第9話 あれはただの


 翌日、一人で廊下を歩いていると、


「あ!あの…東雲先輩…!」


 声のした方に振り向くと、どこかで見た記憶のある女の子と、そしてその隣には瑠美がいた。


(どうして瑠美が…?)


「先輩!テスト結果の掲示見ましたよ!」


 そう言ってニコニコと笑顔で、元気そうな女の子。どうやらこの子が俺のことを呼んだらしい。でも、ごめん…誰だっけ?


「あ、ああ…うん、たまたまだよ…」

「あ、私、女バスの1年の西野です」


 女バスの新入部員か。どうりでどっかで見たことあると思ったんだよな。


「うん、西野さん」

「先輩?私のこと知らないって顔してます」

「え!?い、いや…そんなことないって」


 俺の考えは西野さんには筒抜けだったらしく、「もう!」と言って、ジト目で見てくるのが普通に可愛い。


 この時代に帰ってきて二ヶ月近く経つわけだけど、俺の記憶にない、若い女の子と接するのは少し緊張してしまう。

 若い子とか言ってる時点で、俺の中のおじさんが抜け切っていない証拠だろう。


 もちろんこの子も、前世の時もバスケ部だったんだろうけど、俺の記憶の中にはいなかった。

 そりゃ、中学時代の同じ部活の女子の部員、しかも同級生じゃない女の子のことなんて、覚えてるわけがない。


「まあ、女子と男子とじゃ練習も別々ですし、入ったばかりの1年生部員の名前まで覚えてなくても仕方ありません。でも、これで覚えて下さいよ?」

「ごめん。分かったよ、西野さん」

「あ、西野でいいです、先輩」

「分かった、西野」

「はい!」


 なぜかドヤ顔で胸を張る西野。

 いちいち若い子は可愛いな…なんて思ってしまうけど、今は俺も中学生なんだ。いい加減に慣れないと。



「あ、この子は同じクラスの子で、橘さんっていうんですよ」

「あ、あの、こんにちは…」


 緊張しながらぺこりとお辞儀をする瑠美。


(これ…あの時と一緒だな…)


 彼女とバイト先で初めて会った時も、同じような感じだったなって思うと、つい自然と笑みがこぼれてしまう。


「橘さん?前に部活の勧誘で一度話したことあったよね?」

「え?そうなの?」

「はい…その時、確か東雲って名乗られたな、って覚えてて、それで西野さんが、この9位の人バスケ部の先輩だよ、って教えてくれて、それで…」

「先輩って頭良かったんですね。今度勉強教えて下さいよ」

「だから、今回はたまたまだよ」


 あまり褒めてもらっても、逆に心苦しくなってしまう。これからはもうちょっと真面目に勉強しよう、と改めて思う。


「でも、たまたまでもあんな順位、なかなか取れないですよ。いいじゃないですか、少しくらい教えてくれても」

「あ、うん、時間が合えばいいよ」

「やった!」

「…えっと、それで橘さんは…?」


 西野はともかく、どうして瑠美が一緒にいるんだ?もちろん、俺にとっては願ってもないチャンスであるのは間違いない。


「先輩!」

「はい?」

「先輩、今度、神代先輩も一緒に、4人でやりましょうよ」

「え?なんで?」


 ついそのまま口に出ちゃったけど、どうしてここで総司の名前が出て来るんだよ。


「それは…その…ねえ?橘さん…」

「え…ああ、うん…うん、そう、そうね」


 あからさまに同様する西野と、それに合わせて一緒にキョドってる瑠美。


「どうして総司も一緒なんだ?って思っただけ。あと、それも本人に聞いてみないと、行くかどうか分かんないけどな」

「そ、それはほら!先輩、彼女さんいるじゃないですか」

「いや、いないし」

「え…姫宮先輩…彼女…ですよね?」

「いや、違うぞ」


 なんでそうなるんだよ。


「だっていつも一緒にいるし、部活の後も仲良く一緒に帰ってるじゃないですか!」

「いや…それは…」


 ま、まあ…そうかもしれないけど…!


「あれはただの幼馴染だぞ?」

「えぇ…とか言ってる時点で説得力ないです。そうだよね?橘さん」

「そうだね」


 くっ…!

 こいつ…わざとか?わざとなのか?


「だから、先輩も私達女子二人と一緒に勉強会なんかしたら、誤解されちゃうでしょ?」

「誤解って…」

「ほら!だから神代先輩も一緒にいた方がいいな、って思ったんですよ」


 西野は「うんうん」と一人満足気にしてるけど、どうにも腑に落ちない。


「話してはみるけど、あんまり期待はするなよ?あと、本当に姫宮は彼女じゃないからな。そっちこそ誤解するなよ?」

「はい!ありがとうございます!」


 やれやれ…なんなんだよ、こいつ…

 しかも「じゃあいつにします?」とか言ってノリノリだし、おまけに距離も近いって。



「分かったから、ちょっと離れろ」

「そうよ…離れなさい?」

「「「え?」」」


 後ろから聞こえる低い声に悪寒が走る。



 恐る恐る振り返ると、


「ふふ…楽しそうね…」



 そこにいたのは、見たことないほど冷たい目をした幼馴染だった。





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