第八話 初めての戦い
「はぁ……勝った……の?てか澤田は大丈夫なわけ?」
戦いが終わったのかとほっと胸を撫でおろすと、急に脱力して雪穂はその場に座りこむ。
「じきに目を覚ますはずだ。もう悪魔の気配はしねぇ。それにしても…」
伊織が少し驚いたような顔で、雪穂の方を見る。
「初めてであそこまでやれる奴、初めて見た。あと今日放課後、教会まで来てくれ。そこで色々細かい説明するから」
「…武器がすごいのかと思ってたけど、あたしの方がもしかして凄かったやつ?」
「お前に渡した儀式具、そこまで凄いやつじゃねえぞ。つか戦闘経験もないやつにそんなもん渡すかっての。いきなり上等すぎるもん使っても、儀式具に心が呑まれるだけだしな」
「心が呑まれる…よくわかんないけど、武器が自然と体に馴染んで、そこからは特に何の障害もなく動けたけど…そうなるともしかして止まんなくなっちゃうとか?」
「…お前存外に理解力高いな」
「あ?ちょっとバカにしてんな?」
それを聞いた伊織は、下手な口笛を吹きながら目線を逸らし、明らかにわざとらしく下手に誤魔化した。
「ところで聞きたいこともうちょっとあるんだけど、いい?さっき委員長…市原さんの姿になってたやつ、あれ何?」
雪穂は真っ先に、先ほど『マジック』と呼んでいたものの正体を聞くことにした。
「ちょっとした幻術を見せる儀式具みたいなもん。ただし実在しない人間にはなれないから、その場にいた誰かの姿を借りたってわけ。貴重なもんだから、外部からの潜入が難しい場所に入る時にだけ使うんだよ」
「だからってわざわざ委員長にしなくても……」
「体格近いやつにしかなれないんだから仕方ないだろ…!まあお前の知り合いだったのはラッキーだったわ。知り合いじゃなかったらこんな所入ってくるのは不自然だしな」
「…そういえば伊織くん、学校通ってるとかじゃないの?」
「授業抜け出して来たんだが」
「…うわぁ。大変そ」
「何だその憐れみの目は。こっちは悪魔出現の報告聞いて急いで準備してきたんだが?」
伊織の話によれば、まだ悪魔祓いとしてそこまで経験のない雪穂をこうやって急に呼び出すことはないから安心してほしいとのことらしいが、もしこうして呼び出される機会があるのだとしたら、それはたいそう面倒だな、と雪穂は考えた。
「まあでも…わざわざありがとね」
「ただの仕事だよ。さ、そいつ連れて早く教室出ろって。友達なんだろ?」
「えっ、何でわかったの?」
「お前が吼えてたの、教室の外まで聞こえてたからな。友達は大切にしろよ?」
からかうような笑みを浮かべながら、伊織は化学室を出る。
それを聞いた後、急速に雪穂の顔は赤くなっていった。
(はぁ~~~~!?聞かれてたって事!?あの恥ずかしいのを!?ないわ!マジないわ!!!つーか伊織くんもわざわざそれ言わなくて良くない!?あいつ何!?)
すっかり耳まで赤くなってしまった顔をなんとか冷ましてから、風子を連れて、まずは保健室まで向かう事にした。
「3限目は…こりゃサボるか。どうせ1回サボってもなんか言われるわけでもあるまいし」
色々と落ち着かない気持ちを何とか整理しようと、ひっそりと授業をサボることを決意した雪穂だった。
その直後、風子がゆっくりと目を覚ます。
「ん、雪、穂……?」
「風子?目覚ましたの?」
「う……うん。なんか石か何かが当たってすっごい痛くて……もしかして寝ちゃってた感じ?」
「寝ちゃってたっていうか、気失ってたんだよ。とりあえずその、あたしは大丈夫だから。保健室行こう?歩ける?歩けないなら肩貸そっか?」
「あは…雪穂がめっちゃ心配してる…うん、ちょっとまだ頭フラフラするからお願い」
少し記憶が混濁しているのか、風子は少し要領を得ない様子だった。
それでも、雪穂は何よりも風子が無事だったことが、何よりも嬉しかった。
「うん、とりあえず保健室行こっか。その怪我、診てもらわないといけないでしょ?」
「わかった。そういえば…澤田はどうしたの?」
「あいつ?あいつなんか急に疲れて寝始めた。まったくアホだよねあいつも」
「あっはは!!そりゃないわ!!」
悪魔に取り憑かれていたなどということは、風子にはまだ話せなかった。もしそれを話してしまえば、確実に風子は心配するだろう。雪穂は、まだこの事は自分の胸にしまっておこうと考えた。
まだこれは、風子にも背負わせたくないことだったのだ。
保健室に行くと、頭に包帯を巻いた杉本が、丁度保健室を出ようとしていた所だった。
「お、八坂じゃねえか。そっちは…綾崎か?もしかしてそっちも澤田にやられたのか?」
「うん。まあ…そんなとこ。それで?もう怪我大丈夫なわけ?」
「鍛えてるからそのくらい大丈夫だよ。それにしても酷ぇと思わねえか。俺が澤田にやられたって話してんのに、保健の先生は全然俺の話を聞いちゃいねえんだ」
「でしょうね。あんた評判悪いし」
「だな。初めて知ったよ。澤田のやつが何度か保健室駆けこんでたってのも、俺のせいでやべえストレス抱えてたってこともな」
杉本の様子は、思いの外穏やかだった。
いつもの杉本ならば、このまま大声で暴れては、自分や風子に当たり散らしていただろうと思っていただけに、雪穂からすれば拍子抜けだ。
「信用されねえってのはそういうことなんだなってよくわかったよ。お前らには迷惑かけたな」
「あ、うん……」
「何だ。俺が反省してるのがそんなに珍しいかよ」
「いやぁ…それは正直そう。ぶっちゃけ拍子抜け。なんていうか、色々複雑な気分」
「んじゃ俺は早いとこ教室戻るからお前も行けよ八坂。こんなとこで喋ってる場合じゃねえだろ?」
「うん……」
案外、人は変わるものなのかもしれないと、雪穂は思った。だが、当の澤田の方はどうだろう。
杉本のように、しっかり反省してくれているだろうか。
伊織に聞いた話では、悪魔に取り憑かれた人間はその人の抱えていた欲望や想いなどが、暴走して抑えきれなくなるというのだという。
だから、澤田の方も、そういう鬱屈とした感情が、確かにあったのだろう。
そして、雪穂自身も、そういった誰かを傷付けたくなるような感情が自分にはないと、はっきり言いきれはしないのだった。
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