第45話

「な!」


 盗賊は自身の胸当てを見て驚きの声を上げる。

 鎧が綺麗に斬れているのだ。

 しかし斬れているだけでその奥には、ロクなダメージを与えていないだろうが盗賊に与える精神的負荷は大きいだろう……


「『黑嵐こくらん』と大層名前を付けてはいるが実際のところ、俺の剣速に剣に込めただけの魔力では付いていけず零れているだけに過ぎん。技と名乗っているものの実の所気を抜いてしまっただけなのだ」


「杯同士をぶつけあうと酒が零れるように、その剣には限界まで魔力が込められているとでもいうのか! そして零れる酒の量が一定ではないように零れ落ちるように、『飛刃ひじん』擬きの威力もまた一定ではないとでも言うつもりかァ!」


「その通りだ」


 切っ先がぶるぶると震えている。

 大男は生まれたての小鹿のようにぶるぶると震える。

 泣いているのではなく、恐怖しているのだ。


 誰に? 

 悪役貴族として相応しい絶対的な実力を持つこの俺に……


 震える躰を誤魔化すために下唇と噛み締める。

 それでもまだ震えは止まらない。

 剣を握る手を片手から両手に変え上段に構え絶叫しながら突撃してくる。

 その絶叫は、自らを鼓舞する戦歌や喊声、鬨であって俺や周囲を威嚇するものではない。

 絶叫を上げ涙に目を潤ませながらもその姿は滑稽ではなく、覚悟を決めた戦士のものだった。


「あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁ!!」


 絶対に勝てないと知りながらも挑む行為を多くの人は、勇気と呼ぶけれど俺からすれば蛮勇に過ぎない。

 なんの勝機もないのに挑むのは勇気でも何でもない。一縷の望みに掛けたり、他人に理解されなくても自分が出来る可能性があると思って行う行為を勇気と呼ぶのだ。

 しかし、そのどちらも彼から感じる事は無い。

 死に場所を探している軍人や侍と言った感じだ。


 袈裟斬りを受け即座に往なすと空いた腹に蹴りを叩き込む。


「――――がッ!」


 鳩尾に綺麗に入った御蔭で相手は膝から崩れ落ち嘔吐する。


 相手にとっては渾身の袈裟斬りだろうけど、正直に言って見るに堪えない一撃だった。

 ただでさえ精神を消耗しているのに、恐怖で体中の筋肉が強張ってしまっていて動きが悪いのだ。

 肉体を使う武芸は全て全身運動だ。どこか一つ、何か一つ悪いだけで技のキレも威力も本来のものと変わってしまうそう言うシビアなものなのだ。


 大男はギロリと俺を睨み付ける。


「何でだよ! 何でなんだよ! 幾ら大聖印を持つ大貴族とは言え十歳児に負けるなんて! リーチも、パワーも! 経験も!! 俺の方が上のハズなのに……どうして……」


 確かに素の身体能力と戦闘経験は盗賊の方が遥かに上だろう。

 しかし、技術と魔力は俺に軍配が上がる。

 身体能力など幾ら高めたところでそれを活かす腕が無ければ諸刃の剣でしかない。

 そして魔力は使い方次第で身体能力を何倍にも高めてくれる。


「魔力は量があればいいだけで、所詮は使い方が主だそして魔力をで肉体を効率よく強化するためには筋肉を鍛えるのが理にかなっている……ただそれだけの事だ」


 そう言って手近な木に拳を叩き付けへし折って見せる。


「同感だ……俺の命も使い用ってことだ!」


 爆発的な魔力の高まりを感じ、盗賊の身体の節々から閃光が漏れる。

 訊いたことがある。魔力を持つ騎士や魔法使いの奥の手で術者の死と引き換えに周囲を焼き払う禁忌の術……


「―――自爆魔法かッ!」


 止めるには相手の命を絶つか、防御魔法で多い被害を弱めるだけ……

 俺の躰は思考するよりも素早く動いていた。

 魔力制御による身体強化を見せるために距離を開けていた。

 俺は脚に魔力を流し身体能力を強化すると、盗賊にの後方へ飛び掛かるように回り込むと鋭い後ろ回し蹴りを放っつ。


「キィィイイイク!」


 可視化出来る程に濃密な魔力の本流を漏れ出させながらも、正しい筋肉の使い方そして正しい技術と力加減で蹴りを放つ事によりその威力は莫大なものとなる。


 まるでトラックに跳ね飛ばされた歩行者のようになりながら弧を描いて森の中へ飛んでいく。


 刹那。

 轟音と熱、そして爆風を伴いながら盗賊は爆発四散した。

 

「ふう。何とか間に合ったな……」

 



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『あとがき』


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新作のタイトル

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