第24話 黒鬼の本領

「くそっ!」


 ダメだ。全てにおいて先を行かれている。俺はエレノアをうまく騙していたつもりで、逆に騙されていたということなのか?


 エレノアの正体が巌の聖女なら、そうとしか考えられない。


 一回目に【神の衣】で焼き殺したエレノアの記憶から、俺の正体を知ったのだろう。そして、レイカに憑依したときに読み取った記憶から、アジトの場所を割り出されたのだ。


 最初から全て筒抜けだった。


 なぜ気づかなかった?


 エレノアの姿がエレナと瓜二つな時点で、憑依スキルに警戒はできたはずだ。浅慮が過ぎた。


 教会を出し抜くつもりが、出し抜かれていたか。


「カサンドラ。この戦争を終わらせます。あなたは隙を作ってください」


「御意のままに、聖女様」


 そこに降り立ったのは、【黒鬼】カサンドラ・ステファノプロスその人だった。


 黒衣を纏いたたずむ姿は威圧感の塊。恐怖すら覚える風格を備えている。


「この侵略を終わらせろとのご命令であれば、速やかに実行いたします」


 俺は転移魔術で、すぐさま緩衝地帯へと飛んだ。軌道指定はかなり大雑把だ。だが今は、ここから離れることを最優先した方がいい。


「逃げられるとでも?」


 だが、着いた先には、既に巌の聖女がいた。進軍を続けるアルド帝国軍を遮るように立ちはだかっている。


 こいつ、誰にでも乗り移れるのか?


「もう無駄です。【天の滝】の水は循環しているのです。あなたが私を殺して突き落とした時点で、血は循環ルートに混じってしまった。人々が飲料水を汲み上げる井戸、川、貯水池……全ての水源に私の血が入った雨が降り注ぎました。もう、私の寵愛から逃れ得る者はおりませんよ」


「くそっ、汚い真似を!」


 俺はそんな負け惜しみしか言えなかった。


「年端も行かぬ少女を殺して滝に突き落とした、あなたの罪が元凶なのです。いい加減責任転嫁はやめては?」


 確かに。俺の失態が今の事態を招いた。全て巌の聖女の思うつぼだったのだ。


「ではカサンドラ。頼みますよ?」


「承知」


 カサンドラは、アルド帝国軍の前に立ちはだかり、剣を掲げる。


「いやしくも聖地ルーラオムを守る王権でありながら、教会の制止を振り切り侵略を続ける。度し難い傲慢だ。兵士ひとりふたりの命で、贖える罪と思うな」


「正義は我らにある。剣を納めたらどうだ? 獣人審問官?」


 司令官らしき男がそう嘲笑すると、次の瞬間には首が飛んでいた。


 カサンドラの剣が切り裂いたのだ。


 こいつ、異端でもない人間に対して、一切の容赦がない。


 狂っている。


 そして、あの目にも留まらぬ剣捌き。【剣姫】エレノアの実力に比肩するほどだ。


「この女!」


「獣人の分際で!」


 二人の兵士に挟まれ、剣と戦斧が同時に振り下ろされる。


 が、カサンドラは相手の剣を一刀両断し、戦斧の側面に蹴りを叩き込み、破壊した。


「侮蔑の言葉はそこまでにしておけ。私への侮辱は、使徒ルーライ様、ひいては太陽神エア様に対する冒涜と見なされる。死にたくなければ、剣を納めろ」


 カサンドラが鋭い眼光で威圧すると、兵たちは後退し始めた。中には本当に武器を納める者までいる。

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弾圧時代の魔術王 川崎俊介 @viceminister

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