第四話 遭遇



「うん、絶好の退魔日和ね!」


 電車を乗り継いで、その後にバスで移動すること約二時間。ようやく到着した目的地は某県の個人所有の山であった。


「退魔に絶好の日とかあるのか? いや、確かに晴れの昼間って言うのは、妖魔にとっては嬉しくない条件だけどもな」


 基本的に妖魔や悪霊、怨霊などは夜の、しかも遅い時間になればなるほどその力を増す。こんな真っ昼間で晴天の中では、確かにその力が阻害される。とは言え、それの効果があるのは、およそ低級以下の妖魔などが相手だ。中級以上になれば、昼夜問わず彼らは手強い。


「それでもう一回確認するが、今回の妖魔は」

「うん。あたしの所に報告が来ているのは、下級の雑魚妖魔よ。形状はイノシシ型。夜な夜な山を徘徊して、他の動物や畑や家畜を荒らし回っている相手よ。罠とかを仕掛けても、罠ごと破壊される。檻に閉じ込めたと思ったら、檻を破壊して脱走する。どう考えても普通のイノシシじゃないでしょ?」

「そうだな。明らかに妖魔だ。けど檻を完全に破壊する程の力があるのに、下級扱いなのか?」

「もしかすれば中級かもね。でもあたしなら、仮に中級でも余裕で対処できるから、この依頼が来たのよ」

「それを俺に丸投げするつもりか」

「これも経験だってば。それに危なくなったら助けるし、それまでもフォローはするから」


 朱音は本気で真夜に経験を積ませるつもりだった。真夜一人なら、こんな依頼など来るはずもないし、仮に他の退魔師ならば、真夜みたいな落ちこぼれを連れてきても、経験を積ませるのではなく、荷物持ちのような扱いをするだろう。


 それに万が一失敗すれば真夜だけでなく、それを任せた者にまで責任が及ぶ。いや、任せた本人が一番罪が重い。そのために星守の身内でもさじを投げた真夜を、好き好んで育てようとは思わない。


 しかし朱音はすべての責任は自分が負うと豪語し、真夜が強くなれるように実戦の場を用意している。


 異世界に渡る前も幾度かこういう事はあった。本来は彼女も火野一族から念のための護衛として、誰か一人つけるところを朱音が無理を言い、友人が一緒に来てくれるからと、頑なに拒否し、真夜を同行させていると言う経緯がある。


(真夜は霊力が低いけど、筋は悪くないのよね。だから経験を積めば、霊力が低くても、攻撃系の霊術が使えなくても、付き人とか後衛の術者としてなら活躍できるはず。そこに実績も加えて、お父様とかの口添えもあれば、退魔師としても十分やっていける!)


 朱音は、真夜をいっぱしの退魔師として活動できるよう育成していくために、色々と計画していたのだ。


「だから真夜は心配しなくてもいいから、どんどん積極的に、伸び伸びとバンバンと退魔をすればいいわ!」

「何か頭が悪い言い方だな」


 苦笑する真夜だが、彼女に一切の悪意がないのが分かるだけに無碍にも出来ない。


「で、どうやってその妖魔を探すんだ?」

「足で探すわ!」

「この山の中をか?」

「そうよ? だってあたしは索敵系の術って得意じゃないし。真夜はそもそも使えなかったし。あっ、きちんと出没頻度の多い地点の情報は貰ってるし、地図もあるから! 地道に探しましょう!」


 真夜は朱音の言葉に頬を引き攣らせる。いや、言っていることは間違ってはいないが、効率が悪いのではないか?


(俺も索敵系の術は今でも得意じゃないからな……)


 奥の手を解放すればその限りではないが、現時点での真夜の能力では、高い効果を望めない。


「あとはそうね。出没頻度の高い地点で、霊力を放出して相手を釣るとかおびき寄せるとか? あたしの霊力って、妖魔からすれば美味しいらしいから、おびき寄せるには良いかもしれないわね。相手は夜行性みたいだけど、美味しそうな霊力に誘われれば、昼間でもやってくるでしょ?」

「そうしてくれ。わざわざ歩き回って、体力を消耗するのも馬鹿みたいだからな」


 と言うよりも、夜行性の妖魔を昼に探して見つかるのかと言う疑問もあったが、朱音が釣り出してくれるのならば、問題ないだろう。


(それに下級妖魔相手なら、どの程度で十分なのかも確認しておきたいからな)


