第48話謁見

 家に帰って床に就きたいのは山々なのだが、そうは問屋が卸さない。

 陞爵や徐爵……特に戦争で名を上げた者は宮中の人々にとっては色々な意味で恰好の話題なのだ。

 当然、宮殿内の大広間でパーティー催される。

 そもそもなぜシュルケン達が早朝と言ってよい時間に登城したのかと言えば、午後から催されるパーティーの為である。

 未成年も参加するパーティーだが、大人は酒を片手に持っている。

 目で見て美しい料理の数々が並べられているものの、この世界の食事は平均してあまり美味しくないので果物でも食っていた方がマシだと思う。


 日々、様々な利権で鎬を削る貴族が一同に会するパーティーは華やかではあるものの、和やかさなどは微塵もなくある種の緊張感を感じる程にピリ付いている。


 パーティーの添え物として壁に背を預け、グラス片手に時間を潰していたいのだがそうはいかない。

 なぜなら俺は公爵家の直系男子、それも長男でさらに十歳の若さにして準男爵位を賜った独立した家の当主でもあるからだ。

 パーティーのドレスコードの関係上、十歳祭のものは使えず徹夜で針子に縫わせる事になってしまった。

 しかし、突貫仕事のためサイズが少し合っていなかった。

 窮屈さに負けて肩を回す。

 すると、使用人によって整えられた髪が靡き試作品の香水がふわりと香る。


「やはり、サイズが合わなかったようだな……」


 父上は予想通りだとでも言いたげな視線を向ける。


「仕方がない事ですよ。突貫仕事ですから……」


 まさか、都に到着して直ぐ宮殿から使者が来るのは想定外だった。

 準備する時間も数日しかなかった。

 父上に気を使わせて申し訳ないぐらいだ。


「シュルケン、これで貴方はベーゼヴィヒト公爵の継承権を持ちながらも独立した準男爵家の当主になったわ。本来なら陛下の子供でも出席する事が出来ない場に出席することが出来る……貴方の一挙手一投足がより意味を持つようになったわ、今まで以上に注意なさい」


 ベーゼヴィヒト公爵代行の妻としての言葉はとても重く感じる。


「はい。母上……」


「公式の場では、シュルケンあなたの事をベーゼヴィヒト『準男爵』と呼びます。私の事も母上ではなく立場で呼びなさい」


「判りました……」


「まさか、陛下から『準男爵』位を賜れるとはなぁ……それだけ此度の戦争に本腰を入れるという決意表明だろうか? しかし、公式の場で息子の事をベーゼヴィヒト準男爵と呼ばねば成らなくなるとは……」


 父上は少し悲しそうな表情を浮かべる。

 しかし、父上は『騎士』しか正式な爵位を持っていない。

 ベーゼヴィヒト『騎士爵』夫人でいいのだろうか? それともベーゼヴィヒト公爵『代行』夫人が正しいのだろうか? あとでこっそりと父上の秘書に訊いてみよう。


 このパーティーの参加者は宮廷貴族と領主貴族そのなかでも、当主と夫人と数名と大体一家族程度である。

 当主が何らかの事情で来れない場合は、代役を送るか欠席の旨を手紙で出すのが慣例だ。

 当家で言えば当主であるお爺様の代わりが父上と母上、そして御婆様となる。


「先ずは陛下に、ご挨拶と当主欠席の非礼をお詫び、それからシュルケンの徐爵のお礼をするわ」


 公爵家の挨拶の順は血の濃さと持ち回りで決まっている。

 公式には同格とされているため揉め事を避けるために決まったしきたりだ。


 陛下はパーティーであるものの椅子に座っている。

 普段お目見え出来ない下級貴族も会える数少ない機会だ。陛下の覚えめでたくなりたい貴族は五万といるからだ。

 少しでも疲れたくないのだろう。

 隣の席には妃が座している。

 間近で拝謁してもやはり王族の容姿は整っている。


「此度は、ベーゼヴィヒト公爵家当主の欠席をお詫びするとともに当家長子シュルケンに爵位を下さった事、厚く御礼申し上げます」


 代表して父がお礼の言葉を奏上する。


「『万魔公パンデモニウム』含めベーゼヴィヒト公爵の寄り子貴族をとやかく言うつもりはない。執務で忙しく都に来れないのは余も判っているつもりだがシャッテン。貴殿の事を『不心得者だ』『陛下への反逆を企てている』などと喚く鼠も多い……」


 陛下の言葉で思わず周囲をキョロキョロと見回す。

 すると明らかに挙動不審になる傍仕えが何人かいる。

 陛下の隠さない言葉に驚いているのか、自分の言った悪口を本人に言われて気まずいのかは俺には、判らないが陛下のお言葉は本当なのだろう。


「……一重にそれは此度の戦争のせいだ。不安感が国を、貴族を、民の心を疲弊させ心のない言葉を発するのだ。貴殿らと入れ替わりで軍を派遣した。来年にはこの戦は終わるだろう」


「陛下……!」


「泣く出ない。昔からシャッテンは泣き虫だからな……」


 親戚と言う事もあって、陛下と父上は仲がとてもいいようだ。


「……国としての対応が遅れて済まぬ……公爵家には負担をかけた」


「……くっ!」


 父上はグッと口を固く結ぶも、涙を堪えるには至らない……まるで堤が決壊するように涙がどっと溢れ出しポタポタと落ち、敷物を濡らす。


「……も゛っだい゛なぎおごどばでござい゛まず」


 泣き崩れる父に代わり、祖母が陛下に感謝の言葉を伝える。


「陛下夫は十歳祭に出る事は叶いませぬでしょうが、私からもお礼を申させて頂きます……」


「叔母上にそう言われては何も言えぬな……」


 と、祖母の言葉に陛下が答えると公爵家の挨拶は終わり、パーティー会場の方に戻ることになる。



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