第9話 新しい仲間


「ほぇ?」


 ネムちゃんはそう言って呆然ぼうぜんと私とクルミさんを交互に見る。


「どうですか? 私はネムちゃんと一緒に旅がしてみたい。そう思いました。ワールドマップを作るというのも応援したいですし、なにより、一緒に居て楽しいと思えました」

「でも……わたしは……わたしは……」

「どうかしたんですか?」

「その……本当にわたしはお二人のようにすごいことはできませんよ? ロック鳥の首を手刀で落としたり、魔法陣を描いて魔法を使うなんてこと……」


 そう言うネムちゃんは視線を下げ、ススっと後ろに下がる。


 私はクルミさんが私にやってくれたように、前に出て彼女の手を握った。

 きっと彼女は迷っている。

 だから以前の私のように聞いてくるのだと思った。


 だから、不安を取り除いて上げるために、こちらから歩み寄る。


「⁉」

「ネムちゃん。一緒に行こう?」

「でも……」


 彼女は不安そうにクルミさんに視線を送る。


「あたしも賛成だよ。正直自分で言うのはあれだけど、あたしがサイフ持つと大変なことになるから。そこら辺を握ってくれないかなーって」

「そんな……いきなりわたしに任せて大丈夫なのですか?」

「大丈夫。君はそんなことをする人じゃないでしょ? 一緒に旅をしたんだ。分かるよ」

「クルミさん……」


 私は後一押しだと思って彼女に詰め寄る。


「ネムちゃん。一緒にいこう? その方がきっと楽しいよ!」


 ずっと1人でいた時に感じたことのない幸せを、私はクルミさんとの旅で感じていた。

 たった1週間かそこらだけれど、それは1年で味わった楽しさに匹敵する……いや、それを超えるくらいの楽しさを私は感じていた。


 ネムちゃんが加わってくれれば、もっと楽しくなる。


 そんな確信が私にはあった。


「わかったのです。わたしも……一緒に旅をしていて……2人の関係はすごく楽しそうに映って……しかも、私の夢を笑わないでくれたのです。だから、私も一緒に旅がしたいのです!」


 そう言って私の目を真っすぐにみてくる彼女の瞳はとても力強かった。


「うん! これからよろしく!」

「わわ!」


 私は彼女を抱き締め、彼女をそのまま振り回す。


「サフィニアさん!⁉ 目が回るのですー!」

「あ、ごめんごめん。嬉しくてつい……」

「だ、大丈夫なのです……」


 彼女はそう言って目を回している。


 テンションが上がって少しやってしまった。

 でも、この抑えきれないうれしい感情が消えることはない。

 どうしたらいいだろうか……。


 私は気持ちを抑えきれなくなるけれど、目を側にやるとロック鳥がいるのが目に入った。


 そう考えたところで、私は彼女がやろうとしていた事を思い出す。


「ねぇネムちゃん」

「なんです?」

「ロック鳥の観察って今からできないかな? それで、それが終ったらお祝いにロック鳥を食べない?」

「いいのです? ロック鳥のお肉は高級品ですから、売ったらいいお金になりますよ?」

「ネムちゃんが仲間になったお祝いじゃないですか」


 嬉しい気持ちを持っているならそれを料理でさらに上げる。

 別にこの嬉しい気持ちにふたをする理由はないのだから。


 私がそう言うと、クルミさんも頷いてくれる。


「そうそう。それにサフィニアの料理は美味しかったでしょ? その腕で……食べてみたくない?」

「食べたいのです!」


 クルミさんの提案に、ネムちゃんはすぐに頷く。


「ではすぐにスケッチをするのです!」

「うん。私たちはその間警戒をしておくよ」

「よろしくお願いするのです!」


 それから、彼女は集中してロック鳥のスケッチを始めた。


 私はその間に、ロック鳥の卵を1個拝借はいしゃくして、戻ってくる。


「お、それも食べるの?」

「はい。ロック鳥が美味しいなら、卵も美味しいんじゃないのかと思いまして」

「それはあるね。ただ……ツガイだから相手がいるかもしれないんだよねぇ……なら囲ってけばいいかな」

「囲う?」

「こうするの。『氷魔法:凍えるかまくらアイスドーム』!」


 クルミさんが魔法を使うと、私達を囲むようにして氷のドームができ上がった。


「すごい……」

「ふふ、これくらいやっておかないと血の匂いをぎつけて魔物が寄ってくるからね。しかもこれをしておけばロック鳥の肉が劣化も抑えられるんだ」

「流石クルミさん!」

「ちょっと寒いことがたまに傷だけどね。それじゃあ代わりに調理は頼んだよ?」

「はい! 任せてください!」


 それから数時間ほど待つと、ネムちゃんが終わった事を報告してくれる。


「スケッチが終わったのです!」

「それでは調理を開始しますね」

「よろしくお願いしますなのです。あ、それと、卵も……スケッチしてもいいですか?」


 ネムちゃんは見上げるように聞いてくるので、私は答える。


「まずはロック鳥の解体を先にしないといけないので、大丈夫ですよ」

「ありがとうなのです! サフィニアさんは優しいのです!」

「そんなことないですよ。それでは解体しますね」

「よろしくなのです!」


 それから私は包丁でロック鳥の解体をして、どんな料理をしようか悩む。


(やっぱり最初は焼きかなぁ……。うん。それが一番早いし、ロック鳥の美味しさを感じられるよね)