 霊符による攻撃は、悪霊などの実体を持たない存在には有効なのは確認できたが、妖気が実体化し、肉体を持った妖魔を相手にどこまで戦えるのかの検証は行いたいとは思っていた。


(そう言う意味では、朱音の誘いは渡りに船だったな。なんやかんやと、こいつならある程度気心は知れてるから、悪いようにはならないだろう。あの力さえ解放しなければ、さして問題になることも無いだろうからな)


 ブツブツと地図を見ながら、どうするか考えている朱音をちらりと見ながら、帰ってきたんだなと改めて実感する。


 異世界での戦いは、最終局面に入ると特に苛烈を極めた。敵味方入り乱れた激しい戦いが繰り返され、最終決戦では死があちこちに溢れていた。


 勇者パーティーの魔王城への乾坤一擲の強襲。そのための大規模陽動作戦。あの戦いで、投入された人類側の総戦力のうち、どれだけが生き残れたのか。


 勇者パーティーの全員が五体満足とは言わずとも、何とか命をつなぎ止め、誰一人として欠けることなく生き残ったのは、奇跡としか言えないだろう。


 それに比べれば、今回の妖魔退治など比べるのもおこがましい、簡単な仕事にしか思えない。


(魔王はこの世界で言えば神級だったけど、最後に邪神を召喚して融合して、その上の上位神クラスになりやがったからな)


 覇級の上のハイエンドクラスである神級。もはや人ではどうすることも出来ない、文字通り神の領域。異世界にいた魔王は最終決戦の時、追い詰められてさらにその上の階梯へと昇ったのだ。


 ただでさえ歴代の勇者が敗れた魔王が、さらに強化された時の絶望は計り知れなかった。それでも何とか倒せたのは、奇跡を起こした勇者の意思の力としか言えない。もちろん、それは真夜を含めた仲間の手助けがあっての事だったが。


(今なら、この世界でも殆どいない超級が来ても、単独でそこそこの戦いが出来るんじゃ無いか? 少なくとも、特級クラスなら、余裕で対処できそうだしな)

「ちょっと! なにぼーっとしてるのよ! さっさと行くわよ!」

「……はいはい。わかったから、そう急がせるなよ」


 髪を揺らしながら、朱音が先導しながら山を進んでいくのを、真夜は遅れないように付いていく。


 と、真夜は山の中で自分達とは違う人間の気配を感じた。


(同業者か? にしても何だ、この気配は? えらく緊張してるっていうか、殺気立ってるっていうか)


 探索系の能力に乏しい真夜だが、山の奥に行くにつれて、次第に強くなっていく気配を敏感に感じ取っていた。


「どうしたの、真夜?」


 朱音も不思議に思ったのか、真夜に問いかけてくる。


「なあ、朱音。この妖魔退治の一件、お前以外に誰か受けた奴はいるか?」

「はぁ? いるわけないじゃない。これはあたしが、火野家から直接受けた依頼よ? 協力者とか応援者の話も聞いてないから、他の相手がいるはずないわよ」

「そうか。じゃあ何か厄介事に巻き込まれるかもな」

「どういう事よ……」


 朱音が疑問符を浮かべていると、即座にその相手がやって来た。


「お前達、ここで何をしている?」


 真夜達に声をかけてきたのは、真夜達と同い年くらいの癖っけのある青髪に眼鏡をかけた少年だった。現在の退魔師の人間が着る、黒い退魔服を身に纏っている。その背後には、数人の同じような服を着た術者と思わしき人物がいた。


