部屋を綺麗にしていた。


 ネムちゃんは自身の大荷物を解いて、何やら洗剤せんざいなどを使って部屋をキレイにしていた。

 彼女が掃除をした部屋は壁にこびりついていた黒いなにかや、顔のように見える緑色の粘液ねんえきをみるみる落としていた。


 そのきれいになっていくのは見ているだけでとても心地よい。


「お、ネムちゃんすごい綺麗にしてくれてますね!」

「ふふふなのです。これでもこういった依頼を受けているので、綺麗にするのは任せてほしいのです!」

「うん! 終わったらこっちを手伝うね!」

「よろしくなのです!」


 私は屋敷の外に家具を出して、掃除を進めていく。

 それからクルミさんはツバキさんと協力して家具を綺麗にして、私とネムちゃんで部屋を綺麗にしていく。

 4人で時間を忘れて掃除を終えると、そこは変な臭いもしない、素晴らしく美しい屋敷に返り咲いていた。


「すごいよ3人とも! びっくりしちゃったって言葉じゃすまない! たった1日でこんなに綺麗になるなんて!」


 元々広かったリビングは想像の倍くらい広かったらしく、ちょっとなら飛んだり跳ねたりできる。

 そして、元々あった顔料はクルミさんが土魔法で土台を作り、私が拳でちょっと加工して、ネムちゃんがデザインしてくれた棚に収まっている。


「しかも顔料が分かりやすいようにこんなきれいに! 私ここまでしてくれるなんて思ってなかったよ!」


 ツバキさんはそう言って喜んでくれている。


 私としても、それだけで嬉しい気持ちになった。

 たいへんな仕事だったけれど、それを乗り越えてもらえる笑顔はとても良いものだと感じる。


「これは普通のボーナスじゃダメだね……。うん。君達にはあれをボーナスとして上げよう!」


 そう言って、彼女はどこかに行き、そして戻ってくる。


「君たちにはこれをあげるよ!」


 そう言って彼女が差し出してくれたのは……。

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