第三十八話 産まれた日

結局、謎の少女については何もわからずじまいだ、という報告が、雪穂の元には届いた。

双葉は色々と話し合った結果、親戚の家へと預けられることになったという。

両親を失ったという彼女の心の傷は、簡単に癒せるものではないだろう。

だが、それでも彼女のことをよく知る人間であれば、少しでも彼女のことを癒すことは出来るはずだ。

それはきっと、雪穂の役割ではないし、一華の役割でもない。

どこかぽっかりと心に穴が開いたような気分になった彼女は、そのまま終業式の日を迎えていた。


「雪穂~~~成績大丈夫だった?期末もえらい点数落ちてたみたいだけど」

「何とか大丈夫。この調子なら2年生にはなれそ」

「…私だけ2年生になっても、先輩って呼ばなくていいからね」

「誰が呼ぶか。というか留年なんて絶対するか」

「あはは、その調子ならきっと大丈夫だ」

通知表の結果は、良くもなく悪くもなく。

テストの結果を聞いた母は大いに不安そうな様子を見せていたが、それでも思いの外成績は悪くなかった。

普段の授業態度などが評価されたのだろうかと、雪穂は考えた。

と言っても、たまに居眠りをしそうなことはあるのだが。


「にしてももうすぐ今年も終わりかぁー、なんか1年あっという間だね。なんか昔より1年短くなった気がしない?」

「それ、お母さんがよく言ってるやつ」

「あっはは!なんか今の自分でもババ臭って思ってたもん!!」

「いきなり笑い出すなって、風子の笑いのツボ謎だから怖いんだって」

「え~?でも笑ってた方が楽しいよ~~?」

なんてよくわからないことを語りながら、通知表を片手に談笑をする。

「あ、もうすぐ先生来るよ早く座っといて」

「はいはーい」


冬休みの注意事項、プリントの配布などが終わって、終業式はそのまま終わる。

式、なんて仰々しい名前がついていたとしても、それは結局大したものじゃなく、むしろ早く学校から帰れる日だ、くらいの認識しか、雪穂にはなかった。

何せ彼女には、そんな「終業式」よりも大事なことが、あったのだから。

「そういやさ、雪穂って誕生日いつだっけ?なんか年末とは聞いたけど」

「28日。しばらく会えないからさ、今のうちに祝っといてくんない?」

「どうせ当日メッセ送んのにー。まあいいや、6日だけフライングするけど誕生日おめでと」

「ん、ありがとー」

緩い返事を帰すも、その顔は確かに笑顔だった。


雪穂の誕生日は、ほぼ年末に近い12月の28日だ。

あと数日遅く生まれていれば、きっと年末年始の祝い事と誕生日が重なって、自分の誕生日祝いなんて一緒くたにされていただろうし、3日か4日ずれていれば、それはクリスマスなどというどこかの宗教の祝い事と一緒になっていた。

雪穂はこの28日という絶妙に何とも被らない日付が、何だか決まっていた。

中途半端なようでいて、何かと被ることもない日。

どうせ祝い事と誕生日が被っていたって、せいぜい話のネタにする程度であるし、そんなことを話のネタにしても、聞いてくれるのは風子くらいだろう。


風子と一度別れた後、雪穂の脳裏には改めてあの少女の顔が浮かんでいた。

早川双葉。悪魔によって両親を失い、孤独の淵に立たされていた少女だ。

彼女と交流があったのはせいぜい数日。そう、たった数日の出来事なのだ。

しかしその数日の出来事が、雪穂の中には強烈に焼き付いていた。

何より、彼女が突如悪魔憑きのように暴れ出したこと。

その後は何もなく彼女は正常に過ごしているらしいこと。

何もかもが謎なまま、一つの出来事が収束し、よくある出来事の一つとして、終わろうとしているのだ。


「…雪穂~~~?」

「ってなんだ風子か。どしたの?」

「えらい考え込んでたみたいだからさ。なんか最近お悩み?」

「んー、まあ。でも、風子に相談しても多分どうにもなんないと思う」

「信頼されてないな~?でもま、雪穂には雪穂の事情があんだし?また悩み晴れたらもう大丈夫だよー、ってだけでもいいからさ」

「うん、じゃあそれくらいは言うことにする」

悪魔や悪魔憑き、そういったものに触れている時間だけは、まるで自分が風子とは別の世界の住人になったような気分に、雪穂はすっかりなってしまっていた。


こんなことは風子には相談できない。

これ以上風子の優しさに負けてしまうことは、雪穂には出来ないことなのだ。

まだ、胸の中につかえのようなものが残る。

果たして、こんな気持ちの中で新年を迎えていいものかと、雪穂は内心頭を抱える。

「ほんっと、どうしようかな……」

そのまま、彼女はゆっくりと学校を出て、帰路へとつくことになった。


最寄り駅の中、電車から降りた時に、雪穂は見覚えのある顔をそこに見た。

「……雪穂、お姉ちゃん?」

その名前を呼んできたのは、数日前に別れたはずの少女の姿。そんな彼女は、どこか近い面影を持つ中年の女性と共に、駅の中を歩いていた。

「双葉ちゃん…マジ?というかここ最寄り駅だったの?」

「ううん、ちょっとお買い物に来ただけ」

「あら、知り合い?」

「うん、ちょっとこの人に、引き取ってもらってたことがあるの」

「うん。まあ、そんなところ」


「あらあら、うちの双葉がお世話になりまして。あの子まだ、うちに慣れていないみたいでして。引っ込み思案な子ですから、少し大変だったでしょう」

「ですねー。でも、すごいいい子ですよ」

「あの子とどんな遊びをしてました?」

「一緒にお買い物とか行きましたよ。でも、色々てんやわんやしちゃってそれどころじゃなかったですねー」

上手く悪魔やどうというような事情を話すのを避けながら、雪穂は女性…双葉の母親代わりになってくれた女性と、双葉について話をしていた。


「…双葉から漫画の話をよく聞くんですけれど、私なかなか漫画は読まないものですから…あなたなら知っているかしら?」

「いやあたしもそんなに読まないんで、力になれないですね‥」

「それは残念。学校の友達ならわかるかしら…」

「かもしれないですね」

「そういえば、実はあなたについては少しだけ双葉から話を聞いていたんですよ。とても楽しそうに話をしてくれます。少し妬いてしまうくらい」

「…あはは。ほんとそれは良かったです」


「雪穂お姉ちゃん、さようなら」

「うん。さよなら、また会った時はよろしくね」

去っていく双葉の姿を見送りながら、雪穂はどこか胸の中のつかえがとれたような気分で、そっと胸を撫で下ろす。

ああ、きっとこれで良かったのだ。と。


しかし物語は、まだエピローグには程遠い。

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銀の月が見える夜 八十浦カイリ @kairi_yasoura

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