第38話 校長への挑戦

 クラス替え選手権。最終日。

 仁内が約束したとおり、橋呉高校は今日も近隣の方々を迎い入れた。

 昨日を上回る数の露店が軒を連ね、来訪者もさらに増えた。

 ラーメンから、うどん、すし、カレーなどなど、食べ物関係の充実ぶりもさることながら、高校生には馴染み深い文具メーカー、さらにはファッションブランドまで出店するわで、学園祭のレベルを超える特大イベントになってきた。


 サラッと琉生の親父まで立ち食い蕎麦屋を出店しており、聞かされていなかった琉生はたいそう驚いたが、他の店と比べてみても明らかに混雑しているようだったので、そこは良かった。


「今日も今日で賑やかで大変よろしいねえ」


 仁内の声が祭りの全会場に響く。


 体育館の中に巨大なスクリーンが設置されており、映像を見る限り、仁内は校舎の屋上にいるようだ。


「さあ、そろそろ今日のメインイベントを発表しよう。昨日言ったとおり、最後のの相手は私だ」


 だだっ広いだけで何もない屋上の真ん中にパイプ椅子を置き、そこに悠然と腰を下ろす仁内。

 彼を見るたびに琉生は思う。

 黙っていれば本当にカッコイイ人だと……。


「まずはこれを見て欲しい」


 部下の人がテーブルを仁内の横に設置し、その上にどこかで見たことがある赤いマントを着た人形を丁寧に置いた。


「これは私がずっと出たかったクイズ番組「世界ふしぎ発見」で初登場ながらパーフェクト賞を取ったときに、スタッフにくれとお願いしたのに断固としてくれなかったスーパーひとしくん人形だ。あまりに欲しかったからこっそり持ってって、あとで凄く叱られて結局大金で買い取った、いわくつきの品になる」


 おおおお~っと各所で声が上がるが、これには珍しく琉生も興奮する。


「あれは凄い奴だよ!」


 隣にいた真子さんを見ながら画面の人形を指さす。


「普通のひとしくん人形三個分の価値があって、今ではもう使われてないんだ! まだ大事に残ってたんだなあ。いいなあ、欲しいなあ……」


「そ、そうなんだ……」


 どうしてあんなしわくちゃな人形に皆ひきつけられるのかわからない黒魔子。


「これは私にとって家宝みたいなもんでね。ずっと家に飾ってるんだ。ちなみにこれ以降私は番組に一度も呼ばれていない。本当に申し訳ないと思っている」


 琉生の後ろにいた前友がこっそり話しかけてくる。


「あのパーフェクト賞って、校長が変な力使って黒柳さんの答え全部カンニングしたって噂の奴だろ? あの人ならやりかねないな……」


 意地悪く笑う前友司であったが、


「ここで前友司のポイントをすべて没収」


「ええ?! なんで聞こえるんだ?!」


 例え屋上にいても、仁内の力は些細な悪口も聞き逃しはしない。


「とにかく、制限時間45分以内に屋上に来て私の家宝を手に持った勝者には、一兆ポイント上げようじゃないか。どうだい?」


 ええ~っという不満そうな声と、しょうもねえという笑い声が同時に湧き上がる。


「やっぱり来たな、バラエティのお約束だ」

「そうだね。億かと思ったら兆だったけど……」


「まず、これから15分間、チャレンジに参加したい生徒を募る。それぞれ自分の教室に戻ったら、箱が置いてあるんでその中にあるワッペンを一つ取って腕に付けて欲しい。これが参加条件だ。ちなみに参加できるのは橋呉の学生のみであって、それ以外の方はただ楽しんでいただきたい」


 仁内のそばにまた部下の人がやって来て、持っていた小さいダンボールを逆さまにして、カラーボールをコンクリートの床にぶちまけた。


「言っておくが。私もおいそれと家宝に触れさせるつもりはない。全力全開で君たちを妨害しよう」


 椅子に座ったままの仁内。

 その足下に転がっていたカラーボールたちが突然ひとりでに浮き上がり、仁内のまわりを衛星のように回り始める。


「ご覧の通りただのカラーボールだが、ひとつひとつにシルヴィが作った高性能カメラが付いている。このカメラに全身の写真を撮られると、付けているワッペンの色が変わる。そうなるとアウト。失格だ。ちなみにカラーボールの数は13。私の家宝に触れるまではいかないけれど、制限時間までに逃げ切れた生徒にはそれなりに高ポイントを上げようじゃないか」


 さらに仁内はこうまで言う。


「せっかくの祭りだし、なるべく多くの生徒に参加して欲しいとは思っている。とはいえもう最終日だし、ちまちまポイント稼いだって意味ねえと思っている生徒もいるだろう。そもそも最初から興味がなかった生徒もいるしね。だからここまで誘っておいて参加人数が少ないとナイーブな私は傷ついてしまう。だからはっきり言おう。私は君たちを物で釣る。誰になんといわれようと物で釣る。カメラの向こう側で風間あやめが凄い顔で睨んでるけど、私は自費で君たちを物で釣る」


 凄い意気込みを見せる仁内の気迫に皆が息を飲む。


「まず参加賞として5500円分の全国共通文具券だ。これさえあればクルトガダイブを定価で買える。オレンズネロなら釣りが出るから良いノートも買える。ツバメノート、ロルバーン、ペルパネプ、グラフィーロ、ニーモシネ……」


「まじか……」


 橋呉高校生徒にとって、ここ数日間で一番心を揺さぶられた瞬間かもしれない。

 

 学生にとって良い文房具を持っているかどうかは勉強の質に多大な影響を与えるものだ。


「さらに制限時間内まで逃げ切れた生徒にはシルヴィが社員の結婚式で使っているカタログギフトをあげようじゃないか。これははっきり言って凄いよ」


 ほれほれと分厚いカタログを宙に浮かせる仁内。

 

「おおおお……」


 やはり物欲は人を動かす。

 地を這うようなざわめきが学校を覆うなか、琉生と真子は頷きあった。


「じゃあ、行くね」


 琉生の言葉に緊張を感じ取った黒魔子は琉生の手を自分の頬に当てた。


「大丈夫、琉生くんなら絶対大丈夫」


 ただ勇気づけるための空虚な励ましではない。

 黒魔子は手応えを感じていた。


 確かに仁内の大盤振る舞いは自信の表れだ。

 彼は自分の勝利を信じて疑っていない。

 どう頑張っても、ひとしくん人形には指一本触れられないと確信している。

 

 しかし、真子は仁内の言葉を聞いて、ほくそ笑んだのである。

 例えるなら、一夜漬けのテスト勉強がドンピシャでハマったあの気持ちよさであろうか。


「一人じゃできないことも、二人ならできる」


 かつて琉生が言ったことを今度は黒魔子が口にした。

 そして誰の目にも入らないくらいの速さで琉生のおでこと唇に自分の唇をつけた。


 彼女からすれば何も感じることがない意味のない行為であっても、琉生からすれば顔を真っ赤にさせるくらいのパワーがある。


「頑張って」


「よし! やってやる!」


 鼻息を荒くさせ、琉生は教室まで歩いていった。





 作者から一応の注解。

 仁内が用意した全国共通文具券はかなり前に利用が停止されており、今は存在しておりません。

 あくまでリアルとは少し違う世界の話であるとご了承ください。

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