―07― 主人公

 俺には、大きな使命がある。

 それは、百合漫画『恋してやまない』のヒロインたち、結衣と香澄の恋愛がどのくらい進捗しているか観察するというものだ。

 原作厨である俺は原作通り、結衣にあまり接触しないようにしてきた。

 だが、流石にこのままなにもわからないのはしんどいぞ。

 せめて原作通り香澄と結衣が仮の恋人同士になっているかどうかを確認したい。

 とはいえ、どうやって確認すればいいのか、なにも思いつかないんだよな。

 香澄に結衣を知っているか唐突に聞いたら、絶対に不審がられるだろうし、かといって、今まで話したことすらない結衣に突然話しかけるわけにもいかないし。

 なにか、怪しまれないようないい方法はないだろうか。


「ハル、どうかしたの難しい顔なんかして」

「お、おう」


 声がしたので慌てて顔をあげる。

 香澄が目の前に立っていた。


「いや、なんでもないけど……」

「そう。それと、お昼作ってきたんだけど」


 そう言いながら、香澄は両手でお弁当を2つ分持ち上げていた。

 ちょうどお昼休みが始まったんだった。


「ま、マジか。本当に作ってきてくれたんだな」


 昨日のことだった。

 俺は一人暮らしをしているわけだが、料理が好きな性格ではないため、お昼は決まってコンビニで買えるようなサンドイッチなんかを食していた。

 それを見た香澄がお昼をつくってあげようかと言い出したのだ。


「えぇ、私に感謝して食べることね」

「ありがとう」


 礼を言っては弁当へと視線を向ける。

 ピンク色のケースが二段になっている弁当だ。それぞれのケースを開けると、一つのケースには白いごはんが入っていて、もう一つのケースには様々なおかずが入っていた。

 おかずの種類は卵焼きにハンバーグ、ブロッコリー、それからきんぴらごぼうと彩り豊か。


「その、ありきたりのつまらないお弁当になってしまったけど」


 不安そうに香澄が口をすぼめる。


「いや、全然そんなことない! めっちゃ嬉しいよ。俺のためにがんばって作ってくれたんだってすごくわかるから」

「そんなふうに言われると少し恥ずかしいわね」


 香澄が照れくさそうにお礼を言う。

 実際、小田切春樹として一人暮らししているし、前世のときも一人暮らししていたから、料理を作る大変さが痛いほどわかっている。

 それに、百合漫画『恋してやまない』で香澄が料理上手だなんて描写はなかった。

 だから、この弁当を作るために相当な努力をしたはずだ。

 だから、味わって食べなくては。

「いただきます」と言って、俺は弁当を口にする。

 恋人の料理という補正があるせいか、いつも食べる料理より何百倍もおいしく感じる。

 それになんだ優越感は。

 この教室でカップルが向かいあって食べているなんて俺たちしかいない。そのせいか他の生徒たちから注目を浴びているようで、恥ずかしさと共に優越感を覚えてしまう。

 やはり俺の彼女はどうしようもなくかわいいのだ。


「柊さん、少しいい?」


 ふと、第三者の声が聞こえた。

『柊さん』と香澄のことを名字で呼ぶ者はいったい誰だろう? とか考えて声の主のほうを振り向く。


 俺は衝撃を受けた。

 そこにいたのは俺がずっと会いたいと願っていた百合漫画『恋してやまない』の主人公、音羽結衣だった。

 ベージュの明るい髪色に肩にかかったゆるふわウェーブ。それに彼女の眼力は強く、見つめられるだけで心を見透かされそうだ。

 そしてなりより香澄に負けず劣らず美形。

 彼女を生で見たからこそ思う。やはり香澄の隣は彼女こそふさわしい。


「どうしたの? 音羽さん」

「借りていたノートを返そうと思って」

「あぁ、そういえばあなたに貸していたわね」

「はい、これ」

「ありがとう」


 二人の会話を一字一句覚えるつもりで真剣に聞く。

 二人の関係性はどの程度進展しているんだ? 彼女たちはお互いのことを『柊さん』『音羽さん』と名字呼びをしている。

 それは一見仲が進展していない証拠のように思えるが、原作でも二人はお互いの仲が辿られないように衆目がある場所ではさん付けで呼ぶよう心がけていたはずだ。

 つまり、この二人は原作通り仮の恋人同士になっているということ。


 やばい、ニヤニヤがとまらない。

 口元を手で隠さないとキモすぎてドン引きされそうだ。


「それじゃ」


 と、結衣は体を反転させてどこかへ行こうとする。

 待ってくれ!! もう少し二人が会話している様子を見学させてくれ!!


「なに? どうかしたの? 小田切くん」


 ふと、結衣が俺のほうへ振り向いた。えっ? なんで彼女はこっちを見ているんだ?


「いや、えっと……」


 困惑すると彼女はますます俺の方へと視線を合わせていく。

 音羽結衣は明るそうな性格にみえて、心の中はクールでどこか冷めている。そんな彼女に見つめられると、体まで冷えてしまいそうだ。


「香澄にこんな友達がいたんだなって」


 なんとか無難な言葉をひねり出した。

 そう言うと、香澄と結衣がなにかを確認するようにそれぞれ目配せする。


「別に友達っていうほどの仲じゃないわ。委員会で一緒だったら少しお話しただけよ」

「えー、柊さんひどいなー。私はすっかり柊さんとお友達だと思っていたけど」

「そう、私とあなたでは友達に関する認識が違うようね。あなたって、誰に対してもお友達だって言いそうね。そんなんじゃ軽薄な関係しか築けないわよ」

「そうかぁー、私は仲いい友達たくさんいるけど」


 やばい。香澄と結衣が会話してるだけで耳が幸せだ。彼女たちの周りに漂う空気になりたい。


「そうだ、小田切くんとこうして話すのは初めてだよね。初めまして柊さんの彼氏くん、音羽結衣だよ」


 せっかく百合でしか摂取できない栄養を補給していたのに、結衣が俺に話しかけたせいで俺という異物が混じってしまった。

 しまったぁあああ!! なんてことを俺はしてしまったんだ。


「お、おう、よろしく音羽さん。俺の名前知ってたんだな」

「そりゃ小田切くんは学校の有名人だからね」


 そうか、俺って有名人なんだな。あまりその自覚はなかったが。


「それじゃおじゃま虫になりたくないから、この辺で。じゃあねー」


 結衣は手をひらひらさせながら教室を出ていった。あー、俺の癒やしがー。もっといてほしいのに。


「…………」


 ふと、香澄がジッと俺のことを見つめていた。


「どうしかしたのか?」

「あなた、もしかして、音羽さんのことを狙っていたりする?」


 いやいやいや、そんなわけがないだろ! なんで俺が結衣のことを狙わなきゃいけないんだ。


「俺にはお前がいるのに、他の女に手を出すわけがないだろ」

「そう。私の勘違いだったかしら。あなたが音羽さんを見ているとき、口元がニヤニヤしてたから」

「――ッ!!」


 ヤバイ、どうやら百合成分を摂取してたのが顔にでていたらしい。


「すみません、以後気をつけます」


 素直に俺は頭を下げた。


「つまり、ニヤニヤしていたことは認めるってことね」


 香澄がぷいっと頬を膨らます。

 どうしよう……! 姫がご機嫌斜めになってしまった。

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