第8話 ロック鳥

 ロック鳥、それはCランクの危険度に分類されており、5mにもなる大型の鳥の魔物だ。

 色は乳白色で、姿形はたかに近いだろうか。

 今は自身の巣で卵を守っているからか、ずっとその場から動くような気配はない。


 私達はロック鳥が見える木陰こかげに体をよせあうようにして隠れていた。

 周囲は木々がしげり、人の入るスペースはとても狭い。


 でも、ロック鳥は私達から15mほど離れた所にいて、なにかあれば気付かれてしまいそうなほど近い。


 私はロック鳥が美味しいのかどうかを考えていた。

 ネムちゃんとクルミさんが細かいことを確認している。


「(いいですか? ロック鳥は風魔法で音を拾っているのです。なので、できる限り音を立てないように、静かに行動してほしいのです)」

「(分かったけど、ここなら本当に魔物は来ないんだよね?)」

「(はい。ファングボア等も、普通はロック鳥の近くにくることなんてまずありませんから)」

「(もし見つかったら?)」

「(その時は全力で逃げるのです。いいです?)」

「(わかったよ)」

「(はい)」


 ネムちゃんはそう言って、手に持っていたスケッチブックにロック鳥を描き始めた。


 シャッシャッスー……シャシャ。


 周囲には彼女がロック鳥を書く音だけが静かに響く。


 私は周囲を警戒するために耳をすまし続けるけれど、確かにネムちゃんの言う通り、魔物が近寄ってくる気配はあまりない。

 たとえ近くに来たとしても、ロック鳥がそちらの方を見るだけで逃げ出していた。


 そこまで見つかる様な心配はないらしい。


 1時間もするころには緊張感も薄れ、なにかないかと周囲を見回していると、クルミさんと視線があった。


「(ネムちゃん。とっても集中してるね)」

「(はい。しかもとても上手です)」

「(ね。あたしも魔法陣は描けるけど、こういうのは流石にできないや)」

「(魔法陣ですか?)」

「(そ、魔法陣。静かな魔法を使う時とか、同時に魔法を使う時とかに使うんだよ)」

「(今描いているのがそうですか?)」


 クルミさんは魔法陣の説明をしながら地面に枝でカリカリと描いていた。


「(うん。これを一個作っておけば、もし魔物が近くに寄ってきても一回ならなんとかなるからさ)」

「(すごいです。流石クルミさん)」

「(あっははー別にすごくなんてないよー。でももっとめてくれてもいいよ?)」


 そんな事を話していると、私の耳に魔物の足音が聞える。


「(流石クルミさんです。本当に魔物が近くに来ましたよ)」

「(え? まじで? どっちの方?)」


 私はクルミさんに示す様に、彼女の後ろを指さした。


 私が石を投げてもいいけど、クルミさんが魔法陣を使うというのであればそれに任せた方がいいだろう。

 近くに落ちている石には限りがあるからだ。


 彼女はそっと音を立てないように後ろを振り返って、魔物を確認したのか魔法陣に手をかざす。

 次の瞬間に魔法陣がほのかに光り、土の塊が飛び出して魔物に当たった。


「ブヒィィン!?」

「ピィィィ?」


 魔物はファングボアだったらしく、当たった土のかたまりに驚いて逃げていく。

 ロック鳥もファングボアの声に警戒はしたものの、こちらに気付くようなことはなかった。


「(良かった……うまくいった)」

「(流石ですクルミさん)」

「(あはは、まぁね。これでも遊んでた訳じゃないからね)」


 私はクルミさんの話を聞きながら、耳に届いた情報を伝える。


「(クルミさん)」

「(なに?)」

「(いい情報と、悪い情報がありますけど、どっちから聞きたいですか?)」

「(……じゃあ……悪い方から)」

「(魔物が近づいています)」

「(いい情報は?)」

「(魔物が近づいています)」

「(それ一緒じゃない⁉)」


 声自体は抑えているけれど、彼女の表情はあわてていた。


 でもきっとクルミさんなら大丈夫だと思う。

 彼女はとってもすごくって、私ができないことをできるし、色々と知っているから。


「(でもでも、また魔法陣で追い払ってくれれば、もっと褒められます!)」

「(ありがとうね……。そこまで言われたら、お姉さんもがんばろうかな)」


 クルミさんは口元だけで笑い、ガリガリと音を立てて魔法陣を描き続ける。


 私は魔物が迫ってきている方向をクルミさんに教える。


「(クルミさん。右です。次は左、あ、斜め左後ろからも)」

「(ちょっと待って? いきなり来すぎじゃない?)」

「(あ、すぐ近くにきてます。あれ? でも離れていってる……なんだろう……なんだか逃げてるみたいですけど……)」

「(逃げてる……?)」


 クルミさんは魔法陣をかなりの速度でガリガリと描き続けて魔法を発動させ続けている。


「グルルルルルルゥゥゥゥ……」

「(あれ? 近寄ってくる魔物が減ってきました)」

「(本当? 良かった……これでなんとかなりそうだね……)」

「あの……お二人さん」

