―08― カラオケ

 放課後になった。

 お昼以降、香澄はずっと不機嫌そうにしてた。

 どうにかして機嫌を取り戻さなくては。

 香澄とは放課後、よくデートに行くため、今日もデートに行って彼女の機嫌をとろう。


「よぉ、ハル。今日こそ俺たちにつき合えよ」


 ふと、陽キャっぽい見た目の男子生徒が気安く俺の肩を組みつつそう口にした。


「いや、悪いが……」


 今日は香澄の機嫌を直すという重要な使命があるのだ。お前らにつきあっている余裕なんてない!!


「なぁ、香澄ちゃん。今日ぐらい春樹を借りてもいいだろ」


 俺が返事をする前に香澄に聞いてきた。


「別にいいわよ」


 そっけなく香澄はそう告げる。どうみても不機嫌だ。


「それじゃあ行こうぜ」


 香澄の了解がとれると男は引っ張って俺を教室の外へ連れて出そうとする。おい、待ってくれぇ! このまま香澄を放置すると関係が悪化してしまう! と、心の中で叫ぼうとしたときにはすでに香澄は教室の中にいなかった。



「いやぁ、ハルが来てくれるようでよかったわー! ハルがいないと女子の反応が悪いからな」


 そう言って、俺の肩を叩くのは友達の―ー田中(たなか)拓也(たくや)だ。

 田中拓哉は俺の親友で悪友。高校一からのつきあいだ。

 だが百合漫画『恋してやまない』ではモブキャラだったため、漫画で彼の知識を得ることはできなかった。名前だって、ここ最近思い出したばかりだ。

 一応、小田切春樹としての記憶を掘り返すことで、田中拓哉に関して知ることはできたが。


「それでこれからなにするんだ?」


 今日の予定について俺はまだなにも聞いていない。


「他校の女の子とカラオケよ。ハルが来るって伝えたから集まりいいはずでしょ」


 俺が来ると集まりがいいのか。確かに、百合漫画『恋してやまない』で俺、小田切春樹がモテるという設定はいたるところで描写されていたが。


「まぁ、ようするに合コンってことよ」

「いや、合コンって。俺、彼女いるのに行くのはマズイだろ」


 そう、俺には香澄という彼女がいるのだ。なのに合コンに行くのはよろしくない気がする。

 ふと、見ると拓哉がポカーンと口を開けて目が点になっていた。

 なんか俺、おかしなことを言ったか?


「あのハルの口からそんな言葉が出るなんて。信じられないな……」

「おい、どういう意味だよ」

「いや、だって、ハルは数々の女を泣かせた伝説のヤリちんだろ。てっきり香澄ちゃんだって、やることやれば今までの彼女みたいに捨てるんだとばかり思っていたけど……」


 待て、俺ってそんなに最低な男なのか? 伝説のヤリちんってどういうことだよ。


「なぁ、俺と香澄がどういう経緯でつきあうことになったか拓也は知っているのか?」


 百合漫画『恋してやまない』では小田切春樹と柊香澄がつきあうようになった経緯が描かれてなかった。小田切春樹の記憶を掘り返そうとしても、詳細に思い出すことができなかったので、もしかしたら拓哉なら知っているかもしれないと聞いてみた。


「えっと、ハルが香澄ちゃんに告白したんだろ。香澄ちゃんってかわいいけど、クールでミステリアスで男を寄せ付けない雰囲気をまとっていただろ。それでハルが興味を持って。俺ちゃんと覚えてるぜ。ハルが『香澄ちゃんみたいな男慣れしてなさそうな女の子とやりたいから、今度告白するわ。そんで、やるだけやれたら捨てる』って言ってたのを」


 やばい、自分で自分が嫌いになりそう。

 やっぱりこんな最低な俺は香澄とつきあう資格がないんじゃないだろうか。


「そんなハルが香澄ちゃんにぞっこんとはね。まぁ、でもそんな気はしてたんだよなぁ。ここ最近、放課後になると香澄ちゃんのために時間を使っていただろ。以前のハルなら、俺らより彼女を優先することなんて滅多になかったからなー」


 拓也は感慨深そうにそう呟く。もしかして、彼は友達思いのいいやつなのかもしれない。


「まぁ、そういうことだからさ、カラオケは遠慮させてもらうわ」


 申し訳ないが、拓也なら俺の気持ちわかってくるだろう。


「いや、それは困る」

「は?」

「もうハルが来るって言っちゃったんだよ! もし、来てくれないと俺が嘘つきってことになるじゃん。頼む! カラオケ来てくれ。じゃないと俺が困る!」


 拓也が泣きながら俺の腰にしがみついてきた。

 別に俺がいなくてもいいだろと内心思うものの、ここまで懇願されたら断るに断れない。

 結局、俺もカラオケについていくことになった。俺も意思が弱いな。


 それから、今日のカラオケに参加する他の男子たちと合流した。俺と拓也を含めて全員で5人、皆同じ学校に通っていて顔見知りである。とはいえ、どいつも百合漫画『恋してやまない』では、モブキャラなため名前を思い出すのに少々苦労した。


 その後の他校の女子とも合流した。

 出会った瞬間、男たちから「おぉっ」とどよめきが起きるぐらい彼女たちの顔面編朝が高かった。俺たちと違って彼女たちの学校は私立のお金持ちしか通えないところだし、制服も高そうな生地を使っている。


「拓也がセッティングしたのか?」


 ふと、俺は拓也に耳打ちする。これだけの逸材を集めるとは、拓也は相当のやり手なのかもしれない。


「おうよ! ハルが来るって言えば、これぐらい余裕で集められるっての」


 は? 俺ってそんなに人気者なのか?

