第23話 聖女降臨

 まずは衛兵に紛れ込んだ内通者を特定しなければならない。どうやってやるかな。


 などと考えていると、むせ返るほどの草の薫りが漂ってきた。ここは都会のど真ん中。街路樹すらない。なのになぜだ?


「私を砂漠に捨て置くなんて、酷いですね、ゼスト・ダンヴェールどの?」


 瞬時に扉は破られ、草の蔓が侵入してきた。


 これはまるで、聖典に書かれている……


「【人の愛は大樹の根のように深く張り、人の営みは葉のように広く生い茂る。その樹に実る果実こそ、わが教えである】」


 聖典に記されたルーライの言葉だ。かつて砂漠にオアシスを創った際、人類の文明を樹木に譬えて言ったという聖句。人類の叡智の頂点こそが自分の教えであるという、傲慢とも謙虚ともとれる謎多き言葉。


 同じことを、エレノアもやってのけたというのか?


「あなたはここで裁きます。この【巌の聖女】の名において。スキル【神の母】の前では、万人が無力。魔術王たるあなたとて例外ではありません」


 まさか。


 来ているのか? 【巌の聖女】が?


 ならば。


 ならば殺すしかない。


「私を殺そうと考えているな?」


 当てられた。だが、止まるつもりはない。


「信者から搾取する強欲な聖職者どもを、なぜ野放しにする? なぜか弱き者ですら異端とみなし殺戮する? 貴様ら教会は、弱者の味方ではないのか!」


「なにか勘違いしているようですね。我らは大戦乱が二度と起こらぬよう、使徒ルーライ様の遺志を継ぐのが第一の役目。そのためなら危険因子は即座に始末する。慈善事業などおまけに過ぎない」


【巌の聖女】は、無感情に述べた。


 その顔は、エレノア・レッドフォードその人のものだった。


「い、巌の聖女様だ! 聖女様が降臨なされた!」


「神罰が下る!」


「やはり戦争など止めた方がよかったんだ! うわぁあああ!」


 衛兵たちは恐れをなして逃げまどう。


 そんななか、同胞と思われる男が、躊躇なく巌の聖女に短剣を突き刺す。が、


「私の血に、触れましたね?」


 瞬時に聖女の身体は崩れ、同胞の身体は女性のものへと変化した。


 エレノアの復活のスキルだ。エレノアと巌の聖女は、同一人物だったか。


「魔術師ですか。愚かなことを。痛みを以て、争いの醜さを知りなさい」


 巌の聖女がそう呟くと、水色の光輪が何重にも広がり、空へと飛んで行った。


 次の瞬間には、地震が巻き起こり、立っていられないほどの揺れに襲われた。しばらくして空を見上げると、雷雲が立ち込めていた。


 まさか、火山雷?


 南方を見やると案の定、大陸を横に貫く山脈の最高峰、アクロ山から噴煙が立ち昇っていた。


「な……」


 あそこには魔術師団のアジトがある。また同胞を死なせてしまった。

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