 かたい骨に何回もあたりながらも包丁に力をこめて叩き折る。

 そして、解体をさっさと終えてクルミさんが作ってくれたキッチンで調理を始める。


 作り方はシンプルにももの辺りの肉を使って串焼きだ。


 塩を最後の軽くまぶして完成させる。


 後は、ロック鳥の卵も普通の卵焼きにして……。


「できました!」

「おーシンプルに焼いただけなのにこんなに美味しそうな匂いがするなんてすごいね」

「サフィニアさんが作っている間にわたしも作っておいたのです!」


 ネムちゃんがそう言って出してくれたのは以前食べたものとは少し違った香りのするスープだった。


「これは……」

「これは持っていた素材を使って前とは違った味に作ったスープなのです!」

「ありがとうネムちゃん」

「そんなことはないのです! わたしも仲間になったからには、できることはするのです!」

「そっか……ありがとう。それじゃあ食べようか」

「はいなのです!」


 それから私達はロック鳥の串焼きとスープ、卵焼きを氷のドームの中で食べる。


「まずはロック鳥の方から……」


 私は自分の拳ほどもある肉にかぶりつく。


「!」


 すると、ロック鳥の肉は私の歯に食われてなるものかと、歯が跳ね返されるくらいに反発してくるのだ。

 でも、嚙み切れない固さではない。

 ぷりぷりとしていて、ちゃんと力を入れてかむとそのうま味と歯ごたえで口の中が満たされるのだ。


「美味しい……」

「これは……もっと食べたくなるね」

「流石高級品なのですー」


 そんな事を皆で言いながらロック鳥の肉を食べていく。


「美味しかった……」

「だねー」

「ですー」


 私達はロック鳥を食べきり、少しゆっくりしてからこれからの事を話す。


 口火を切ったのはネムちゃんだった。


「それで……これからどんな依頼を受けていくんですか? やっぱりランクをすぐに上げるのですか?」

「それなんだけどねぇ……正直あんまり上げたくないと思っているんだ」


 答えたのはクルミさんだった。


「どうしてです?」

「ランクを上げると貴族とか国に目をつけられるでしょ? 正直……それで苦労した人を知っているからさ。だからあんまり目立ちたくないんだ」

「それなら……このロック鳥の素材、どうするのです?」

「それは……どっか大きな街に行った時に裏の人達に売ってもいいかなぁって」

「そうなのですか……では、依頼を受けないといけないですね」

「うん」

「でも、戦いになるのは、サフィニアさんの力がバレたらまずいので出来ない……と」

「うん。そうなるね。面倒かけてごめんね」

「ごめんなさい」


 私はクルミさんに続いてネムちゃんに謝る。


 彼女は手を振ってそんなことはないと言う。


「そんなことはありません! わたしも戦いは得意ではありませんから。ですので、受ける依頼はわたしが候補こうほを上げてもいいですか?」

「?」


 私とクルミさんはお互いに顔を見合わせた。


******


 それから数日かけてリンドールの町に戻ってきて、ネムちゃんが選んだ依頼を受けることになった。


 場所は町中のそこそこ裕福ゆうふくな人が暮らす一角。


 私達の前には大きな2階建ての建物の前にいた。


「ここが依頼の屋敷ですか……」

「そうなのです! こういった町では屋敷やしきの掃除を手伝ってほしい。という依頼がけっこうあるのです! 大変ですけど、安全でそこそこお金もいいのです!」

「なるほど。それじゃあ」

「はい! 行くのです! すいませーん!」


 ネムちゃんがドアをノックすると、扉の向こうから声がする。


「はーい」

「わたし達、依頼でこの屋敷の掃除に来たのですが!」

「本当!? やっと受けてくれるのね!」


 そう言って扉が開け放たれた瞬間、私達は思わずまゆをひそめる。


「ようこそ! 私の屋敷へ! ささ! 中に入って!」


 少し地味目の小汚い感じの女性はそう言って扉を開けて私達を中に誘う。

 彼女は暗い赤色の髪を頭の上でまとめ、顔や手には赤や青い色がついていた。

 彼女は屋敷の中に入るけれど、私達は少し戸惑ってしまった。


 屋敷の中から届く臭いに正直物が食べられなくなりそうな気分になる。

 そして、それを助長じょちょうするように、屋敷の中にはヘドロのような黒いなにかが見えた。


「ネムちゃん……こんな屋敷……毎回やっているの?」


 クルミさんの小さな声にネムちゃんは小声で返す。


「わたしもここまでのは初めてなのです……帰ってもいいのです?」

「「それはダメでしょ」」


 私とクルミさんの声が重なった。

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