「それはこっちの台詞よ。あんたこそここで何してるのよ?」


 朱音は警戒しつつ、相手に問いかける。


「というか誰よ? 見た目的にも霊力の質的にも退魔師みたいだけど? それと先に名乗っておくわ。あたしの名前は火野朱音。火野一族の宗家の娘よ」

「知っている。だから聞いているんだ。ここで何をしているんだと」

「妖魔退治の依頼で来たのよ。ここはうちの依頼主の所有地よ? あんた達こそ、不法侵入じゃないの? て言うか、こっちは名乗ったんだから、そっちも名乗りなさいよ!」


 ビシッと相手を人差し指で指さしながら、朱音は怒りの声を上げた。


「……僕を知らないのか?」


 眼鏡を直しつつ、朱音に不機嫌そうに訪ねる。


「はぁ? 知らないわね」


 朱音の言葉に少年のこめかみが、ピクピクと引き攣っているのが見て取れる。真夜はその光景を見つつ、笑いそうになるのを必死に堪えた。


「何が可笑しい? 星守の落ちこぼれが、僕を笑うなど不愉快だ」


 どうやら我慢していたが見透かされたようだ。


「ん? 悪い悪い。いやまさかこいつが、お前相手にそれを言うのかと思ってな」

「何? 真夜の知り合い?」

「まあ昔ちょっとな。けどな朱音、お前も退魔六家の火野の宗家の一員なんだろ? 同じ六家の跡取りくらい覚えておけよ」

「六家の跡取り? って、どこの家?」

「火野一族とは相性が悪いから、あまり交流が無いから仕方がないのかもしれないが、覚えておいてやれよ。たぶん、一族同士で顔合わせとかはしてるだろ? なあ? 六家が一つ、水の使い手の水波家の次期当主の、水波流樹みずなみ りゅうき


 水波一族。それは有数の水の霊術の使い手の一族である。真夜達の目の前にいるのは、そんな水波一族の当主の息子であり、次期当主候補である水波流樹だった。


「えっ、あいつって水波一族の次期当主なの?」

「いや、マジで知らなかったのか? あいつは割と有名な退魔師だぞ。水波家の天才で、若くして水波家でも五本の指に入る術者だってな」

「……ああ、そうなんだ。ごめんなさい。あたしそういうのって疎くて。それにそう言った集まりって、基本的に宗主の伯父様と従姉妹が参加して、あたしはあんまり行かないのよ」


 目をそらし、朱音はあはははと乾いた笑い声を出す。


「ふん。火野一族もずいぶんと落ちぶれたものだな。こんな奴でも宗家の一員とされているなんて。しかも星守の落ちこぼれと連むとは、退魔師としても程度が知れるな」

「何ですって!?」

「いや、朱音は割と今のは反論できないと思うが」

「真夜まで!? あんたはどっちの味方なのよ!? それに真夜も馬鹿にされてるのよ!?」

「俺は客観的な意見を言ってるだけなんだけどな。あと、俺に関しては事実だから」

「少しは怒りなさいよ!」


 何故か自分のことよりも、真夜が馬鹿にされたことを怒っていそうな気がするのは、真夜の思い違いだろうか。


「ふん。そいつに何を言っても無駄だ。霊力は低い上に、星守一族の秘術である守護霊獣の召喚と契約にも失敗しているんだからな。これを落ちこぼれと言わずに何と言う」


 馬鹿にするように言う流樹。真夜はその言葉に苦笑する。


 星守の秘術。これの習得の失敗が、真夜の評価を完全に決定づけた。


 星守の秘術とは、異界に潜む霊獣あるいは幻獣をこの世界に召喚し、守護霊獣として契約を結ぶ術である。


 これは陰陽師の式神の契約と似ている。彼の安倍晴明は、十二神将(もしくは十二天将)と呼ばれる十二体の式神を有していたとされる。これらはどれもが、凄まじいまでの力を有していたと言われている。


 安倍晴明の死後、十二神将は喪失されたと言われており、彼を凌ぐ式神の使い手は今後も現れないと言われていた。


 だが星守はこの安倍晴明の式神の契約の力を受け継いでいる。そして他の退魔師達が扱う霊術で作る式神や、存在する相手と式神契約を行う物との違いは、契約できる相手の強さに上限が無いことだ。


 一般的な退魔師は自分より格下、あるいは同等か少し上程度の物しか式神に出来ない。


 しかし星守が最強と言われるのは、退魔師としての力や霊力もだが、何よりもこの守護霊獣が契約者たる術者の力量を大きく上回る相手とでも契約を結び、使役することが出来るからだ。


 守護霊獣として契約した霊獣や幻獣は、契約者の呼びかけに応じてこの世界に降臨し、その力を振るう。高位の幻獣であれば、その力は単独で特級に匹敵、あるいは上回る物まで存在する。


