第6話 練習開始

 午後になって、すっかりお客さんのいなくなった神川ゴルフ練習場。

 これだけ広い敷地で誰も練習をしていないというのは、非常に寂しい。


「お客さん、来ないね」


「うん……」


 食事休憩をする美里に代わり、受付で番をする二人も流石に飽きてきたようだ。


 中学生の瑠利はともかく、小学生の陸斗にずっと同じ所へ留まらせることは難しい。

 雨でも降っていれば、コースでのプレイを諦めた人たちが練習に来るかもしれないが、生憎と晴天。

 むしろ、昨日と同様。爽やかな秋風の吹く、絶好のゴルフ日和だ。



 そこで、暇を持て余した瑠利は、無造作にゴルフボール三個を手に取ると、お手玉のように投げてみせる。


 陸斗もそれを見て、面白そうだと真似をするが、そう上手くはいかないらしい。

 コンコンと音を立ててコンクリートの床を跳ねるボールを一生懸命追いかけ、戻ってきてまた同じことを繰り返す。


 それを横目に見ながら瑠利は四個目のボールに手を伸ばし、更に難易度を上げる。


 ポンポンポンポンと、それはまるで大道芸を見ているかのようで、陸斗は目を輝かせた。


「すごいよ、ルリ姉ちゃん!」


「そう? いっぱい練習すれば、リクトくんもできるようになるよ。わたしもいっぱい練習したからね」


 目の前でそれを実践する本人にそう言われてしまえば、練習あるのみ。

 何度も挑戦を試みるが、やっぱりボールはコンコンと音を立てて転がっていく。


「もう……、全然上手くいかない」


 少し拗ねたように、そう呟く陸斗。

 見た感じ簡単そうだったが、やってみたら難しかった。

 どうして上手く出来ないんだろう。


 そう考えるが、それはリフティングでも同じこと。

 上手くなるには練習あるのみだ。


 何度も何度も繰り返し、なんとなくコツを掴めた気がした。

 

 手を素早く動かすというよりは、余裕を持ってボールを放ること。

 その感覚が、なんとなくリフティングに似ているのではないかと気がついて……。


「あっ、できた。あ……」


「惜しいっ。でも、出来たね」


「うん、ぼくわかった気がするよ」


 僅かばかりであったが、成功はした。

 あとは、それを長く続けるだけなのに、上手くいかない。

 だいたい六回程度続くと、失敗してしまうのだ。


 それを見ていた瑠利は、ある提案をする。


「リクトくんの手は小さいから、まだ難しいかもね。でも、柔らかいお手玉なら、もっと簡単にできると思うよ」


「ほんと?」


「うん、今度、うちから持ってくるね」


「ルリ姉ちゃん、ありがとう」


 こうして二人の距離は縮まっていくのであるが、そこへ佳斗から声が掛かった。


「ルリちゃん、ちょっと練習しようか?」


「えっ、ほんと? やった―! お願いします」


 瑠利はパシッ、パシッ、パシッ、パシッと、回していたゴルフボールを両手に納め、急いで前日に両親が運んできたゴルフ道具一式を準備。


 さっそくクラブを握り、打席に立つが……、ここで佳斗から待ったがかかった。


「ルリちゃん、逸る気持ちはわかるけど、まずは準備運動からね。特にゴルフは身体を壊しやすいスポーツだから、念入りに行うことが大切だよ」


「……はい」


 開始早々、いきなりのダメ出しに、ショボンとする瑠利。

 そこへ先程のお返しとばかりに発破を掛けたのは、陸斗だ。


「ほらほら、ルリ姉ちゃんもいじけてないで、ストレッチするよ」


「うん!」


 その言葉にすぐさま気を取り直して、陸斗と一緒に十分じゅっぷん程度のストレッチを行い、クラブを握る。


「じゃあ、まずは今の実力を見たいから、自由に打ってみて」


「はい!」


 今度こそ佳斗の許可もおり、いざ実践へ。

 瑠利が最初に握ったクラブは、六番アイアンだ。


 右と左で数回素振りをし、感触を確かめてからボールを打つ。


 そして、数球ずつ打ちながら番手を徐々に上げ、ついにドライバーを手に取った。


「よし」


 数回の素振りの後、一つ気合を入れる。


 そして、ビュンという鋭い風切音が聞こえたかと思うと、バシッという鈍い音がお客のいない練習場に響き渡る。


「ほう……」


「うわっ、すげぇ!」


 その打球に感心した様子の佳斗と、驚きの声をあげる陸斗。


 それもそのはず、まだ中学生の女の子が二百五十ヤード先のネットまで、ボールを届かせたのだ。


 特別身体が大きいわけでもなく飛距離を出せるというのは、才能そのもの。

 プロを目指すうえではアドバンテージであり、重要なことではあるが……。


「うん、わかったよ。まだまだ素振りが足りないね。これからは毎日三百回の素振りをしようか」


「えっ、三百回……」


 それが佳斗から見た、瑠利のレベルであった。




――――――――――――――――――――――――――


六話をお読みいただきまして、ありがとうございます。


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