第28話 掴めない男と読めない思惑


「いやあ、失敗失敗…!まさか気付かれるだけじゃなく捕まっちゃうとはね!」


 木の根のロープに縛られたまま地面に転がっている"泥棒"は、楽しそうにカラカラと笑いながら、見下ろす私を見ている。

 私はそれを呆れ顔で眺めつつ、小さく肩を竦めた。

 目の前に転がっている"泥棒"を、私は知っている。

 身に着けているのは、私たちが通っている魔法学園の制服であるし、その顔にも見覚えがあった。…と言うか、この男子生徒は原作ゲームでも攻略対象の一人だった男の子"メイナード・ワイズマン"だった。

 この周回…もとい転生した私は、基本的に攻略対象キャラに自分からは絡みにいかないようにしてたから、現状ただの顔見知りではあるけど、例の"運命の強制力"によって出会うだけは出会っていた人ということになる。


「…どうして先輩がこんなところにいるんですか…。しかも、なんで後輩の課題の邪魔なんてしようとしてるんですか……」


 そう、彼はこの学園の3年生であり先輩だ。

 今この森にいるのは課題でやってきている私たち1年生と、せいぜい様子を見に来ている先生くらいのものだろう。3年生の彼がここにいるだけでも不自然だ。

 私はついジロリと転がっているメイナードを睨んでしまう。彼は私のそんな様子にも楽しそうにニヤニヤしている。……………うん、そうなんだ。彼はこういう"キャラ"なんだよね…。

 派手な紫色の髪に、やはりカラフルで派手なヘアピンが複数つけられたアシメントリーな髪型。

 お顔も攻略対象と言うだけあって、とにかく美形。…特に、ちょっと中性的な顔立ちも個性の一つであるキャラだから、お化粧バッチリで睫毛もバッチバチに長くて多い…!!

 制服も一応は規定の物を着ているけれど、所々改造しているし、着崩してしるから胸元がぱっかり開いていて、とても他の男子生徒と同じものを着ているとは思えない感じになっている。…つまり、型にハマらない男というか…ヴィジュアル系不良と言うか…チャラ男というか…そういう男の子なんだ…。

 私はゲーム自体を結構やり込んだタイプだと思うし、当然全員攻略済みだから登場キャラクターは全員好き(その上で特にヴィオリーチェ推し!)だし、思い入れもあるんだけど、…やっぱりゲームでプレイするのと、3次元になった印象って違うじゃない?リアル軽薄チャラ男くんって言うのは、距離感が…落ち着かないというか…ヴィジュアル的に近くで見ると刺激的と言うか………ウン。


「まぁまぁ、そう怒らないでよ。アルカちゃん。もう悪いことしないから、とりあえずこの魔法解いて♡」


 こう見えてこの人も学園では有数の実力者設定なのである。頑張っているとはいえ、まだまだ実力が低い私の魔法くらい自分で解除出来ないはずがないのに、猫撫で声でこんなことを言ってくる。

 

「………わかりました。…でも、本当に変なことしないでくださいね…」


 何かを企んでいることだけは明白なので、私は警戒しつつ魔法を解除する。怪しさしかない…。…


「そんな変質者か何かみたいに言われると傷ついちゃうな…!」


「それなら、ちゃんと変質者じゃないとわかる事情を説明して下さいね!」


 木の根の緊縛から解放されたメイナードは、立ち上がり、土ぼこりをぱっぱっと払ってから、衣服を整える。


「アルカちゃん、中級魔法もろくに使えないって噂だったわりに、凄く魔法を使いこなせてる感じだよね?いやいや、お見事だよ。ホント」


「…話を逸らしてもダメですからね?」


「へへへ。ダメか~」


全く緊張感も反省した様子もない現行犯である…。


「……まぁ、実際ちょっと悪戯して驚かせてやろうと思ったのは確かだけど、ちゃんと返すつもりだったし、盗むつもりなんてなかったんだよ」


 どこまでが本気かはわからないが、飄々とした様子で彼はそう言った。


「どうして悪戯なんてしようとしたんですか。…それに、どうしてこんなところに居るのかも答えて貰ってませんよ」


「アルカちゃん折角の可愛い顔が台無しだよ。怖い顔しないで♡」


「いちいち可愛い声出さないで下さい!話が進まないでしょ!」


「アハハ」


 こんな調子でなかなか話が進まない!

 不幸中の幸いか、眠気だけは吹っ飛んだのでリリーのことはこのまま寝かせてあげることにして、根気強く先輩の対応を続けることにする。


「ま、信じてなさそうだけど話したことは本当だよ。んで、なんでここに居るのか…ってやつだけど、一言で言っちゃえば目的は君だね」


 ニッコニコの笑顔のまま、私を指さす。


「は?」


 この時私の口から出た声は、とても乙女ゲーム主人公に相応しいと言えるようなものではなかったと思う。

 そのくらい愛想も色気もあったもんじゃない声だった。




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