第30話 大神劇場

 桐山と相田の手荷物をひったくって捨てた逃亡犯。

 奴らが利用するたった一台の軽自動車を追っかけるため、戦争すんのかと疑うレベルの物量で責め立てる杉村光。


 一部始終をネットで生配信することで莫大な利益を上げつつ、空と陸から同時に責め立てるその徹底ぶりに琉生たちは圧倒される。

 得意げな杉村光であったが、彼女に隠された「焦り」を黒魔子は感じ取り、ただ一人、杉村光を見続けていた。


 さて、今回の作戦を企画したのは杉村光であるが、現場の指揮官はシルヴィの人気者、大神完二が行っている。

 彼もまた犯罪者には容赦しない男だった。


「みんな、あの白いハイトワゴンを見てくれ!」


 世界中の視聴者に呼びかける大神。


「犯人は俺たちが最近作った学校の生徒から大事なものを奪って逃げた! どうやら、転売屋に売りさばこうとしたらしいが、お目当てのものとは違ったようで、道に放り投げて捨てちまった。そのせいで苦労して手に入れた限定品が使いもんにならなくなっちまった。盗まれた生徒はショックで寝込んじまってる」


「……」


 ショックで寝込んでいるはずなのに学校を無断欠勤してスイーツをやけ食いしているふたりの被害者が顔を見合わせる。


 しかし真相を知らない視聴者は、


「可哀相に……」

「許せない」

「ガミさん、やってやれ!」

「転売屋には死!」


 と励ましのメッセージを送り続ける。


「よし、作戦開始だ。目には目を!」


 大神が威勢良く叫ぶと、上空を飛んでいたヘリ、さらに装甲車から大量の水が降り注ぐ。


 その勢いたるや、豪雨とか水鉄砲なんて表現を優に超え、レーザーのよう。


 大量の水を浴びて視界を失った車は急ブレーキして停車する。

 

 既にシルヴィは標的の車を交通量の少ない道に追い込んでいたので、この水噴射に巻き込まれる他の車や人はいない。

 だからこそ水の勢いはさらに増し、頑丈な車体に穴が開くのではと思われるくらいの鋭い一撃が襲いかかる。


 車内にも徐々に水が浸水しているようで、このままでは溺れると気付いた犯人グループは怖くなって、前が見えない状態で強引に車を走らせる。


 そこから配信はさらに盛り上がる。


「奴らを追い越せ!」

 

 大神の乗ったヘリが指示通りに飛行すると、


「ショータイムだ!」


 プロレス団体に所属して、そこでもヒールとして活躍する大神は「見せ方」というのも心得ている。

 

 彼はヘリから手ぶらで飛び降りた。

 パラシュート、ワイヤーなど一切無し、ただの急降下。


 命知らずの行為に琉生たちは悲鳴を上げ、一人だけ別行動だった黒魔子ですらビクッと体を震わせて驚き、とうとう画面に釘付けになる。


 恐らく店にいた人達も配信を見ていたのだろう。

 一斉に同じタイミングでざわつき始めた。


 大神は小型のWebカメラを体のどこかに付けていたようで、これ以降の配信はすべて大神視点になった。

 ゆえにヘリから飛び降りた映像は凄まじい臨場感で視聴者を釘付けにさせた。


 あれだけの高さから飛び降りたのに、なんのダメージもないらしく、大神は平然と歩き出す。

 その視線の先には暴走を続ける車がいる。


 このままではぶつかる!

 恐らく大勢の視聴者が目をそらしたに違いない。


 しかし。


「えいしゃ、おら、えいしゃあ!」


 落雷のような声を出し、迫る車にストレートパンチを繰り出す。


 人間、対、自動車。


 両者がぶつかればどちらの方が潰されるか、幼稚園児でもわかる問題なのに、今回ばかりは正解が逆になる。

 

 重い一撃で車は停止し、攻撃を浴びた箇所が大きく陥没する。

 白と黒の煙が大量に排出され、乗っていた犯人たちがアリのように車から這い出てきた。


「なんなんだよ、これは~!」

「もう勘弁してくれ! 死にたくねえ!」

「俺たちは、頼まれただけなんだって!」

「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」


 許してと殺さないでを連呼する四人の男の素顔が全世界にあらわになった。


 しかし大神は彼らを無視し、あくまで視聴者に呼びかけた。


「みんな、ありがとな。今日の配信はここまでだ。この動画が良いと思ったら高評価、チャンネル登録……」


 お馴染みの言葉が出てきたところで杉村はノートパソコンを閉じた。


「はい終わり。一件落着」


 ニコニコ顔でふたりの被害者を見つめる光。


「う、うん……」

「ありがとう……」


 憎き犯人が捕まってスッキリした気持ちはあるが、ここまでやってくれと頼んだ覚えもない。ゆえに戸惑う女子高生ふたり。

 桐山美羽に至っては「あとで捜査費用とか請求してこないよね」と光に確認するほどだった。無論ないと光が答えたので安心したようだが。


「では解散ってことで。放課後、学校で会いましょ」


 颯爽と立ち上がって杉村光は店を出て行く。

 勝ち誇った眼差しを黒魔子にぶつけることはもちろん忘れない。


 杉村がいなくなったのを皮切りに、一人、また一人と立ち上がる。


「じゃ、私達も行こうか」

「うん、わざわざありがとね」


 桐山と相田は琉生たちに礼を言って去って行ったが、レシートに書かれた金額を見てぶっ倒れそうになっていた。


「いやー、いいもの見させてもらったぜ」


 司は満足そうに立ち上がり、


「じゃ、俺も先に行くんで」


 と声をかける。

 黒魔子が難しい顔で腕組みしている姿を見ると、何を思ったのか、ニヤニヤしながら出て行った。


 そして残った二人。


「凄いなあ。シルヴィってホントに徹底してるよね」


 感心する琉生であったが、さすがに真子さんの様子がおかしいのには気付く。


「……」


 仏頂面のまま、天井を睨みつけている。


 あれ、ゴキゲン斜め?


 もしかして動画配信に夢中になっちゃったことで放置したから……?

 これは、もしや、修羅場……?

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