第24話 今まで一度も


「体育祭の実行委員、クラス役員は東雲くんがいいと思います」



 そう。二学期となり、10月の中頃に予定されている中学校での体育祭。

 生徒会とクラス委員が実行委員を務め、その補佐として全学年各クラスから男女一人ずつ、役員として選ばれることになっている。

 もちろん前世でそんな役員に選ばれるようなことは一度もなかった俺。


 そして俺を推薦しているのは、クラス委員である総司だった。


 え?なんで?部活の副キャプテンもお前が推したよな?なんで?


「女子の役員、立候補する人はいますか?」


 俺の思惑を無視し、しれっと話を進められている。どうやらすでに、男子は俺で決定してるっぽい。

 いや、俺は「やります」とか一言も言ってないよ?おかしくない?


「姫宮さんがいいと思います」


 変に気を利かせたクラスメイトの誰かが、涼花を推薦したようだ。

 すると他のクラスメイト達も、「男子が東雲なら女子は姫宮だろ」という雰囲気に。

 涼花も「もう…」と恥ずかしそうにしてるけど、乗り気なのは見て取れる。


 え…もう話が決まってるじゃん…


「では二人にお願いします。これで放課後のホームルームは終わります」


 当たり前のようにホームルームはこのまま終わり、解散となる。



 まじか…




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 確かに何も言わなかった、言えなかった俺も悪いとは思う。

 でもどうしても気になった。


「なあ。どうして俺を推薦したんだ?」

「え?ああ。誰もやらなさそうだったし、お前はあの場でたぶん嫌だって言えないだろうって思ったし、どうせ一緒にやるなら仲良い奴と一緒の方が楽しいじゃん」


 まあ、その気持ちは分かる。


 総司がどう感じているかは置いといて、委員とか役員は基本、みんな嫌がるものだ。

 それをこの男は、昔から何も文句を言わず引き受けてくれてる。

 それなら幼馴染みの親友として、助けてやる、っていうのは烏滸がましいけど、一緒にやるのもいいだろう。


「そうだな。いつも悪いな」

「え?何が?」

「昔からお前はこういうの引き受けてくれてたもんな。たまには手伝うよ」

「ありがとな」


 そう言ってニコッ、と笑う総司は眩しく見える。そして、


「でもお前を推した一番の理由は、お前の事信頼してるからだぞ。それは本当だからな」


 少しふざけた風に話してたかと思えば、急に真面目な顔で、俺の目を見ながら言う総司に、俺はなんとか「分かった…」と答えるのが精一杯だった。



 俺、男でよかった…

 これ、女子だったら即堕ちるわ…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 翌日の放課後、各クラスの委員や役員など、一度全員集まって話し合いというか、顔合わせ的なことをやることになった。


 人数もまあまあいるので体育館に集合。

 さっと顔ぶれを見ると、何人か見知った顔があるものの、こういう場に慣れていない俺は、少し緊張してしまう。

 この中で、唯一俺が親しいと感じられたのは、小学校の頃友達だった、生徒会長の藤本さんだけ。

「だった」というのは、特に深い意味はなくて、中学に入ってからクラスも別だったし、何より彼女は、ずっと成績が学年一位の才女で、しかも容姿も優れていたこともあり、男子の中では高嶺の花的な存在だった。


 まあ、今で言うカースト最上位の女子だ。


「あ、神代くんに東雲くん、涼花ちゃんも久しぶりだね」

「藤本さん、久しぶり。ここだと会長って呼んだ方がいい?」

「えー、やめてよ。なんかやだよ」

「あは。ところで今日は何の話するの?」

「うん、えっとね、だいたいは顔合わせだけで、後は適当に配置決めて終わりかな。今日は特に仕事って言うような仕事もないから、安心して」

「そっか。それは良かった」

「あ、そういえば、二人は付き合ってるんだよね?どう?涼花ちゃん、東雲くん優しくしてくれる?」

「へっ!?いや、普通…」


 照れる涼花を見ながら「あはは♪」と笑う彼女も、高嶺の花扱いされてても普通の女の子。昔からよく知る彼女は変わらなかった。





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 体育祭と言っても所詮は中学。小学校の運動会の規模が少し大きくなった程度で、藤本さんが言ってたように、仕事らしい仕事もない。

 もちろん何もないわけじゃなくて、テントの設営や入退場門の設置、あとはクラス毎の種目別の選手登録を報告するくらい。


 うん、高校のに比べれば楽なもんだ。




「面倒なことにならなくてよかったな」なんて思いながら、久々に会って話し込んでる涼花と藤本さんと別れ、総司と二人で帰る。


「とりあえず仕事も楽そうで安心した」

「だろ?ま、あまりにもだったら初めからお前のこと推薦してないし」

「え?そうなの?」

「だってそういうの、お前苦手だろ?」


 本当によく分かってるな、こいつ。




 その後、普通に世間話しながら教室へと戻り、涼花の帰りを待つ。

 そこで俺はそれとなく、この前のお祭りの時のこともあるし、聞いてみることにした。


「そういえば、林とは仲いいのか?」

「ん?林?急にどうした?」

「いや、この前一緒にお祭り行くって時も、あいつが来るの、すぐOKしてたし」

「そうだなぁ…まあ、普通かな」

「部活の時も、遅れてきたり休んだりしてても、特に責める感じもないし」

「だってあいつ、言っても聞かないじゃん」

「え?」

「見てりゃ分かるだろ?」

「あ、まあ、うん」

「あいつはそういう男だよ」


 うん。どうやら俺が思ってた以上に、総司も林の事を、あまり良くは思ってなかったようだ。

 それでも他の連中と同じように接することのできるこいつは、やっぱり凄いと思った。



 そしてこの流れで、瑠美や西野のことも聞いてみた。


「部活は男子と女子で基本別だからよくは分からないけど、でも西野って、明るくて元気で、いい子だよな」


「あんな妹がいたらなぁ」なんて言いながら西野の事を話す総司は、本当にお兄さん目線で見ていた様子。なるほど…


 西野、やっぱりそういうことらしいぞ…


「じゃあ、橘さんは?」

「うん?ああ、あの子もいい子だよな」

「大人しそうだけど、可愛い子だと思うぞ」

「あはは、そうだな、俺もそう思う」


 笑顔で話す総司が、本心からそう言っているのは分かる。それを見て、俺も「とりあえずよかったな」なんて安心しかけていると、


「でも、お祭りに林も一緒に行くことにしたのは、間違いだったな」



 天井の蛍光灯を見ながらそう言った総司は、少しだけ目に怒気を孕ませている。

 それは、俺が今まで一度も見た事のない顔だった。





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