第29話 秘密は秘密だから秘密なのである

 居るはずのない場所に居る先輩の目的はなんだ?と問い詰めたところ、目的は自分だと言われて、素っ頓狂な声を上げてしまった私だったが、続けて放たれた彼の言葉に、私の中の戦闘スイッチは迷わずONに切り替わってしまった。


「もともとはヴィオリーチェちゃん狙いだったんだけどね」


「は?」


 今度は明確に怒気と威嚇の意が込められた、ドスを聞かせた声だという自覚がある。こいつ今なんて言った????


「あはは、凄い怖い顔♡」


「ヴィオリーチェを落とす為に、私に近寄ってきた…ってこと?

それはそれでわざわざ課題の場所まで追いかけてくるの意味わかんないんだけど…」


 警戒心が高まり過ぎて、先輩相手にする態度じゃない態度になってしまう。


「いや、そこは純粋に君への興味だね。…んで、マンドラゴラをこっそり隠したりしたらどうするだろう…ってのは、ちょっと君の実力を試そうとしたのはあるね」


「試すって…」


「だってさ、愛想が良いし優しいけど、自分のプライベートな部分には誰も寄せ付けなかったヴィオリーチェが最近心を許して、個人的に魔法を教えることまでしてる子がいるなんて面白そうな話を聞いちゃったからね?」


「…!」


「しかもそれが、あの高名な魔法使いユニヴェール・メイソンの一人娘であるにも関わらず、入学時点で中級魔法も使えない落ちこぼれだって騒がれただって言うじゃないか」


 ヴィオリーチェは目立つ人だし、私も悪い意味で有名なのは自覚していたけれど、魔法のレッスンについてはジャンくんとクラウス先輩以外には秘密にしていた。だから目の前の男がそれを知っていたことも驚いたし、何だかちょっと寒気もしてしまった。

 興味を持つ…までならともかくとして、もしかして、調べていた?

 ヴィオリーチェと、私を???

 そう言う目で彼を改めて見つめると、その笑顔ですら何だか怖く感じてしまう。


「………で、実際に君の行動を見てて、思ったより優秀ではあったんだけど」


「それはどうも……」


「…でも、なんでヴィオリーチェが君にだけ特別な態度を取るのかはちょっとわからなかったね」


 私がヴィオリーチェの特別…


「顔がニヤけてるよ、アルカちゃん」


「気のせいです!!!!」


 危ない危ない…。あまりにも甘美な響きについ表情が緩んじゃった。

相手は敵(仮)だぞ!気を緩めてはいけないぞ!アルカ!!


「まぁ、そんな訳でさ、君に何か秘密があるんだろうって思って探ってたんだよね」


「はぁ…。秘密ですか…。」


 そりゃあ、秘密なんてたくさんあるけれど、秘密は秘密なんだからいう訳には行かない。相手の出方を見て勝負するしかないだろう…なんて身構えてしまう。


「何か心当たりない?それとも、何か秘密の魔法でもあるのかな?」


「秘密の魔法って?」


「そりゃあ、あのヴィオリーチェを君に夢中にさせちゃうような?」


「そんな魔法あったらこっちが教えて貰いたいくらいですけど!?」


 つい咄嗟に言い返ししまった。

 メイナードもちょっとびっくりした顔でこちらを見ている。


「コホン…。まぁそれは置いて置いて。残念ですけど、そんな都合のいい魔法なんてありませんよ。ヴィオリーチェは確かに私に良くしてくれてると思うけど、それだって彼女が普通に優しいのと、私と彼女が気の合う友達ってだけですよ」


 疑われないように出来るだけ堂々とした態度でそう答える。私の方には友達と言うにはまぁまぁ不純な気持ちがあるけど、少なくともヴィオリーチェは本当に優しくて純粋な女の子なんだから、嘘はついてない。ついてないと思う。


ねぇ?」


 …あ、これ信じてないやつだな。

 でもそうだよね…。私でも多分信じないな…。その場しのぎの適当な勢いだけの言い訳で言いくるめられるのはクラウス先輩だけってことか…。あ、…でもクラウス先輩のそういう可愛げ、私嫌いじゃないよ。いや、今は良いんだクラウス先輩のことは…。


「それに、あの氷の王子様にまで可愛がられてるって聞いたし」


「…え」


 頭の中を読まれたのかと思ってちょっとびっくりしてしまった。

 そっちまで知ってるのか…こりゃ厄介な相手だぞ…。

 いや、可愛がられてる…の意味合いが多分、勘違いされてるのは確かなんだけど…。


「あー…クラウス先輩には、まぁ、ちょっと生意気なこと言っちゃったので、そのせいで目を付けられたっていうか…そういう感じなんですけどね…」


「あいつも最近までは誰も寄せ付けないクールビューティーで有名だったのにな。何だかアルカちゃんが現れた途端、これまで頑なだった連中がどんどん懐柔されてるって思うとなかなか怖いじゃん?」


 …いや、そこは私と出会う前からジャンクラはあったからね。そんなことないよ。という言葉は飲み込んで、別の言葉を探す。


「私は魔物かなんかですか?」


「でも、魅了の魔法って訳ではないみたいだしねぇ?」


 無遠慮なくらいまじまじと私の姿を凝視するメイナード。頭のてっぺんから足先まで見られてる~って感じがする。


「私にそんな力があるなら、今メイナード先輩を魅了して自分の子分にしますよ」


「だよね?」


 私が肩を竦めると、まったくその通りだと思うと素直な調子でウンウンと頷くメイナード。


 私は彼が早く諦めるか飽きてくれないかなーと言う思いでいっぱいだったし、メイナードもこのままじゃ「らちが明かないな」と思っていたと思う。


「………………」

「………………」


 お互い相手の出方を伺っているような沈黙。


「良し、決めた」

「?」

「アルカちゃんさ、俺と付き合おうよ」

「付き合わないが?」

「…………」

「…………」

「……………俺、告白後ノータイムでフラれたの初めてだよ?」

「告白じゃないでしょうが!」


 秘密を探ろうとして近づこうとしてるだけのことを告白とは言いません!!


「あはは、ダメかぁ~…!!!」


 …という訳で、私やヴィオリーチェの秘密を探ろうとしている超危険人物が突然表舞台に躍り出てきてしまった。

 私にちょっかい出してこられるのも困るけど、ヴィオリーチェの方に何かされるのはもっと嫌だ…!

 絶対にこいつの好きにはさせないぞ…と私は内心決意を新たにしつつ、始まってしまった新たな戦いに闘志を燃やすのだった。

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