第39話 最後の戦い(大げさ)

 クラス替え選手権最終日、いよいよ仁内大介が締めを飾る。


 橋呉高校校舎の屋上に置かれた、仁内の家宝「スーパーひとしくん人形」を制限時間45分以内に触れれば一兆ポイント。

 あるいは仁内が操る高性能カメラが付いたカラーボールから45分間逃げ切れれば高得点。おまけに豪華カタログギフトまで付いてくる。

 参加するだけでも5500円分の文具券までもらえる、ここまでするのかというくらいの大盤振る舞いに多くの生徒たちが最後の戦いに挑む。


 それぞれの教室に入り、用意されていた黄色いワッペンを身につける。


「さあ、そろそろ準備ができた頃かな?」


 仁内の声が校舎に響き渡る。


「チャイムが鳴ったら開始だ。スタート地点は各自で決めて構わない。勝負は最初の一撃で決まるかもしれないからね。とことん考え抜くといい」


 だったら最初から屋上に向かってしまえとかなりの生徒が階段を駆け上がっていく姿が琉生の目にも入ってきた。


「琉生くん、聞こえる?」


 桜帆が作ってくれた骨伝導ワイヤレスイヤホンが耳の裏にぺたりと貼りついていて、小さな筐体であっても鮮明に真子さんの声を届けてくれる。

 

「聞こえる。俺の位置はわかる?」


「教室だよね。わかるよ。そこから出て、中央の階段に向かって。そこからだと上にも下にも自由に動けるから」


「りょうかいっと……」


 指定された場所までゆっくりと歩く。

 琉生は今、完全に黒魔子の操り人形だ。

 

 昨日、大神が仁内の遠隔操作で七番勝負を勝ちまくったのと同じやり方を、二人はこの最後の戦いでやろうとしているのだ。


「ボールはまだ校長の足下に転がってる。しばらくは遠くで様子を見ようね」


「うん。一文字さんは大丈夫?」


「私は大丈夫。前友くんが凄くて……」


 そう呟く黒魔子は校門近くにいた。


 当初の予定通り、どれだけ楽しそうなイベントがあろうと、5500円の文具券を楽に手に入れる機会があろうと、そんなもの無視してさっさと家に帰ろうとするクールな連中を抱き込もうとしていたのだが、


「おお、あんた。ちょっと待ってくれ」


 そば一杯で琉生の奴隷になった前友は校門を通り抜けようとする男子生徒を馴れ馴れしく呼び止めた。


「ほら、俺だよ、俺。オレオレオレ。覚えてない? オレだよ」


 強引なやり方で足止めしてくるので、男子生徒は戸惑うばかり。


「な、なんだよ。しらないよ、オレ三年だぞ?」


「まあまあまあ。ちょっとでいいから、こっち来てこれ貰って、ねえ先輩」


 強引に校門近くの露店に引きずり込むと、そこには手打ち蕎麦スパーク、露店第二号店が勝手に作られていた。


「は~い、一名様。ご来店、これどうぞ~、無料でーす」


 露店の手伝いをしていた桜帆が、あらかじめ用意していた琉生母の手作り和菓子を三年生男子の手に乗せる。


「なんでこんな……」


 早く家に帰って受験勉強したい先輩は不満ありありだが、ここはもう言われるままにしたほうが早く帰れるだろうと渋々、羊羹ようかんを口に放り投げる。


「あ、うま……」


「では、学校支給のタブレットをこの端末にちょん付けお願いしまーす」


 桜帆特製のカードリーダーを黒魔子が有無を言わさず先輩の眼前に突き出す。


「じゃあ……」


 近づけるだけで先輩が持っていたポイントが黒魔子のタブレットに譲渡された。


「お疲れ様でーす、気をつけてお帰りくださ~い」

 

 とまあ、こんな調子で本郷家と一文字家の連合軍に奴隷を一人加えた団体芸で帰宅部生徒らのポイントを強引にかっさらっていく。


 琉生は帰宅部たちの考えをある程度読んでいた。


 彼らには常に最優先事項がある。

 勉強、遊び、趣味、推し活など人それぞれだが、学校が終わればそれぞれの優先事項に速効で手を付けたいから、光速で家に帰ろうと足早になる。

 放課後の賑わいを見て楽しそうだなとは思いつつも、参加するほどの祭りでもない。


 しかし、帰路の途中で美味そうな菓子を貰って、タブレットを端末にチョン付けするくらいの時間損失くらいなら彼らも受け入れてくれると琉生は考えたのだ。


 さらに騒ぎを聞きつけた黒魔子親衛隊まで勝手にやって来て、


「恵まれない黒魔子さんに、愛の手を~」

「愛の手を~」

「ポイント持ってる奴で黒魔子さんにあげずに最終日も帰る奴は、殺す~」

「殺す~」


 と素晴らしいというか恐ろしい熱意で帰宅部を引き留め、ポイントまでかっさらってくれる。

 

 その異様な集団を杉村光は遠くから見ていた。


「いまさらショボショボ稼いだところで追いつけるはずないじゃんよ……」


 連中を嘲笑いながら、ピザを喰らう。

 そのスタイルから想像できないほど大食漢の彼女は、露店の品物すべて食い尽くしてやろうと動き回っていた。


「これ以上本郷琉生を目立たせるわけにはいかないのよ……」


 ただの素人をシルヴィに引き入れるなど冗談じゃない。

 だから、めちゃくちゃやって、琉生が嫌がるようなこともじゃんじゃんやって、シルヴィなんて最低。シルヴィなんかとは関わりたくない。

 そう思わせたい。


 一緒のクラスになりたいというあのバカップルの願望を粉々にしようとしているのもそのためだ。

 要するに嫌われたいのである。

 そしてことは上手く運んでいると杉村は手応えを感じていた。


 ただ気になるのは、標的である本郷琉生の姿が見えないことだ。


「まさか、あいつ……。一兆ポイント狙いとか……」


 だとしたら大馬鹿だ。

 真剣勝負はもちろん、こんなくだらない遊びにおいても仁内は負けることを嫌う男だ。仁内を上回ることなど不可能だというのに。


 とはいえ気がかりがひとつある。


 本郷琉生が負けるのは確定として、その過程で奴が機転を利かせて仁内を感心させるようなことをしたら……。そう、あの時のように……。


 その時、チャイムが鳴った。


「始まった」


 思わず声が出た。


 そして体育館から聞こえる、わーっという歓声。


「面白そうっちゃ、面白そうなのよね……」


 杉村は悔しそうにピザをほおばりながら、体育館へ向かう。


 

 


 そして黒魔子もチャイムの音で一瞬動きを止めた。

 静かに校舎に視線を移し、屋上をじっと見る。


「一人でできないことも、二人なら……」


 そう呟くと、また和菓子の罠にはまった生徒にカードリーダーを突き出すのだった。

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