第十四話 暗雲

「…とまあ、本題を言ったはいいですが。まずは伊織と夜空を呼んでからにしましょうか」

言われてみれば、あの兄妹がいないということに雪穂は気づく。

「今何してるのかな……」

「大方寝ていると思う。普段だいぶ体力を使うから、休みの時は寝ていることが多いんだ」

雪穂が小さな声で呟くと、それを聞いていた雄介が答える。

「儀式具が身体を動かしている以上、体力の消費が激しいからね。だから食事も多めに摂ってる。雪穂さんも気を付けた方がいいよ。お腹が減って動けませんでした、っていうことはたまにあるからね」

「…あ、ありがとうございます」

雪穂は思わぬアドバイスをされた。言われてみれば、最近少しお腹が減りやすくなった気はした。


数分した後、伊織と夜空が教会の方へとやってくる。

「何だ?今日は休みって話じゃなかったのか?緊急招集とかだるいなぁ」

「大事な話があるってことだから、ちゃんと聞かないとダメだよ…?」

「わかってるよ。ただ俺はどっちかっていうと休みたい気分だったってだけだ」

改めて見ると、本当に見た目と中身が一致しない兄妹だ、と雪穂は思った。

何か事情でもあるのだろうか。一華でも自分の事情については言葉を濁していた以上、聞いても答えてはくれないだろうが、それはそれで好奇心を刺激されてしまい、余計に気になってしまう。


「全員集まりましたね。先に伊織と夜空以外の方々には伝えておりましたが改めて」

黒崎から放たれる妙な威圧感に、その場にいる者全員が背筋を正した。

見た目こそ20代ほどの青年のようだが、その老成した雰囲気はとても若者のそれとは思えないものだった。

「ここ最近、悪魔に憑かれる人間が急増しています。それもほんの1週間ほどの出来事です。あなたたちの身の回りでもありませんでしたか?」

質問をする黒崎に対し、雄介が挙手をする。

「オレの大学でもありましたね。別の講義で単位が取れなかったであろう学生が、檀上で教授を殴って講義は中止、その後取り押さえようとした学生に対しても激しく抵抗して3名が軽傷、なんてことが起きてました」

「ふむ…その後はどうしましたか?」

「オレはその時講義もなかったんで図書館で本読んでましたが、噂を聞いて駆けつけたらやっぱり悪魔に憑かれてて……手早く対処したから何とかなったものの、そいつは停学処分です」


「なるほど…わかりました。他にはありますか?」

続いて、一華が口を開く。

「アタシの方もあったよ。バイトしてるお店で客がいきなり暴れ出して、慌てて取り押さえたらやっぱり憑かれてたの。雄介も遭遇してるってことはやっぱ多いんだね」

「わかりました。尊くんは何かありますか?」

「僕としてはやはり本日遭遇した悪魔憑きくらいかと。報告にあったのは1人でしたが、同じ場所に2人いました」

その流れに乗ってというわけでもないが、雪穂がゆっくりと挙手をする。

「あ。あの、あたしからもいいですか?」

「いいですよ。決して私は新人だからといってもあなたたちを区別しません。勿論経験のあるベテランでもです」


「数日前になんですが、学校でクラスメイトがいきなり暴れ出しまして、クラスメイト数名に怪我を負わせて、あたしが戦うことで何とか鎮圧しました。…伊織も向かってたんでそっちも把握してるとは思うんですけど、一応」

「あれですか。あれも報告が来たのは突然のことでしたね」

「突然の仕事だった上に、貴重な儀式具の一つまで使わされたんだが?とはいえ、雄介や一華の話を聞いてると、俺らでも把握できないほど悪魔憑きが増えているっていうのは事実みたいだな」

「給料増やしたので良いじゃないですかぁ。それにどうもこの街だけの話じゃないみたいですねぇ。手が回りそうにないので隣町の悪魔祓いにも頼んだのですが、そっちに手を回す余裕なんてないと切られました」

かなり広い範囲で悪魔憑きが急増している、と黒崎は語った。


「八坂雪穂さん。あなたはまだ新人ですが、それでも悪魔祓いとしては戦力が足りないのです。これから大変でしょうが、どうか協力してください」

「…わかりました」

言葉は悪いが、雪穂は自分も悪魔が憑いているという事実を人質にされているのだ。断るという選択肢はない。

「しっかし、まさか悪魔が憑いている状態で悪魔祓いなんてねぇ。黒崎さんも随分変なこと考えるよな。ほんとに大丈夫なのかよ?」

「いざという時は私が何とかしますので。伊織もまさか私の実力を知らないわけじゃないでしょう?」

「……っ、そうだけどよ」


「納得のいかない者、反対意見のある者がいれば意見どうぞ。私は決してあなたたちを否定しません」

「オレから一言いいですか」

「どうぞ」

挙手をしたのはまたも雄介だった。他の者は挙手をすることもなく発言しているのに、雄介だけわざわざ挙手を挟んでいるあたり、彼は相当に真面目な人物なのだろうと、雪穂は推測した。

「正直、経験もなければ、一種の爆弾を抱えてもいる新人を戦力とするのは、オレは反対したいです。ですが、相当な異変が起きている現状、彼女だけ戦力にしないというのはなしでしょう。それに……」

少し溜めるような動作をしてから、雄介は続ける。

「黒崎さん、もしかして他にも考えがあるのでは?」


「ふむ……」

雄介がそう言うと、黒崎は少し考え込むようなポーズをした後。

「まあ、そうですね。あるにはあります。ですが、あなたたちには秘密にしておきましょう。安心してください。別に仕事そのものに支障はないような話ですので。ですが……一つだけ明かすとするならば」

「旧友への恩返し、という感じですかねぇ」

「そうですか……」

雄介はそのまま引き下がる。


「あの……ちょっと気になったんだけど」

「何でしょう」

「今回の悪魔憑きの急増ってそこまでの異常事態なんですか?まず、あたしはそこからがいまいち呑み込めてないんですけど……」

「そうですねぇ。少なくともこの1週間でこの件数は普通に異常事態です。いつもならば大体1ヶ月あってもこの数になるかならないかといった所なんですよ」

「うへ…それはやばいですね……」

いきなりこのような事態に巻き込まれて、雪穂としては不満がないというわけではない。何なら、こんな戦いなんてしたいかしたくないかでいえば、確実にしたくない。


だが、このプレッシャーを少し心地よいと思う自分もいた。

少なくともここにいれば、ただ学校と家を往復するだけの毎日を、打ち破れる何かがあるのではないかというような期待が、彼女にはあった。


「改めて。協力してくれますか?」

「勿論です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る