第29話 シルヴィの黙示録
道ばたで謎の覆面集団に囲まれ、所持品全部盗まれるはめになった桐山美羽と相田李衣菜。
どういうわけか荷物は全て戻ってきたが泥水まみれのひどい状態。
悔しい思いを払拭するためにやけ食いを続け、夢中になるあまり学校や親御さんに連絡することすら忘れていた。
彼女らの話を聞いていた黒魔子は、犯人グループを捕まえると宣言するが、突如シルヴィの杉村光が乱入し、皆を唖然とさせる!
「話はしっかり盗聴させてもらったわ」
「そんなことよく堂々と言えるな」
正しいツッコミをした前友司を椅子から引きずり下ろし、自分が代わりに腰掛ける杉村光。
隣にいた琉生と密着する形になり、真子さんが明らかに不機嫌になる。
その姿を見て光はフンと鼻で笑い、テーブルの上にドンとノートパソコンを置いた。
「今の私は橋呉のアイドルじゃなく、シルヴィのエースとして来てるから」
桐山美羽はなんだこいつと言わんばかりの顔で怪しんでいるが、相田李衣菜は間近で見るモデルにすっかり見とれ、頬を赤らめている。
「光ちゃんもいい……、こっちはこっちでお姫様みたいで、いい……」
もはや可愛いものならなんでも良いのであろう。
ただし黒魔子と違って杉村はファンサービスがしっかりしており、相田李衣菜の手をにぎにぎしながら、笑顔を振りまく。
「私の大事な友達をひどいめに遭わせたクズどもがどこにいるか、探してみようじゃないの」
そしてパソコンに驚くべき画像を表示させる。
「これ、シルヴィが持ってる衛星とかドローンとかライブカメラとか使えるものバンバン使って合成した映像」
「げ、マジか」
前友司がドン引くのも無理はない。
桐山美羽と相田李衣菜が男三人に囲まれ、まさに所持品を盗まれる瞬間が驚くほど高精細に映し出されている。
マスクとサングラスで顔を隠す男たちの上にカーソルを置くと、名前、顔写真、住所、今に至るまでの経歴、銀行口座、家族構成など、ありとあらゆる個人情報がもろに出てきた。
「……凄い」
思わず本音が漏れる琉生。
隣に座る黒魔子もその情報を怪訝な顔で見つめる。
「あの……、私達のことも筒抜け……?」
桐山がおそるおそる訪ねると、
「見てみる?」
カーソルを画像の中の二人に近づける光。
「いやいやいや!」
二人同時に激しく拒絶。
「別に見られて困るものなんてないでしょ?」
光は笑いながら、カーソルを白い軽ワゴンに移動した。
静止画はドンドン拡大していって、車のナンバーが識別できるまでになる。
「偽造ナンバーってわけでもなく、個人情報はダダ漏れ。恐ろしいくらいのド素人」
つまらなそうに欠伸をする光。
「とはいえ、こういう小悪党こそ、現実を思い知らせる必要があるわけよ」
言い切ると光はスマホを取り出し誰かに電話する。
「こっちは用意できました。お願いしま~す」
元気に声を出す。
直後、もの凄い音を立てて上空をヘリコプターが飛んでいく。
ひとつではなく、ふたつ、いや、三機。
かなりの低空飛行。
プロペラ音の凄まじさで道行く人ら全員が耳を塞ぎ、琉生たちがいた店の窓は振動でカタカタ揺れる。
「おい! あんたが呼んだのか!?」
耳を塞ぎながら司が光に迫るが、光は機嫌よさげに体を揺らすだけで返事はない。
「これじゃあ地獄の黙示録じゃねえか!」
前友が何を言いたかったのかわからなかった人は自力で調べていただくとして、彼の言うとおり、狂気の沙汰と言えばそうかもしれない。
素人のひったくり犯が乗った軽自動車を追いかけるために、シルヴィはヘリコプターを三機、さらには装甲車三台を用意していた。
呆気にとられる生徒たちを見て、光は勝ち誇ったように言う。
「これが私達のやり方」
誰も返事をしない。
「さあ、これから面白くなるわよ~」
シルヴィはYouTubeに自分たちのチャンネルを持っており、かなりの収益を得ている。
昨日の「あやめん」が繰り広げた虚しい食レポもあれば、シルヴィのサブリーダー仁内は頻繁にゲーム実況を行っており、かなりの視聴者数を稼いでいる。
おまけにリーダーの稲葉フレンが世界中の著名人と政治や経済について実のある対談をするときもあったり、とにかくジャンルが幅広い。
だが最も人気があるのは仕事場からの生配信だろう。
なにせ彼らの職場は激しく、間近で見る機会は早々にない。
そして今まさに、ひったくり犯の追跡が世界中に配信される。
「みんな久しぶりだな、大神だ! 俺は今、山梨県の上空をヘリで飛んでいる!」
自撮り棒を使って自らを撮影する大神完二。
後ろの背景を見れば、確かにヘリの中にいるのがわかる。
シルヴィでも最強クラスの怪力を誇り、その豪快な性格と、親しみやすいキャラクターで大人気の大神完二が数年ぶりの生配信。
視聴者数はあっという間に万を超え、目で追い切れないほどのスパチャが乱れ飛ぶ。そのさまを唖然と見つめる橋呉生徒たち。
「ここで集めた金で校舎が新しくなったりしねえかな……」
ぼそっと前友が呟くが、誰も返事することなく生配信に夢中になっている。
ただ一人、黒魔子だけが、パソコンではなく杉村光を見ていた。
ここまでやるのかと言うくらいの物量でひったくり犯を追い詰める杉村は、一見すれば余裕綽々で、大胆不敵で、ふてぶてしい。
しかし黒魔子だけは気付いていた。
彼女にしか見破れない、杉村光の揺らぎを感じてしまっている。
何かに追われているような、切羽詰まった感じ。
彼女は今、凄く焦っている。
凄く、必死なのだと。
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