第三十七話 1%くらいの期待

「…なるほど。報告はしっかり受け取りました」

「……僕がいない間にそんなことになってたんだね。八坂さんは無事だった?」

「うん。無事に帰して来たよ。…雄介も不安だったよね」

「不安だったさ。でも、今は一華と八坂さんが無事だったっていう安心の方が大きいくらいだ」

二人の報告を受け取った黒崎は、珍しくうっすらと浮かべた笑みを正し、真顔で一華と雄介に向き直った。

「それにしても随分と厄介なことになりましたね。本物の悪魔と名乗る人物が八坂雪穂さんに接触した、これは本当なんですね?」

「本当。アタシも全然信じられないんですけどね」


本物の悪魔。黒崎ですら、遭遇しているか怪しいほどの存在。

「私ですらまだ悪魔憑きしか見たことがありませんよ。…もっとも、"本物の悪魔"というの自体は…弥一郎……旧友から存在は伝え聞いていますがね」

「黒崎さん友達とかいたんですね…」

「失礼ですねぇいますよ私にも。もっとも、もう亡くなっていますがね。本物の悪魔が持つ力は、より人間に対して強く干渉するものだそうです。それによって、早川双葉さんがどうにかなってしまった可能性は、考えなくてはいけませんね」

「…でもあの女の子は、何もしていない。って言ってましたし…」

「たとえそうだとしても、敵の言葉を信じてはいけません。勿論全てが嘘とも言いきれないので警戒は続けるべきですが……」


「それにしても、年末だというのに随分と忙しいことだな」

「あ、尊くんいたんだ。むしろ僕は年末の方が忙しいよ。こっちじゃなくてバイトの話だけどね」

「雄介、いっつも大変だもんね」

「…大学生は年末だと忙しくなるのか?」

「雄介だけだよ。雄介、いわゆる苦学生だって言ってたじゃん」

いまいち理解できていないのか、尊はそのまま押し黙ってしまった。


「一番の気がかりはあの新入りだな。一華さんの話がほんとなら、なんかあの悪魔にとって鍵か何かになる存在なんだろ?」

「そういえば。御堂が真っ先に接触していたのも、雪穂さんだった、って聞きました」

「やはりか。何もないといいのだがな」

「そんなに気になるなら連絡でもしてみれば?もっとも、今の時間なら晩飯でも食ってるかもしれねえが」

「…してみるか」

伊織に言われて、即座に尊はスマートフォンを出して電話をかけ始めた。

「素直すぎだろこいつ」


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夕食を終えて、雪穂は部屋で休んでいた。

「はぁ…やっと落ち着ける……」

双葉のこともまだ気がかりではあるものの、今は何も考えることをしたくない雪穂は、自分の心と体を休めることを優先したのだ。

「一華さんたち、今頃どうしてるかなぁ……」

双葉は一華に連れられて、一旦家に戻ったのだという。

そちらの様子も気になるが、今はそれどころではなかった。


悪魔と名乗る少女の存在。そして、彼女は自分について、何かを知っている。

そんな確信が、雪穂の頭の中にはあった。

敵の言葉なんて信じてはいけない。

そんなことがわかっていたとしても、どうしても、彼女の存在が頭にちらついてしまう。

そして、何よりも絡みついてくるような彼女の蠱惑的とも言えるような声が、頭の中にずっと残っている。

何故、ただの声だというのにこうも頭に残るのだろう。

自分の心を乱して、かき回してくるようだった。


ぼんやりと考え事を続けていると、不意にスマートフォンの方に着信がかかる。

「尊さん…!?何でこんな時に!?」

スマートフォンに表情される「雨宮尊」の名前に、不意に安心感のようなものを覚える。

尊さえいれば、あのかき乱すような彼女のことを考えに済むだろうかと。

「……もしもし」

『もしもし。無事か?』

「いや、無事…だけど。一華さんに駅まで送っていってもらったし」

『それは良かった』

「どうしたの、急に」


『いや、君の無事な声が聞きたくてな』

「はっ!?」

『何かまずいことを言ったか?』

「いや…まずいことは言ってないけど…っていうか本当にどうしたの!?」

『だから声を聞きたいと』

「そういうことじゃ、なくてね!?」

どうにも会話がかみ合っていない。いや、尊はいつもそういう調子で会話をするが、それにしても声が聞きたいというのはどういう意味なのだろうか。


尊本人に聞いても、きっと要領を得ない回答をしてくるだろうと雪穂は確信していた。

いや、でもだからこそ、1%くらいの期待をしてしまう。

期待…と言っても最早何の期待なのだろうかと、言語化すら出来ないような期待。

『君が何を言っているのか僕はよくわからないのだが』

「…調子狂うわ」

『そうか。もし体調が悪いのであれば、無理に戦いに出る必要は』

「そういうことは言ってないから!!!」

これ以上会話を続けているともう自分がいたままれない。そう思った雪穂は、そのまま乱暴に電話を切ってしまった。


切られた電話を持ったまま、尊は立ち尽くしていた。

「…女性の扱いというのは難しいな」

「あなたの場合、女性の扱い云々以前の問題ですねぇ」

黒崎が珍しく、うっすらと浮かべた笑顔が困り笑顔になっていたように、その場にいた悪魔祓い達には見えていた。

「にしてもミコっちゃんほんとそういうとこ鈍いよねー、ちょいちょい雪穂ちゃんの声聞こえてたけど、あれじゃちょっと気の毒っていうか……」

「私の教育、もしかして間違ってましたでしょうか?」

「それについてはノーコメントで」

一華と雄介は、それ以上何も言えなかった。


「しっかし、尊絡むとあいつ面白い反応するよな」

伊織が珍しく機嫌良さそうに、尊たちの方を見る。

「面白いか?そういう感覚は僕にはよくわからないのだが」

「ねーミコっちゃん、雪穂ちゃんのことぶっちゃけどう思う?」

「どう思う、か。少し危なっかしい所こそあるが、少なくとも僕たちの中に彼女がいて、楽しくはなってきていると思う。良い影響は出ているんじゃないだろうか」

「一華さんが聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……」

「…どういうことだ?」

「すまん。お手上げだ」

「ぼくにもどうにもできないです……」


こうして、一度は平和が戻り始めた。

しかし、次なる戦いへの合図がすぐそこにまで迫っていることを、彼らは予感していた……。

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