第5話 休憩時間

 美里が出勤してきたことで、瑠利と陸斗は暇になった。


 というのも、この時間に練習場へ来るのは、常連である近所のお爺ちゃんたちばかりなのだ。

 ほとんどが暇潰しの雑談を楽しみに来ているだけなので、佳斗はこのタイミングで休憩に入り、美里が一人で受付を行うのである。


「りっくんとルリちゃんはもう大丈夫だから、休憩しておいで」


「うん」


「あ、はい」


 美里からそう促されても、まだまだ勝手がわからず、戸惑う瑠利。

 それを陸斗が引っ張るように「ルリ姉ちゃん、行こう!」と、連れて行く。


 二人が向かった場所は、打席の真向かい。

 250先のネット裏だ。


 ヤードとはポンド法における長さの単位で、ゴルフ競技では距離を示す単位として使われており、1ヤードは0.9144メートル。

 約91センチと覚えておけば問題ないだろう。


 で、そこに何があるかというと、80ヤードほどの芝地に直径30ヤードほどのグリーンと二つのバンカーを兼ね備えたアプローチ練習場である。


「すごい! こんなところがあるんだ」


「うん、ここはお父さんが管理していて、たまに練習もしているよ」


 その言葉通り、奥には管理小屋まであり、芝刈り機などが収められていた。


 陸斗がその小屋まで走っていき、持ってきたのはサッカーボール二つ。


「ルリ姉ちゃん、リフティング勝負しようよ。ゴルフが上手くなるためには、バランス感覚が大事なんだって」


 そう言って、陸斗はボールの一つを瑠利に手渡し、さっそくとばかりに膝の上で軽々とリフティングを始める。

 いつも行っているのか慣れているらしく、落とす気配はない。


 それを見ていた瑠利も好奇心が刺激され、


「じゃあ、やろう」


 と、一緒になってリフティングを始めた。


 ポンポンポンポンと、どちらも負けず嫌いなせいか、意外にもいい勝負だ。

 弾きに失敗しても、すぐに立て直す辺り、二人とも流石である。

 結果は体力的なもので瑠利の勝ちとなったが、年齢の差を考えれば、陸斗も十分健闘したといえるだろう。

 実際、この時期の三歳差は大きく、体格的にも不利なのだ。


「なんだ、ルリ姉ちゃんはやったことあるんだね」


「ふふ~ん、そりゃ中学生だからね。体育の授業で普通にあるよ」


 瑠利は続けていたリフティングをやめ、話を合わせる。


「でも、リクトくんもすごい上手だね。わたし、びっくりしちゃった」


 それは小さな男の子を傷つけないための優しさ。

 勝負に負けて、少し落ち込んだ様子の陸斗を、慰めるためである。


「ほんと? ぼく、学校でも上手い方だったんだけど……。でも、やっぱり中学生のお姉ちゃんには敵わないんだね」


「うん、そうかも。リクトくんとわたしじゃ、こんなに身長差もあるし、ほら、足の大きさも全然違うよ。それで、あれだけ上手に蹴れるんだから、リクトくんは凄いんだよ」


「やったー」

 

 チョロイとでもいうべきか、瑠利の巧みな話術に嵌まり、元気を取り戻した様子の陸斗。


「もう一回やろう。今度は勝つからね」


 と、気合を漲らせるが……。


 結局この後、一度も瑠利に勝つことは無かった。


 というのも、瑠利は負けるのが大っ嫌い。

 たとえ相手が小学生であろうとも、手加減など無いのだ。


 二人して受付へ戻ってきた時には、ちょっぴり陸斗が拗ねていたりしたけど、美里が慣れたようにあやして、事なきを得たようである。

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