第27話 マンドラゴラと月夜の薬草泥棒

 私とリリーがマンドラゴラを見つけたのはもう夕方になりかけた頃だった。

 このマンドラゴラ探しがなかなかに大変なものだったのだ。見つけたらすぐにそれを取ればいいってものでもなくて、近くに別のマンドラゴラが生えていないかの確認なども必要だった。複数のマンドラゴラが近くに生えていた場合、その根っこが地中で繋がっている可能性があり、一本引き抜いたが最後、繋がっている全てのマンドラゴラが一斉に叫び出してしまうかも知れないと言うことらしい。

 採取者は特別製の耳栓を着用(あるいは感覚遮断魔法などの防衛魔法を使用)して無事だったとしても、森に暮らす別の生き物が発狂してしまえば、それらの動物に襲われる危険も出てくる。近くに別の誰かが居ればそちらに被害が及ぶかもしれない。

 そんな訳で基本的に群生するマンドラゴラはスルーしなければいけないという縛りもあったわけである。

 だからいい具合に孤立したマンドラゴラを見つけなければいけないし、それが見つかるかどうかは完全に運なので、数時間森を歩き回ったとはいえ、日暮れ前にそれを見つけられたのはラッキーだったと思う。

 私とリリーはターゲットを定めると、しっかり耳栓をはめ、ジェスチャーとアイコンタクトで合図を送り合う。


(引き抜くときの注意は、葉の根元をしっかり掴んで、一気に引き抜く…!!!)


 私はマンドラゴラの葉の根元を掴むと、力を込めて一気に引き抜いた。


————ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!


 恐らくそんな感じの絶叫が周囲に響いたのだと思う。

 引っこ抜いた瞬間私たちの前に晒されたマンドラゴラは、その表情を歪ませ、大きな口を開けていた。

 引き抜いた後は速やかに処理を始めないといけない。

 私は、リリーが待機している地点まで急いでマンドラゴラを運んで行き、そこに用意された水桶へとしっかりと浸す。

 最初はまだ声を上げているのかブクブクと激しく泡立っていたが、だんだんと泡は収まっていき、10分もすると静かになった。

 ここまで来てようやく私とリリーは一息ついて、耳栓を外すのだった。


「ふう……。上手くつかまえられたね…良かった!」


 水桶の中で静かに浸っているマンドラゴラを眺めつつ、リリーは大きく息を吐き出しながら安堵したような声を漏らした。 

 私も外した耳栓をポケットにしまい込みながら、リリーの言葉に頷く。


「うん。後は一晩浸せばオッケーだね。それじゃあ、野営の準備しちゃお!」

「オッケー!」


 いくら魔法が存在する世界とは言っても、魔法で小さなおうちをポーン!!と出す…なんてことはかなり上位クラスの魔法使いにしか出来ないことらしいので、私とリリーは地道に、持ってきた小型のテントをうんしょうんしょと一生懸命組み建てて、焚火を焚いて夜を明かすことになった。

 見張り当番と仮眠を交代で取っての夜明かしだ。正直、一人で寝るのも一人で起きているのもちょっと退屈だから、お喋りして過ごしていたかったのが本音だったのだけど、さすがに二人して寝落ちしちゃったらまずい。

だから最初の見張りを私が引き受けて、リリーには寝て貰うことにした。


「…それじゃあ、先に休ませて貰うね。何かあったらすぐ起こしてね…!」


 目をごしごしと擦りながら、テントに入っていったリリー。その声はちょっと心配そうではあったのだけど、睡魔には抗えずすぐに眠りについてしまったのだろう。耳をすますと、すやすやという寝息が聞こえてきた。


「……まぁ、そりゃ疲れるよね」


 ふあ、と大あくびが漏れる。油断すると自分も睡魔に襲われそうになる。

夜の森は少し肌寒いけれど、空気が澄んでいて気持ちが良いし、何処からか聞こえてくる微かな虫の鳴き声も何処か雰囲気があってロマンチックさすら感じる。

 こんな風に自然の中で夜を過ごすなんて、アルカとしては勿論前世の春日穂波かすがほなみとしても初めてかも知れない。

 私は、眠ってしまわない様に、温めたミルクを飲んだりしながらのんびり過ごしていたのだけれど、静かな夜の終わりは突然に訪れた。


「……!!! 誰!!?」


 何気なく視線を、マンドラゴラの入った桶の方へ向けた時だった。何者かがその桶に手を伸ばしているのが見えた。


——————————————————泥棒だ!!!?


 ここは学園の敷地内だ。部外者が入ることは出来ないようになっているはずだし、それなら同じように課題を受けた学園生!?他の生徒の物を盗もうとするなんてことある!?(いや、ちょっとイベントとしてはありそうだけど…!)なんて私の頭には一瞬のうちに色々と浮かんできたんだけど、そんなことは置いて置いて、折角採取したマンドラゴラを盗まれでもしたら、愛しのヴィオリーチェと過ごす時間がまた一日遠のくんだぞ!!!という思いが、私の身体を咄嗟に動かしていた。


「親愛なる我が友、大地の子ノームよ!我が呼び声に応え、その力を貸して—————……"悪戯な木の根"《ツリールート・プランク》」


 ミルクカップを地面に置いた私は、すぐに脇に用意してあった魔法の杖を掴むと、魔法の詠唱をしながら、杖先を"泥棒"に向けた。

 杖先を向けた先、"泥棒"の足元からは急に無数の木の根のようなものがにょきにょきと生えて来たかと思うと桶に手を伸ばそうとしていた"泥棒"の身体に絡みついた。


「…!!?」


 あれよあれよという間に木の根のロープに縛り上げられてしまった"泥棒"は、バランスを崩して地面へと倒れこんでしまった。

 桶をひっくり返したり、桶の中に飛び込まなかったことに少し安堵しつつ、私はその"泥棒"の元へと駆け寄った。

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