 初代の星守の当主は、妖魔の強さで言えば覇級クラスの守護霊獣を有していたとされ、歴代の当主も最低でも特級以上の存在と契約していた。また契約後も守護霊獣は契約者が成長するに連れ、その力も高まり、最初は低いランクでも最上級から特級、特級から超級へと成長した守護霊獣も存在したらしい。


 真夜の父である現当主は、超級の守護霊獣と契約し使役している。


 だが真夜はその契約を行うどころか、召喚すら出来なかった。星守の直系の失敗など、星守の歴史でもあり得ない事であった。


「……でもだからって、真夜を馬鹿にしないで」

「だが事実だ。力の無い者が退魔師を名乗るなどおこがましい。退魔師に必要なのは、生まれ持った才能や高い霊力に基づいた強さだ。それらを何一つ持ち得ない者など、この世界にいても遠からず命を落とすだけだ。なら、早々に引導を渡してやるのが親切と言うものだろ?」

「何ですって!?」

「やめろ、朱音。そいつの言うことは間違ってないだろ」

「真夜! 言われっぱなしでいいの!?」


 朱音は我がことにように、流樹の言葉に怒りを露わにする。


「ふん。僕はお前を退魔師とは認めない。退魔師であるなら、強くなければならない。戦えない退魔師など、何の意味も無い」

「辛辣だな。まあ間違っちゃいないけどな」

「しかもお前は攻撃系の霊術が一切使えない欠陥品だ。そんな奴が僕の目の前をうろちょろするのは虫ずが走る。この山の妖魔は僕達が処理しておいてやる。だから早々に立ち去れ」

「ふざけんじゃないわよ! こっちは正式な依頼を受けてきてるのよ! しかもここは火野家が依頼を受けた依頼者の所有地! 出て行くのはあんた達よ!」


 怒り心頭の朱音はまくし立てるように、早口で文句を口にする。


「この場合は、朱音の方が正論だな。それと流樹。まだ答えてないだろ。ここで何をしているのか」

「……お前達には関係ない」

「関係なくはないだろ。まあどう言った事情かは知らないが、言わないっていうことは、言いたくないか、言えない事かのどっちかだ。つまり内容的には水波一族にとって、あまり面白くない事か、もしくはやばい事案って事だろ?」

「……下手な好奇心を持たないことだ。それとあまり詮索もするな」

「だから、さっきからふざけた事言ってんじゃないわよ! ここじゃああんた達の方が不法侵入者なの! 出るとこ出たら、あたし達の方が勝つわよ! それと正式に火野の方から水波に抗議しても良いのよ?」


 個人同士ならいざ知れず、家を巻き込んでの大事になれば、水波にとってはあまり良くない展開になるだろう。


 流樹の方も苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「流樹様……」

「この場は下がるぞ。僕らにはここで油を売っている時間は無い」

「はっ」


 とは言え、この山を離れるわけではない。あくまで二人から離れるだけである。


「この場は僕らが引く」

「ちょっと待ちなさいよ! 事情ぐらい説明してから行きなさいよ!」

「その必要は無い。お前達に教えることなど何も……っ!?」


 不意に流樹が顔を山の頂上の方へを顔を向けた。


 釣られるように、少し遅れて他の術者や真夜も同じ方を見る。


「えっ? どうしたの? っ!?」


 朱音だけはついて行けていないようで、当たりをキョロキョロするが、すぐに彼女も気がついた。山頂付近から、こっちへ何かが近づいてくるのを。


 グルルゥゥゥゥゥゥゥ!!!


 突如、獣の叫び声が山に木霊した。木々を揺らし、大気を震わせる何物かの声。


「奴だ! 全員構えろ!」


 流樹が叫ぶと同時に、他の水波の術者が構えを取る。木々をなぎ倒し、それは真っ直ぐこっちへやって来た。


「お、鬼っ!?」


 それは三メートル近い巨大な人型の存在だった。凶悪な面構え。鋼のような赤い隆々の筋肉のついた身体と下半身を隠す虎柄のパンツ。口からはみ出して見える鋭く尖った歯。恐ろしい形相の顔。頭部には二本の角が生えた存在。


 鬼と呼ばれる妖魔である。


「くっ! 僕らの存在に気がついて、逆にここに来たのか!」

「グルァァァッァァッッッッ!」


 威嚇するように、耳をつんざかんばかりの鬼の咆吼が周囲に響き渡る。


(なるほど。水波の目的はあの鬼か。おおかた、水波が管轄してるか封印していた鬼が逃げ出したって所か? それであいつはこの鬼を追ってきたと。けどあの鬼の強さは最上級クラスでも上位クラスじゃねえか? 流樹がいくら若手で優秀な退魔師とは言え、あのお付き達と協力しても、あの鬼を倒すのは難しくないか?)


