第2章 青春はダブルデートと共に

第18話 悪役令嬢の秘密は危険な香り…?

「そう言えばさ、ヴィオリーチェ」

「?」

「以前にジャンくんの話が出た時、ちょっと変な感じだったよね?」


 ヴィオリーチェと無事仲直りして、放課後の魔法教室個人レッスンが再開されてから少し経った頃、ふと思い出した疑問を私はヴィオリーチェに投げかけていた。

 その話題が出た時、その時もちょっとした引っかかりは感じたものの、その後、それどころじゃない大事件に発展してしまった為、すっかり忘れていたのだ。


「え、えぇ…?……貴女の気のせいじゃなくって?」


 基本的に人と話すときにはちゃんと相手の目を見るヴィオリーチェの目が今、明らかに泳いでいる。…えー…これは、明確に嘘ですね…。


「ヴィオリーチェ…」


 私がジトっとした目でヴィオリーチェに訴えかけると、ヴィオリーチェもさすがに誤魔化せないことを悟ったようで、はふんと小さく息を吐いた。


「うう…。わかりましたわ…。ちゃんと話しますわ……」

「素直でよろしい」

「もうっ、アルカったら!意地悪なんだから…!」


 何だかんだこんな風に軽口を叩けるようになったのは、距離が縮まったみたいでちょっと嬉しいかも知れない…!


「……別にわたくしが、ジャンのことを好き…と言うことではありませんからね?」

「…あ、そ、そうなんだ」


 自分から吹っ掛けた話題ではあるけど、そこがちゃんと否定されて私は確かにほっとしていた。ヴィオリーチェがジャンくんを好きだなんて言われたら、やっぱりちょっとショックに思ってしまったと思うから…。


「ただ…その……」

「うん?」


 しかし、だとすると、異性として好きとか気になってる以外に彼を気にする理由って何だろうか?

 ヴィオリーチェが何だか神妙な顔でもじもじしているものだから、私はせっつきたい気持ちと、彼女が話し出すまで大人しく待つべき…という相反した気持ちでちょっと悩んだ。


「…あ、そう言えば、この世界だとジャンくんってクラウス先輩と仲が良いんだね。公園にも一緒に居たし。…ゲームだとそこまで絡みがなかった気がするからちょっとびっくり…」


「!!!!やっぱりそう思いますわよね!!そうなんですの!あの二人、仲が良いみたいなんですわ!」


 何となく場を和ませようと思って雑談を交えたつもりだったんだけど、その話題にヴィオリーチェは思いの外強い勢いで食いついてきた。なんならちょっと食い気味ですらあった。


「お、おう…?」


「ゲームだとクラウスはユリシェン絡みの会話イベントが多かったですし、ジャンはソルとの組み合わせを公式でも押している雰囲気がありましたから、わたくしも当初はそう言う感じで考えていたんですけれど―――――…」


 いつになく目を輝かせ興奮した様子で早口に捲し立てるこんな姿を、こんなヴィオリーチェを見たことがあるのはおそらくこの世界で私ただ一人だろうという確信がある。この目には、この態度には、凄く、凄く心当たりがある……。


「わたくしもこの学園に来てから二人が話しているのを何度か見かけたのですけれど、その雰囲気と言うか…並んだ姿と言うか、そう言うのを、わたくし…、その…なんだか…"良いな"って、思ってしまいまして…!」


 彼女の瞳に、雰囲気に、言葉だけでは伝わらない熱量が、確かにそこにはあった。


「ヴィオリーチェ…。…まさか、ジャンくんとクラウス先輩のことを…」

「…あ」


 私の様子に気が付いたのだろう。急にヴィオリーチェは言葉を止めて、一瞬固まった。そして、一度俯いてから、意を決したような表情でゆっくりと顔を上げる。


「………」

「………。ええ、わたくしは、あの二人を…二人のカップリングを、推しているんですわ…」


 絞り出すように、恥じらうようにしながら、ヴィオリーチェはハッキリとそう言った。


「そうだったんだ…」


 勿論、驚きはあった。

 しかし、妙な納得もあった。

 この世界の元となっているゲームは乙女ゲームだ。ゲームの主題はPLが主人公アルカシアとなって気に入った男の子との恋愛を楽しむというものになっている。

 しかし、私が男性キャラクターを差し置いてライバルキャラであるヴィオリーチェを最推しとしているように、このゲームに置いて♂×♂のカップリングを推している…いわゆるBL(ボーイズラブ)派閥の女子たちがいることもまた私は知っていたのだ。(公式でペアになってるイラストのグッズ販売とかもしてたし…!)

 そこで"ときめき"に出会ってしまったのなら、それが男だろうが女だろうが、男同士の組み合わせだろうが関係ないだろう。


「…軽蔑しますかしら…。わたくしが…実は…BLが好きだなんてこと…」

「そんなことないよ!あの二人、確かに並んでると絵になったと思うし…」

「…そ、そうですわよね!?」

「勢いが凄い」


 推しに対するパワーってやっぱりすごいな…。私はついしみじみとしてしまった。身に覚えがないこともない。


「ご、ごめんなさい。つい…」

「そんな様子だと、この間私たちが3人でいたのを見た時も本当は結構心が大変だったんじゃ…」

「そう…そうなんですの。あの時は貴女のことで必死だったから大丈夫だったんですけれど…あの後改めて思い返したら、どうしてあの二人はあの時、公園に二人で居たの!?等考えだしてしまい色々悶々としてしまって……」

「………本物だこれは…」

「……ちなみにわたくし、クラウス×ジャンではなくてジャン×クラウスの方が個人的にクるなって……」

「………あ~…」

 そうだよね…。ヴィオリーチェ、今までこんなこと語れる相手が居なかったんだもんね…。

 自分から推しカプについて語り出すヴィオリーチェに、私に口を挟む余地がなかった。今はただ、彼女の情熱を受け止めよう…そう思った。


 普段完全無欠の貴族のご令嬢であるヴィオリーチェは、この瞬間完全にただのBL好きのオタク女子だった。

 …いいよ、ヴィオリーチェ。いいよ…。二次元の推しがリアルになっちゃった驚きと喜びはわかるよ…。その興奮を一人で抱えてるの、辛かったよね……。わかるよ…。


 そしてこの日、私はこれまでずっと誰にも語れずため込まれていたヴィオリーチェの熱いBL推しカプトークを聞き続けることになったのだった。

 私たちの間にまた一つ"二人だけの秘密"が増えたけれど、………うん…まぁ、これは宗教みたいなもんだからね…!!





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