第31話 三者三様

 怒り方というのは人それぞれ、千差万別である。

 火山の噴火のように憤りを爆発させる短期型もいれば、怒りを内に貯め込んでしばらく愛想が悪くなったり無視を決め込んだりする長期型の人もいる。


 一文字真子という女性の場合、おそらく長期型だろうと琉生は考えていたが、彼女のことをほったらかしてシルヴィの生配信に夢中になったことで、とうとう怒らせてしまったかもしれないと琉生は焦ってしまった。


 しかし、当然のことながらそれは誤解であり、一文字真子はこの短い間に有益と思われる情報をかなりつかんでいたのである。


「あの配信のおかげで色々わかったよ」


「わかった……?」


「あの大神さんは、私と似ている」


 黒魔子が言いたいのは無論、見た目ではなく「つくり」のことだ。


「彼は右肘と左足が機械になってる、私とは仕組みが違うから、メンテが大変そう」


「そ……、そうなんだ」


 桜帆から少し聞いただけだが、真子さんはマオーバに改造されたけれど決して「ロボット」になったわけではないらしい。

 

 真子さんが「似ている」という言葉を使ったのはその違いからだろうか。


「あと、腰の古傷が完治してないせいで動きが若干遅い」


 黒魔子にとって最大の収穫がそこにあった。


「覚えておいた方が良い……」


 もしかしたらクラス替え選手権において大神は障害になるかもしれないと黒魔子は考えているので、貴重な情報をゲットしたと思っているようだ。


 そしてさらにもう一つ見抜いていた。


「杉村さん、凄く焦っている」


「あれで……?」


 どう見たってはしゃいでいたが、真子さんは首を振る。


「強がってるように見せて、そわそわしてて、どうしたのかなって」


 心配そうな顔をするが、はっとしたように頬をポンと叩いた。

 目を覚ませと言わんばかり。


「でもこれ以上、あの子とのことは考えない」


 やはり好きか嫌いかでいうと、好きではないらしい。


「はは……」


 琉生は苦笑しつつ、あらためて真子さんの凄さに舌を巻いた。

 

 観察眼、洞察力が並大抵じゃない。

 桐山と相田の居所まですぐ探ったし、いろんな能力が高すぎて、もはや超能力者のように見える。


「一文字さんが探偵になったら、すごいだろうね」


 何気なく言った言葉だったが、


「探偵……?」


 彼女には妙に染みたのか、しばらく考え込むのだった。





 さて、黒魔子に「焦っている」と指摘された杉村光。

 琉生たちと別れるや、大神完二が待つ現場に向かった。


「ほれ、事件の資料だ。一応聞き込みもしといたぞ」


「さすがガミさん」


 光は大神を大いに信頼し、頼っている。

 一回の説明で百まで理解し、きっちり動いてくれる人材はそういない。


「連中は一応こっちのアジトに連れて行くが、警察の方からも突き上げが来てるから、尋問したけりゃ今日しかないぜ」


「ただの転売屋の手先です。これ以上何か聞いたって、知らない、自分らは悪くない、だけでしょ? 後は警察に任せます」


 適当に資料を眺める杉村に大神は言った。


「……ここまでやって、得るもんはあったか?」


「どうでしょう。これくらいめちゃくちゃやれば、私達に関わるなんて辞めようと思うかっていう、ちょっとしたテストです」


 本郷琉生をシルヴィに引き込むつもりの仁内を止めるために杉村は動いている。

 ハチャメチャやってシルヴィのことを嫌いになってくれれば琉生の方からシルヴィを拒むだろうと光は考えているようだが……。


「はっはっは、まあ、やりたいようにやれ」

 

 大神は笑いながら杉村から離れ、ヘリに乗り込もうと歩く。


「とはいえ、俺もちゃんと仕事はさせて貰うが……」


 杉村に見られないよう、大神はスマホを使って仁内にメッセージを送った。





 大神の生配信は世界中を興奮させたが、それを見た三人の男たちが駅前の家電量販店に集まった。

 それぞれゲームコーナー、カメラコーナー、白物家電コーナーと階が違う場所にいながら、ローカルネットワークを使ってスマホで語り合う。


 彼らは少なくなったマオーバの残党であった。


「相田という生徒のスマホに記録された画像データを確認した。黒魔子と呼ばれている女が、先日の決起日に現れた黒ずくめとありとあらゆる点で一致している。一文字真子という少女だ」


「では、一文字真子が完動体であることに間違いはないのだな」


「博士の資料を参照すれば完動体は今、高校生の年齢になる。まさか女とは思わなかったが、あれで間違いないだろう」


「おまけに一文字は決起日に我々の障害となった本郷琉生と今なお一緒に行動しているようだ。相田のスマホから抽出した画像データに本郷と一文字が映っている写真も確認した」


「ここまでくれば確定と見ていいだろう」


「ならばどうする?」


「本郷琉生を拉致すれば、自ずと一文字も動き出す。彼女のデータを採集し、博士に送るべきだ」


「危険だ。本郷はシルヴィが作ったと思われる特殊な武器を持っていた。奴に手を出すとシルヴィまで動き出す。今の我々に彼らと渡り合う戦力はない」


「いや、もうシルヴィはこの町全体を掌握している。見ただろう。女子高生ふたりを襲わせた途端に生配信だ。俺たちがどれだけ慎重に行動したって、結局奴らは気付く。これは避けようのない事実だ」


「ではもう動きが取れない」


「覚悟を決めろ。もはや俺たちが捨て駒になるしかない。一文字真子を引きずり出し、彼女のスキャンデータを博士に送る。それだけでいいのだ」


「つまり俺たちの最後の仕事になるわけだな」


「いや、仕事ではない。奉仕だ」

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