第17話 悪役令嬢は密やかに憂う

 ~とある悪役令嬢として生まれ落ちた転生者の独白~

 (※ヴィオリーチェ視点のお話です)




 まだ幼かったあの日。突然自分の前世を思い出し、この世界が乙女ゲームの世界であると気が付いてしまってから、わたくしは自分の死亡ルートに進まなくて済むように、精一杯努力してきたつもりだった。

 一つは、秘宝を継承することになった場合、その制御に失敗するという運命を乗り越えるため、どんな魔法であっても操れる力を身に着けようと、原作のヴィオリーチェ以上に魔法の勉強と修行に打ち込んだ。

 もう一つは、ゲームのヒロインであるアルカシアに対しての対策だ。彼女はゲームにおいてはPLの操るキャラだった為、この世界においてどんなキャラになるのかは完全に未知数だったし、自分が転生者である以上、もしかしたら彼女も転生者かも知れない…と直感的に考えてしまったのだ。

 彼女が味方であれば良し、だが…、そうでなかった場合のことを考えて、わたくしは周囲を味方につけておくことにした。

 自分の方が先に学園に入学しているというアドバンテージを活かさない手はなかったので、出来る限り誰にでも優しく親切にした。そうすると、自然に自分を慕ってくれる人たちは増えて行った。

 これから現れるはずの主人公ヒロインアルカシアが、もしわたくしに対して害を為すような人物であるなら、そうして作り上げた人間関係を使って彼女に対抗しようと考えていた。

 わたくしは、前世での記憶を取り戻してしまった以上、どうしたって原作のヴィオリーチェそのものにはなり得ない。だから、彼女のように自信に満ちて誇り高い女の子ではいられなかった。わたくしは、常に自分の未来に起こるかもしれない悲劇に怯えていた。

 好きだった乙女ゲームの世界に転生したのだから、本音を言えばただ素直に楽しめたら良かったのに…と思わなかった訳ではない。自分が好きだったキャラと仲良くなったり、ゲームでは見えなかった場所を見て回ったりしたいという気持ちはあった。

 自分がゲームの主人公アルカシアに転生したのだったら、もっと気楽に楽しめたはずなのに…と思うとまだ見ぬ彼女に嫉妬にも似た感情を抱いた日もあった。それこそ憎らしいという思いを自覚したことだってあった。


 ―—————でも、わたくしはそんな風に彼女に恐れと嫉妬を抱くのと同時に、心のどこかで、早く会いたいとも確かに願っていた。


 ううん、正確にはアルカシアが転生者であればいいと願っていた。この世界で、(少なくとも自分の知る限り)たった一人の転生者であるわたくしは孤独だった。だから、相手のことを何も知らないうちから、恐れも憎しみも嫉妬すらも抱いた"まだ見ぬ彼女"が、”自分と同じ”であることを、自分の理解者になってくれることを望んでいたんだ。



 初めて彼女を見た瞬間、すぐに彼女が自分に害するような存在ではないことはわかった。少し不安そうな瞳できょろきょろと周囲を見回して、わたくしを目にとらえた瞬間、その表情が明るく輝いたのが印象的だった。

 後から聞いた話、彼女がゲームではヴィオリーチェを好きだったと話していたから、きっとそれが理由なんだけれど…。それでもわたくしは嬉しかった。

 ゲーム通りなら彼女があんなに早く覚えることはないだろう風妖精の魔法を使って呼び出された時には、あぁやっぱりあの子は転生者だったんだって思えて胸が高鳴った。私はやっぱり、それを望んでいたし、期待していたんだ。

 話してみたアルカシアは、初対面の愛らしい無垢な子という印象とはちょっと違っていて、その実とても機転が利く賢い娘なのだと思った。まだこの世界に来て(記憶を取り戻して)間もない様子なのに、一人で色々なことを考え行動を開始していた。

 そんな物怖じしないところも、思い切りの良い大胆さも、それでいて、会ったばかりのわたくしを気遣う優しさも持ち合わせているところも…。

 わたくしから見て、彼女はまさに物語の主人公ヒロインに相応しい女の子で、わたくしは彼女を眩しく思った。尊敬すべき人だと思った。

 出会う前に抱いていたあさましい憎しみや嫉妬は吹き飛んでしまった。…代わりに、こんな自分は…と自己嫌悪と劣等感が沸き始めていた。


 だからあの時、わたくしは、自分が情けなくて、許せなくて、逃げ出してしまったのだけど………。


 結局のところ、アルカがわたくしの態度に落ち込んでしまいクラウスやジャンに相談していた…と言う場面を目撃したわたくしが、彼女が虐められていると勘違いし、その場に飛び込んで行ってしまったことをきっかけに彼女と仲直りすることが出来た。

 わたくしが、勝手に自己嫌悪と劣等感を募らせて居ただけで、彼女は少しもそんな風に思っていないことはわかっていたけれど、それ以上に彼女がわたくしのことを慕ってくれていることがわかって、情けないけれど…とてもとても嬉しくて…安心してしまった。

 心のどこかで、わたくしはゲームのヴィオリーチェとは違うのだから、彼女はわたくしのことを同情しているだけかもしれない…と、思っていた。

 でも、あの子は、わたくしと一緒に居るのが楽しいと言ってくれた。…だからわたくしは、……もう一度彼女とちゃんと向き合いたいって思えたんだ。








 こんな自分があの子の”お姉さま”になんて相応しくないって思うから、あの子の「お姉さまって呼んでもいい?」攻撃には気がつかないふりをしちゃうんだけどね!


 …どちらかと言うと、こっちがそう呼びたいくらい……なんて言ったら、あの子は驚いちゃうかしら?

 そんな風にあの子のびっくりした顔を想像したら、何故か胸が少しだけくすぐったくなった。




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