第七話 闖入者

「あんたが杉本に何の恨みがあるかは知らないけど、正直、あいつのことだしいくらでも恨み買うようなことはあると思う。でもさ、風子は関係ないじゃん!?あの子があんたに何かした!?」

友人が傷付けられ、まくしたてるように雪穂は吼えた。

雪穂からすれば、風子はテンションこそ外れているがとても優しい友達だ。そんな風子が、傷付けられる謂れはない。どんな恨みを買われていたとしても、それは単なる逆恨みだろうと断言できるほどに、雪穂は風子を信頼し、信用していた。

だからこそ、そんな彼女が傷付けられることが、許せなかった。


「お前の方狙ったって、言わなかったっけ?」

澤田は雪穂の方を意にも介さず、外れかかった眼鏡を顔に乗せたまま言い放った。

手にはまた血の付いた石が握られていて、またこれを自分の方に投げてくるのだろうかと、雪穂は警戒し始める。

「綾崎さんには悪いことしたと思ってるよ。でもさ、お前はさ……昨日ぶつかったのに謝りもしなかったよね?僕が杉本にパシられてるのを見てても、無視して通り過ぎてたよね?」

何を言っているんだこいつは、と雪穂は思った。

ぶつかられて謝らなかったのは、ぶつかってびっくりしていたのと、小銭を拾うのを優先していたからだ。それを逆恨みされても困る。

「だったら僕にとってお前はもう敵だよ八坂さん。何ならここで死んでもらってもいいくらいだ」


明確すぎる殺意に、雪穂の顔に冷や汗が浮かぶ、最初に悪魔祓いと会った時とはまた違う、悪意に満ちたドス黒い感情。

そしてその中に、悪意とはまた別の『何か』を感じ取る。

(澤田…こいつもしかして、悪魔に取りつかれてる?)

悪魔に取りつかれた人間が本当にこうなるかはわからない。だが、明らかに様子がおかしい。そう意識して彼の方を見てみると、確かに目は血走り、口の端は不自然に吊り上がっている。


だが、雪穂はここで更に立ち止まらざるを得なかった。そう、悪魔に取りつかれているのがわかった所で、彼女自身はどうすることも出来ないのだ。

悪魔の倒し方もわからなければ、何なら石なんてぶつけてくる相手への対処法もわからない。

相手はいくら男子の中でも小柄で細身な澤田とはいえ、それでも雪穂より身長も高いし、流石に筋力だって上だろう。

(どうする?流石に風子連れて保健室に行くの優先した方がいい?と言ってもこいつがすぐに通してくれるとは思えないし……)

迷っているうちに、教室の時計は3時限目が始まる時間の3分前を指していた。そろそろ教室に向かわなくては、授業には間に合わないだろう。保健室に行くなんてとても……。


迷っていたところに、教室のドアが開き、一人の女子生徒が息を切らしながら化学室へと入ってくる。

折り目正しい制服に、切り揃えられたショートボブの髪と、真面目そうな印象の眼鏡。クラス委員長の市原真弓だ。

「委員長!?授業始まっちゃうところなのに何で!?」

「八坂さんがなかなか教室に戻ってこないから、心配で探しに来たの」

「戻ってこないも何も、戻りたいなら戻りたいんだけどね。ちょっと色々大変なことになっちゃって」

雪穂がそう報告すると、何故か委員長は少しだけ納得したような表情を浮かべた後、澤田の方へと向き直る。


「市原さん、君まで邪魔するなら君のことだって許さないよ。僕のこと邪魔するやつは皆消えればいいんだ……杉本も八坂さんも、綾崎さんだって……!」

「委員長危ない!!」

澤田が石を持った手を振り上げ、そのまま委員長の方へと振り下ろそうとする。嫌な光景を想像してしまい、つい雪穂は目を瞑る。

だが、次に目を開けた時には、委員長は澤田の腕を掴み、ニヤリと笑っていた。

「バーカ」

委員長から、聞き覚えのないような声がした。

「伊織、くん……?」

そして、その次の瞬間には委員長の姿は、つい数日前に見た"あの少年"の姿になっていた。


「お、お前は誰だ…!市原さんじゃなかったのか!?」

「ちょっとしたマジックだよ。ちょっと使うまで時間かかるから何回も使えるもんじゃねえけどな」

「何をわけわかんないことをゴチャゴチャと…!死ね、死んじまえ!僕のことを邪魔するやつは皆……!!」

「黙れよ」

なおも喚く澤田を他所に、伊織は先の曲がった短剣のようなものを、彼の方へと突き刺す。

「ちょっ…!そんなことしたらこいつ死んじゃう…!」

「お前の方こそ死にそうになってたのに他人の心配してる場合かよ?これは悪魔を倒すための儀式具だから、人間の身体じゃなく悪魔だけを"的確に傷付ける武具"だ。お前にも使っただろ!」


あまりにも激しい痛みが伴う儀式だったために、雪穂はすっかりトラウマで心の奥にしまっていた記憶だったが…確かに自分に対しても使われていたのを覚えている。

伊織は華麗さすら感じさせるような動きで、喚き続ける澤田を圧倒する。将来的に悪魔退治というものを本格的にやる頃には、自分もそういう動きが出来るようになるべきなのか。雪穂は、あまりにも遠い世界のようなものを感じ取ってしまった。

「ボケっと…突っ立ってんな!!はいこれ!!お前にも!」

伊織は何かを雪穂に対して投げる。床に落ちたそれをよく見ると、それは刃がギザギザになったナイフだった。

「ってナイフ投げてよこすな危ないでしょーが!!」

「さっきの説明聞いてなかったのかよてめー!!」

「聞いててもビビるわバーカ!!!」


「っ…!あーもう!それ使ってお前も戦えってことだよ!こいつ予想以上にしぶとくてキツい!」

「戦えって言われても!?」

「儀式具はむしろ武器として使うんじゃなく、使うやつを動かすんだ、だから一回握ってみろ、そしたらわかる!!」

「はぁ!?」

困惑しながらも、何とか雪穂はナイフを握り、澤田の方へと対峙する。ほとんど関わりもなければ、ましてや自分を攻撃してきたような相手ではあるが、クラスメイトである人物に向けてナイフを振り上げるのは、雪穂には抵抗があった……が。


次の瞬間には、雪穂はそのナイフが手足のように上手く扱えるようになっていた。

伊織の説明通りなのか、不自然なくらい手に儀式具が馴染んでいる。しかも、自分が自覚していないようなスピードで、自分の身体が動いているのを感じる。

これが『武器が使うやつを動かす』というものなのだろうか?しかし、雪穂自身もまた、自分の意思以外の何かで動かされているというような感覚は、なかった。


そして、気づけば動かなくなった澤田を、見下ろしていた。

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