第36話 勝つために、ただ、勝つために

 巧みな演出とパワーで体育館を支配した大神完二であったが、彼の弱点を突いた一文字真子との書道対決には勝てなかった。


 真のヒーローは勝ったときではなく、負けたときの方が騒ぎになる。

 大神完二の口から「参った」という言葉が出たときの体育館は、それはもう凄まじい熱量に包まれた。


 土俵のそばから黒魔子を心配そうに眺めていた親衛隊に至っては、


「うきゃーっ!」

「むひーっ!」

 

 と、文字にしたら人の言葉とは思えない絶叫を発して歓喜をあらわにする。


「一文字さんの勝ち!」


 風間あやめが豪快に黒魔子の腕をつかんで叫ぶと、さらに盛り上がり、皆一斉にスマホのカメラで撮影し始める。


「えっと……」


 こんなに盛り上がられると、封じ込めていた人見知りが顔を出し、おどおどし始める黒魔子。しかし風間はこっそり耳打ちする。


「笑顔笑顔。それで十分」


「あ、はい……」


 敗れた大神も本業で負けたわけでもないので、こればかりは仕方ないと落ち着いた表情で黒魔子に近づく。


「杉村から聞いてたのと違うな。なかなか舞台根性がある。気に入った」


 右手を差し出し握手を求める。


「私は別に……」


 シルヴィに入りたくてこんなアピールをしたわけではないと戸惑いながらも握手に応じる黒魔子。


「わかってる。勝ちたいだけだろ?」


 大神は静かに笑う。


「いい心がけだが、勝負はまだ終わってねえぞ。めんどいのがふたりいる」


「……」


 大神の視線の先にいたもの。

 そう、杉村光と仁内大介!


 そして仁内は拍手をしながら閉会の言葉をみなに伝える。


「今日はとても面白い物を見せてもらった。実に楽しかったよ。ご近所のみなさんもようこそ来てくださいました。ゆっくり楽しんでくださいと、閉めでいうことではないですね」


 どっと近隣の方々を和ませる校長。


「ここまで盛り上がるとそもそもなんでこんなことしてるか分かんなくなるけど、クラス替え選手権はまだ続いているし、最終日は明日だ。このお祭りも明日の放課後再開する。結構楽しかったから、明日はもっといろんな店を呼ぼうと思う。近所の皆様、明日は夕飯抜きでも構いませんよ」


 おお、ふとっぱらと盛り上がる会場。


「ついでに言っておくと、明日のビックチャレンジは私だ。大トリにふさわしい人選だと思わないかな?」


 おお~とさらに声が上がる。


「詳しくは当日、話そう。では今日は解散してくれ。お疲れ様」


 こうして急ごしらえの祭りは終わり、帰宅するもの、部活動を再開する生徒、塾へと向かう生徒、足取りは様々である。

 

 黒魔子は土俵を下り琉生の元へ向かったが、その道中で橋呉高校のアプリを開いて、立ち止まった。


 大神完二に勝ったことで大量のポイントを手に入れたのは間違いない。

 しかし順位はまだ二位。


 上には上がいる。

 それが誰だか、考えなくても分かる。


「お疲れさま」


 さらりと呟いてあえて黒魔子の横を通り過ぎる杉村光。

 思わせぶりにこちらを見てニヤリと笑い、人混みの中に消えていく。


「……」

 

 黒魔子は気付いた。

 やはり私はあの女が好きくないと……。


「一文字さん……、大丈夫?」


 大神に勝った直後はすぐにでも駆けつけて一緒に勝利を喜びたかった琉生であるが、真子さんの曇り顔にはもう気付いている。


「まだ一位じゃないみたい」


「そうか……」

 琉生も誰が一位なのかはもうわかっている様子。


 要所要所で大きなポイントをかっさらって上位に食い込むのが黒魔子のやり方なら、杉村は自分の魅力とコネを使って大勢の生徒から少しずつポイントを集めるチリも積もれば山となる戦法。

 さらに光と友人たちはこの祭りの中を縦横無尽に動き回り、クラス替え選手権にさほど興味がない生徒たちに片っ端から声をかけ、ポイントをかっさらうことに成功していた。


「一位にならなきゃ、意味がないのに……」


 クラス替えの指名権を得ることができる生徒は上位四名だが、指名した生徒がかぶった場合はより上位の生徒に指名権がある。

 一位になった杉村光が真っ先に本郷琉生を指名した場合、二位の一文字真子はもうどうすることもできない。


「なんだよ黒魔子ちゃん、割と真剣にポイント稼いでる派だったのか?」


 前友司が露店で買ったたこ焼きを食べながら近づいてくる。


「言ってくれりゃポイントあげたのになあ……」


 その言葉に黒魔子の鋭い視線が前友を貫く。

 まさかお前も杉村にポイントを上げたのか、あげたんなら殺すとばかりの熱視線を浴びた前友は自然と後ずさる。


「い、いや、なんか欲しいものあるなら言えって言われてさ、欲しいものリストを渡した後、何の返事もない」


「欲しいものリストって……、何をリクエストしたわけ?」


「オルセーにあるミレーの晩鐘と春だったと思う」


「そりゃ絶対無理だ……」


 言うならば日本政府に三種の神器よこせと迫るようなもので、絶対不可能な案件であろう。


「だろ? いくらシルヴィでも絶対無理だ。ってか、そもそももらったタブレットを風呂場で使ってたら動かなくなっちゃって、ポイントもへったくれもないんだけどさ、はっはっは」


「ホント、駄目な奴ね、あんたは」


 どこからか桐山美羽がやって来た。

 その後ろには申し訳なさそうな相田李衣菜もいる。

 

 なんと相田李衣菜は黒魔子親衛隊でありながら杉村光に全ポイント譲渡してしまったらしい。


「まさか黒魔子ちゃんがポイント稼ぎしてるって知らなくて……。私達、仁内校長に凄い量のポイント貰ってたんだけど……」

 

 朝から並んで手に入れたブランドの限定品を盗まれ台無しにされた桐山と相田に仁内はお見舞いとばかりにかなりのポイントを進呈していた。


 強盗に襲われても果敢に立ち向かった勇気、すぐさま警察に駆け込んだ初動の判断の良さ、大事な物を奪われてもしょげずに立ち直ろうとした気迫。

 すべてが立派だと、仁内は二人を大いに称えたという。


 有名人に褒められ、気を良くした二人に杉村は早速接触した。

 

 モデルもやっている杉村はツテを頼り、盗まれ汚された限定品のかわりになる品を用意するよう、ブランドに掛け合ってくれるという。


 その替わりにポイントちょうだいと言われ、断る理由もないふたりはさっさとポイントすべてを杉村に渡した。というわけだ。


「ごめんね。知ってたら断ってたんだけど……」


 両手を合わせて必死に謝る相田と、


「う、うん。私も知ってたら断ってた……」


 誰が聞いても嘘だとわかる薄い反応の桐山。


「謝る必要なんてない。ふたりともそれで良かった」


 黒魔子は心からそう言った。


 とはいえ、杉村光とのポイント差は予想以上に離れているかもしれない。

 そして明日は最終日。


 杉村光を上回るには何をすればいいのか。


「こうなったら勝ちたいよな……」


 琉生は考える。

 桜帆とも約束したし、真子さんのここまでの頑張りを無駄にしたくない。


 となれば……。

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