「(どうしたの? ネムちゃん。声はひそめないと)」

「(ですよ。ロック鳥に見つかってしまいます)」

「います」

「?」

「?」

「目の前に……いるのです」


 私はネムちゃんの方を向くと、正面をむいてカチカチと歯を震わせながら上を見上げている。


 釣られて視線を上に向けると、そこにはロック鳥が数mという所まで来ていて、こちらをじっと見つめていた。


「クルミさんの魔法陣を描く音が大きかったのです!」

「ええ⁉ でもそれはしょうがなくない!?」

「クルミさん! 魔法陣で追い払って下さい⁉」

「こんな近くじゃダメだって!」

「ピィィィィィィィィィィ!!!」

「逃げるのですー!!!」


 私達は3人同時にその場を飛び出し、来た道を戻る。


 私は2人が遅れないかを見ながら調整しながら走った。

 ロック鳥は足が速くないらしく、このまま逃げ切れると思ったけれど、問題が起きる。


 クルミさんが遅れだしたのだ。


「あ……もう……無理……。あたし……体力……ないの……」

「クルミさん!」

「ピィィィィィィ!!!」


 ロック鳥は怒っているからか、逃がしてくれる気はないらしい。


 私が助けにいこうとすると、ネムちゃんがクルミさんの前に出る。


「わたしがおとりになるのです! 2人は早く逃げてほしいのです!」

「なんで⁉」

「こんな危険な依頼をしたのは、わたしの責任なのです! だから……ごめんなさいなのです……。ロック鳥も、わたしを食べればきっと……」

「ピィィィィィィ!!!」


 ロック鳥は一番前にいるネムちゃんに狙いを定めて襲い掛かる。


 このままではネムちゃんが危ない。

 クルミさんには戦ってはいけない。

 そう言われていた。


 2人きりの時以外で力を振るってはいけない。

 貴族に目をつけられて、師匠を探すこともきっと困難になるから……と。


 だけど、ネムちゃんがここでケガをしてはいい人じゃない。

 彼女は……このままなら逃げられたのに、クルミさんのために体を張れるとってもすごい人だから!


「ネムちゃん! せい!」


 シュパッ!


 私はダッシュでロック鳥に近づき、意外と柔らかかった首を手刀で叩き落とした。


「ピィィ……?」


 ロック鳥は訳が分からないといった顔をした後に、そのままの顔で崩れ落ちた。


「ふぅ、なんとかなりましたね。でも、クルミさん。ごめんなさい」


 ネムちゃんは守れたけれど、私は約束を破ってしまったクルミさんにたいして頭を下げる。


「え……なんで? 助けてくれたのに」

「だって……2人きりじゃない所で戦ってしまったから……」


 私はネムちゃんに視線を送る。

 彼女が居なければ良かったけれど、クルミさんと人前では決して戦わない。

 そう……決めたはずなのに……。


 ネムちゃんを助けたかった。

 その気持ちに……嘘はない。

 でも、約束を破ってしまった後悔はあった。


「もう……サフィニアは……あたし……ううん。ネムちゃんも助けてくれたっていうのに、そんな……悲しそうな顔しないでよ」


 クルミさんはそう言い、ネムちゃんも疑問を口にする。


「あの……一体……っていうか、さっきの力は……」

「あの……ね。私……その、普通の人よりちょっと強いらしくて、それで戦う姿を見せたらきっと……厄介やっかいごとに巻き込まれるらしくて……だから、隠していたの。ごめんなさい」

「ちょっと……? あ、いえ、それはよくって……わたしが無茶な事をお願いしたせいなのです。この事は墓場まで持っていくのです。なので、気にしないでほしいのです」


 ネムちゃんはとても申し訳なさそうに言っている。

 でも、私はこうも思った。


 彼女と……一緒に旅をできないのかな……と。


 むしろ、この考えが頭に浮かんだのは、彼女がとっても素敵な人だからだ。

 クルミさんのために体を張って、自分自身の考えをしっかりと持っているすごい人。


 そして、一緒にいると楽しい。

 そんな人と……これからも一緒にいられれば……と。


 クルミさんの方を見ると、楽しそうにこちらをみていた。


「クルミさん……?」

「ねぇ、サフィニア」

「はい?」

「君は……どう思う? 君の力を知られてしまったら……貴族とかが放っておくかなぁ。あたしが貴族だったら絶対に雇いたいけどなぁ」


 そんな事を言いながら、楽し気に私とネムちゃんを見ていた。


「うぐぐ……でも、本当に信じてほしいのです。絶対……絶対に言わないのです。お2人のことは神に誓って裏切らないのです!」


 彼女は決意を固めたような顔でそんな事を言っている。


 でも、私はそんな事はいいから、口から言葉がこぼれていた。


「ネムちゃん」

「は、はい」

「これから……一緒に旅をしませんか?」

「ほぇ?」


 彼女からは緊張感の全くない言葉が返ってきた。

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