 真夜の見立てでは、流樹は確かに強いだろう。水波でも五指に入る強さなのは間違いない。しかし目の前の相手は、そんなレベルを遙かに超えている。


 おそらく流樹が単独で対応できるのは上級まで。最上級でも下位程度ならば何とかなるだろうが、あの鬼は明らかにそんな彼の対処能力を超えている。


「馬鹿な! 赤面鬼は上級の中位程度の力だったはずだ! なのに、この短期間で最上級クラスに成長したというのか!?」


 妖魔が成長する要素はいくつかある。


 一つは同類の妖魔や人間を喰らうことである。人間と言う存在は、妖魔にとっては栄養価の高い餌である。他の生物を十体喰らうより、人間を一人喰らう方が遙かに栄養価が高い。


 またその中でも霊力の高い人間は、並の人間数人から数十人にも匹敵する。高位の退魔師などであれば、その栄養価は並の人間百人以上とも言える。


 人間を多く食えば食うほど、妖魔はその力を増す。同類の妖魔の場合、格上を喰らえば、その力は一気に増すが、妖魔同士がこの世界で遭遇する確率はあまり高くなく、数も多くないために効率は悪い。


 二つ目は妖魔の力の源である妖気のたまり場に長く留まり、その妖気を大量に吸収する。だがこれにはリスクも存在し、耐えきれず自壊してしまう妖魔もいる。


 だがいずれも、短期間での急成長は望めない。まだ可能性が高いのは、高位の退魔師を複数喰らうことだが、もしそんな事になれば、退魔師業界では大騒ぎになる。


 それに流樹の様子からして、この急成長は予想外のようだ。


「流樹様! お逃げください!」

「馬鹿を言うな! こいつをここで放置する事など出来ない! 何としてもここで討伐する!」

「グオォォッッッ!」

「水刃!」


 流樹が右手を振るうと、そこから水の刃が放たれる。ウォーターカッターのように、触れる物を鋭く切り裂く水の刃。中級程度ならば簡単に両断できる程の威力。


 しかし赤面鬼と呼ばれた存在は、その攻撃を真っ正面から受け止め無効化した。


「なっ!?」

「流樹様! お前達! 結界を張り、流樹様を援護しろ!」


 同じように他の水波の術者も周囲に鬼を逃がさないためと、ここでの戦いの余波が外に影響を与えないように結界を張った後、鬼へと水の弾丸や槍などを放つが、その悉くが強靱な鬼の肉体に阻まれる。鬼の肉体が強靱なだけでは無い。その身体を纏う妖気が威力を殺しているのだ。


「舐めるなよ! 来たれ! 水王鞭すいおうべん!」


 流樹が叫ぶと、彼の右手に霊力が収束していく。そこには水色の水で出来たかのような鞭が出現した。


 退魔六家が何故、ここまで有名なのか。それは霊力の強さや長い歴史だけではない。それは星守のように、六家にのみ与えられた秘術が存在するからだ。


 それは一族の象徴たる属性の霊力を物質化する能力である。無論、誰も彼もが為し得る物ではない。霊力がある一定以上あること。それを扱う才能があること。


 この二つが最低限に揃わなければ作り出すことは出来ず、その二つを有していても、具現化出来なかった者は多い。名を霊器(れいき)と言い、それぞれの属性により炎霊器、水霊器などと呼称される。


 さらに平均具現化年齢は、おおよそ二十代半ば。それを流樹は十五歳で具現化した。


「僕の水霊器を受けろ!」


 鞭が振るわれる。音速を超える鞭が連続で鬼の身体を叩きつける。


「ガァァァァッ!?」

「はぁぁぁぁぁっ!」


 一定の距離を置いて戦う流樹と、鞭に叩きつけられ動けない赤面鬼。


 その趨勢を、真夜達はただ見守るのだった。

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