第28話 怒れる者たち

 黒魔子は本当に見つけてしまった。

 駅前にある、リーズナブルな価格でたらふくスイーツを食べられる女子高生にとっての聖地と言える店に、桐山美羽と相田李衣菜は本当にいた。


「凄い……」

 

 あらためて真子さんの能力に舌を巻くと同時に、


「あーもう、何食べてもむかつく!」

「すみません、チーズケーキふたつ!」


 髪を逆立ててスイーツをかっ込んでいる桐山美羽と相田李衣菜の姿に圧倒された。


「あ、昨日のバカップルじゃん」


 桐山美羽が琉生たちに気付いたときには、その口元はクリームまみれで、テーブルの上には空になった皿が段積みになっており、さながらスイーツ専門店と言うより、


「ここは回転寿司か……」


 と呟いた前友司の表現の方がふさわしいように思えた。


 さらに相田李衣菜に至っては、目の前に現れた推しの黒魔子さまに驚き、可愛いを連呼しまくる迷惑客と化してしまい、琉生と前友が落ち着けと必死になだめる形になる。


 こうして四人のテーブル席に五人が座るという、やや息苦しい状況の中、琉生はなぜここに自分たちが来たか説明した。


「え、無断欠席?」


 言われた途端、桐山と相田両名が、あちゃーというリアクションをした。


「学校に電話すんの忘れちゃったね~」

「あ、家からも電話来てる」


 気付かなかったね~、とケラケラ笑う。

 仲がよさげで何よりだが、


「部外者の俺が言うべきでないかもしれんが、あえて言おう……」


 前友が琉生と真子を見つめる。


「帰って良い案件と思われるが……」


 確かにその通りだと琉生は感じたが、真子さんは違っている。


「ふたりとも、目が赤いよ」


 優しいながらも鋭く言い放って、ふたりの女子高生を黙らせる。

 さらには、


「何があったのか話して」


 と優しく語りかける。


「う……」


 普段は愛想がない黒魔子が聖母のように振る舞うので、それだけで揺さぶりになる。

 ほだされた桐山と相田は見つめ合い、頷き、そして食べまくる。


「ああ、思い出してまたお腹がすいた!」

「悔しい! すっごく悔しい!」


 そして桐山美羽はドンとテーブルを叩く。


「引ったくりよ!」

「そう、引ったくりにあったの!」


 そりゃただ事ではないと目を合わせる琉生と前友。


「よろしい事情を聞こうじゃないか。詳しく話してくれたまえ」


 探偵ぶる前友に桐山は冷たい眼差しをぶつける。


「あんたに話したところでどうにかなるの?」


「ならん」


「じゃあ、いいわよ。自分らでするから」


 その前にむしゃくしゃするから甘いものでも食べようとふたりでこの店に入ったら、何もかも忘れて喰いまくってしまったというオチのようだ。


「なら帰ろうや。見つけたんだから目的達成だろ?」


 しかし琉生は首を振り、桐山と相田を交互に見た。

 

「ほっとけないよ。学校にも説明するべきだし、話してくれないかな」


「実はさあ……」


「言うのかよ!」


 ようやくふたりの女子高生は自身に起きた事件を話してくれた。

 とはいえ、ある程度説明したら、腹が立ってまた食う、というのが繰り返されてしまったので、話を要約すると以下のようになる。


 好きなブランドの新製品が数量限定で発売されることになり、ふたりは学校を欠席して朝から店に並んだ。


「おい、そんな不純な動機で休むなよ。行儀が悪いぜ。なあ?」


 信じられないと首を振る前友。どの面下げて言うのか。


 しかし早朝から並んだ甲斐もあり、ふたりはお目当ての限定品を一式ゲットすることができた。

 あまりに嬉しくてスキップしながら帰る勢いだったが、事件はその時起こる。


 突然ふたりの前を一台の軽ワゴンが停車し、立ち塞がる形になる。

 開いたドアから出てきたのはマスクとサングラスで顔を隠した体格の良い男三人で、そいつらは力に任せて二人の手荷物を根こそぎ持って行ってしまった。


「もう最悪の中の最悪よ」


 吐き捨てる桐山美羽。怒りのあまりスプーンを持つ手が震えているが、抵抗したときに怪我をしたのか、腕に包帯をしていた。


「やっと手に入れたもんも、スマホも、財布も、みーんな、持ってかれた!」


「黒魔子さんに会えてなかったら私死んでたかもしんない!」


 そしてまた食べ狂うふたりの女子高生。


「大変だったね……」


 琉生も真子も身を切られる思いだった。


 さぞ怖い思いをしただろう。男三人に囲まれて襲われるなんてひどすぎる話だ。

 今はこうしてやけ食いしているが、ここに至るまで彼女たちが涙を流したのはその赤く腫れ上がった目を見ればわかる。

 

 しかし前友だけは冷静だった。


「おい待て。あんたら、手ぶらでこの店入ったのか? なんもかんも盗まれたら金なんかないだろ?」


「んなわけないでしょ。バカなの?」


 そう言って桐山はテーブルの上に泥まみれのトートバッグを置いた。

 汚れているだけでなく、水を吸ったのか湿っている。


「交番に行って、おまわりさんに話してたときに親切な人が来てくれた。これが道に落ちてたんだけど、もしかしたキミらのじゃないかって……」


 隣にいた相田もすっかり汚れたリュックを前友に見せつける。


「あいつら、盗った物を水たまりに捨てて逃げたんだよ」


「そいつはひでえ話だが、いったい何を取られたんだ? 限定品か?」


「無事。みんな無事。全部ドロドロだけど何も取られなかった。ドロドロだけど」


 ドロドロを二度繰り返すのだから、相当ひどい状況なのだろう。


「何も取られなかったって……、じゃあなんでそもそも盗むんだよ」


「私らが知るわけないでしょ! バカなの!?」


 そんな怒んなくても……と小さくなる前友。


 その時、とうとう真子さんが口を開いた。


「私に任せて」


 いつもより眼が尖っている。

 これは明らかに怒っている。


「私が見つけ出す」


 その力強い言葉にふたりの女子は唖然とした。


「え、ひったくり犯を見つけるの?」


 黒魔子は静かに頷く。


「私に任せて。絶対見つける」


 しかし。


「その話、ちょっと待ってもらおうかしら」


 聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 そう、杉村光であった。 

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