 確かに、小田切春樹は文句ないイケメンだ。けれど、他校の生徒の評判になるほどなにか突出しているわけではないはずだが。


「キャー、本当に小田切くんがいる!」

「本当だぁ! 小田切くんだぁ!!」


 と、他校の女子たちが黄色い声援をあげて、俺のもとにやってきた。えっと、これはどういう状況なんだ?


「あの、私この前の番組見ました! とってもかっこよかったです!」

「私、雑誌買いました。よかったら、後でサインして欲しいです」


 そう言って、彼女たちは憧れの俳優にでも会えたかのようなうっとりした表情で俺のことを見つめてくる。

 やばい、一体なんのことだ……!? 番組? 雑誌? なんのことかさっぱりわからん!

 数秒ほど混乱していると、一人の女子が雑誌を広げて俺に見せつけてきた。


「このページの小田切くんとってもかっこよかったです! 私このページを見て、小田切くんのこと大好きになりました!」


 そのページには、俺がモデルのようにかっこつけた写真が載っていた。

 思い出した……!! そうだ、俺は高校生のモデルとして活動しているんだった。番組というのは、俺が出演した恋愛バラエティーのことだ。その番組に出演したおかげで多くのファンを獲得できた。

 小田切春樹としての記憶が曖昧だったせいで思い出すのに時間がかかってしまった。そういえば、百合漫画『恋してやまない』でも俺がモデルをしているって書かれていたな。一コマに小さく書かれていただけだが。

 ようは俺を餌に、これだけの女子を呼んだというわけか。俺が来ないと言った途端、拓也があれだけ取り乱すのも納得だ。


「ありがとう、うれしいよ」


 戸惑いつつも愛想笑いで俺は対応した。すると彼女たちは再びうれしそうに歓声をあげる。

 それから、今回の目的であるカラオケへと入った。

 自己紹介をしてから流行っている曲や定番の曲を中心に皆で歌っていく。

 前世の俺はカラオケなんて滅多にいかず、せいぜいアニソンを歌えるぐらいだったが、小田切春樹の記憶を思い出すことで、流行りの曲を完璧に歌うことができた。


「あの、小田切くんは普段なにをしているんですか?」


 隣の座っている女子高生に話しかけられた。

 確か、自己紹介で渡辺陽菜と名乗っていたはずだ。彼女は茶色の髪を伸ばしていて穏やかそうな雰囲気を漂わせている。

 普段なにをしているかって、なんて答えようか。百合漫画を嗜んでいますって言うのは初対面の相手に言うのは少々はばかられるような。


「えっと、漫画をよく読んでいるかな」

「へー、小田切くんって漫画とも読むんだ。けっこう意外かも。私も最近、漫画のアプリでよく読みます」


 それから彼女とおすすめの漫画を紹介し合ったりした。俺も数少ない百合以外の漫画のレパトリーを必死に思い出しながら紹介する。


「あと、最近だとこれにハマっていますね」


 そう言って、彼女はスマホの画面を見せる。

 そ、それは、百合漫画ではないか! 正確には百合漫画と定義するには悩ましいところではある。まぁ、正確にいえば、百合要素のある漫画といったところか。基本的には、女子生徒が主人公のコメディであるが、サブキャラの女の子に主人公のことが好きな同性愛者が登場するのだ。

 ともかく、その漫画は俺の大好物に違いなかった。


「それは俺もめちゃくはハマっている漫画だ!」


 それからの俺は饒舌だった。どこの話がおもしろかっただとか、どのキャラクターが好きだとかとにかくしゃべっていたのだ。

 そして、気がつく。俺、しゃべりすぎたかもな。こんなに一方的にしゃべっていたら引かれるかもしれない。

 どうしても好きなことになると話がとまらないのは俺の悪い癖だ。


「すまん、俺ばっかりしゃべっていたよな」

「いえ、全然気にしていません。むしろ楽しいですよ、小田切くんの話を聞くの。それに私は話すより聞く方が好きなので」

「そっか、それならよかった」

「けど、なんだか意外でした。てっきり小田切くんってもっとクールな方だと思っていたけど、好きなことになる小学生みたいになるんですね」

「その、期待外れだったかな?」

「いえ、むしろ逆です。小田切くんってかわいいところもあるんですね。ますます好きになっちゃったかも」


 好き、と彼女は強調するように告げた。

 瞬間、俺の心臓が跳ねる。前世では陰キャでモテない人生を送っていたせいだろうか。女子の素直な好意を向けられると、クラッときてしまう。


「ねぇ、小田切くん。トイレに行ったフリをして、二人でここから抜けませんか?」


 ふと、彼女の蠱惑的な瞳が目にはいった。

 言いながら彼女は太ももの上に手をのせる。

 てっきり俺は彼女のことを男慣れしてない清楚な女の子だと思っていたが、もしかしてたらそれは大きな勘違いだったかもしれない。


 行きたい、という心の葛藤が現れる。前世ではこんなふうに女の子からモテたことなんてなかった。

 けど……ッ! 今の俺には香澄という恋人がいるんだ!


「悪い、俺、彼女がいるから」

「そ、そうだったんだ……」


 彼女は理解してくれたようだが、終始気まずい空気が流れてしまった。

 それから数分後、俺はトイレに行ったフリをして、一人でカラオケを後にするのだった。

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