第41話 二人三脚

 仁内はスマホを使い、体育館にいる風間あやめに電話をかけた。


「私の宿敵の姿が見えないようだが」


「ああ、一文字さんなら参加してないわよ。校門近くでポイント分けて貰おうと帰る子に一族総出で声をかけてる」


 さすがの仁内も眉をピクリと動かした。


「いまさらそんな手を使って勝てるはずないだろうに。一兆ポイントって聞けば動くと思ったのになあ」


「思惑が外れて、残念だったわね」


 ざまあみろと言わんばかりの風間に仁内は若干苛立った。


「風ちゃん。もしかして一文字くんになにか吹き込んでないか?」


「そんな必要ない。あの子達は二人でちゃんと歩いてる」


 そして風間あやめはこう言って電話を切った。


「あの子達、手強いわよ」


「む」


 いやいや、まさか参加してないとは……。

 文具券じゃ足りなかったか?


 それより本郷琉生だ。


 彼は参加しているようだが、正直、彼の運動能力が平均以下なのは調べが付いている。一文字真子と別行動なのに、なぜここまで残っているのか。


 などと考えているうちに、一人の生徒が猛ダッシュで仁内に近づいてくる。


「おっと、油断した」


 すぐさまボールを引き寄せ生徒をカメラで射貫く。


「だめかーっ!」


 地団駄踏むくらい悔しがる生徒の反応を見ていると、本気になってくれているとわかるので、仁内も満足する。


「まあ、今日は楽しむだけでもいいか……」


 肩をすくめ、再度、集中力を高めた。




 一方、本郷琉生は校舎一階、職員室近くにいる。

 なぜ自分がここにいるのか自分でもわかっていない。


 ただ真子さんの指示に従っただけだ。


 階段を上り、時にゆっくり降り、たまに空き教室に身を隠し、全速力で廊下を駆け抜け、そうこうしているうちに参加生徒が次々脱落している。


「二階に上がったら、左に曲がってすぐの教室に入って」


「うん」


 ここ30分、ずっと動いているので足がしんどくなっている。

 嫌になるくらいに汗もかいてしまった。


 とはいえ、ここで動きを止めるわけにはいかない。


 上級生が使っている教室も今はがらんとしている。


「真ん中当たりで腰を低くして待ってて、多分、これから二人脱落する」


「……うん」


 なぜそこまでわかるのか。

 校舎から離れた所から、特に地図を見ているわけでもないのに、まるで占い師のようにこれから起こることをズバズバ当ててきた。


 そして今回も真子さんの言葉通り、女子生徒二人が廊下を進む姿が見えてくる。


 一人は前、一人は後ろと、役割を分担しながら慎重に動いていた。


「あの二人が脱落したら、すぐにそこから出て三階に上がって。返事はしないでいい」


 声を立てるなということだろうから、息を止め、様子をうかがう。


「あー来た、前、前!」

「わわわ!」


 女子生徒が悲鳴を上げるが、怖がっているというより楽しそうだ。


 仁内の意思で動くボールが女子生徒ふたりの間をくるくる動き回る。

 キャーキャー楽しそうに叫びながら逃げまわるふたりだったが、カシャカシャとシャッター音が聞こえてきて、


「あーん、やられたああ」

「まじつかれたー」


 満足げに廊下に寝転ぶ。


 その横を琉生が一気に駆け抜けた。


 こんな近くを通れば絶対ボールに気付かれたはずで、逃げ切るために琉生は全力で走ったが、なぜかボールは追いかけてこない。


 理由はわからないが、結果的に敵前逃亡がうまくいった。


「琉生くん、わかったことを伝えておくね」


 黒魔子は驚異的な聴力と頭の回転の速さで、敵のスペックを見抜いていた。


「ボールに着いてるカメラは画角が凄く狭い。斜め前にいても気付かれないくらいだから、死角をうまく使って移動すれば、意外と簡単に逃げ切れる」


「なるほど……」


 息切れが激しいが、真子さんの言葉を脳裏に刻みつけようと必死で呼吸を整える。

 

「それにあのカメラは連続撮影機能も弱い。続けて十秒以上シャッターが切れない。これも隙になる」


「……最新カメラって言ってるわりにはちょっと低スペックだね……」


「ううん。本当はもっと出来る子。なのに制限をかけてる。仁内校長がくれたハンディかもしれない」


 カメラを「できる子」と表現したのが実に真子さんらしいと琉生は思った。


「覚えておくね」


「それより琉生くん大丈夫? 疲れてるのわかるよ」


 やはりバレているか。

 もう息も絶え絶えだもんな。


「結構足に来てるけど、まだ行ける」


「……わかった。まだそこに待機してて」


 既に黒魔子の頭には完全な地図が描かれている。


 無数の足音、かすかに聞こえる呼吸。ボールが空を切り裂く音。時々耳に飛び込んでくる生徒たちの悲鳴と歓声。

 これらを分析し、脳内地図と照らし合わせることで、残っている生徒たちの位置、ボールの挙動、さらには仁内の意識がどこを向いているかまで、彼女はすべてを把握しているのだ。

 

「琉生くん、いま五人、良い感じで屋上に迫ってる」


「前友くんが上手くやってくれたかな」


「うん。彼は奴隷にしては優秀」


 ひどい言われようだが、実際前友はその奴隷っぷりを遺憾なく発揮した。


 遅れて校舎に侵入し、立ち往生している参加生徒に、


「実はあのカメラには死角と弱点があるんだぜ~?」


 と黒魔子が見破ったことを言いふらし、こんな感じで行けば屋上までは楽勝だと何人かに告げる。


 そして実際に動いたのが五人だった。


 彼らが仁内とやり合うなか、あとから動いた琉生がこっそり人形に触れる。

 これが琉生と黒魔子の作戦だった。


 即席で編み出した作戦のわりには思いのほかうまくいっている気がする。


「いけるかも……」


 自然と湧いてくる笑みをそのままに、琉生は静かに動き出す。


 しかし、相手も甘くない。

 本郷琉生らしくない俊敏な動きを見れば、仁内ならすぐ気付く。


「なるほど。一人でいるように見せて実際は二人で動いていると……」


 巧みな行動だと仁内は認めた。 

 

 一文字真子を表舞台に立たせなければ、変に目立つこともなく、彼女のヒミツが公になることもない。

 彼女を守りつつ、それでいて勝ちに来ている。


「面白い。素晴らしく面白い」


 仁内はそう叫ぶと、


「ならば一気に追い込んであげようじゃないか」


 すべてのカラーボールを琉生に向かって突撃させる。


「あっ、琉生くん。止まって!」


 真子さんの意表を突く大声に琉生は思わず転びそうになる。


「気付かれた! 下まで走って! 早く!」


「ここまで来たのに……!」


 もうちょっとで屋上という所だった。

 未練を引きずりながら琉生は階段を駆け下りていく。


 この戦い。そう簡単に勝敗は決まりそうにない。

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