―06― お部屋デート

「あぁ〜、やっぱり百合は尊いなぁ」


 自室で俺は百合漫画を読んでは幸せに浸っていた。

 ここのところ百合を摂取できていなかったので、今日は朝から夜までひたすら百合を堪能しようと決めていた。

 なんせ今日は休日だからな。いつものように香澄に邪魔されずに一人の時間を過せるっていうわけだ。


 ピコン、とスマホの通知音が鳴る。

 見ると香澄からメッセージが届いていた。

 せっかく百合を楽しんでいたのに。まさか遠隔で邪魔されるとは。


『暇?』


 メッセージの内容はこれだけだった。


『暇だけど』


 と、文字を打つ。

 きっと退屈しのぎに通話でもしたいのだろう。まぁ、そのぐらいなら、つきあうのはやぶさかではない。


『今からあなたの家に行く』


「マジか!?」


 まさかの事態に大声をあげてしまう。

 家に来るって、どどどどうしよう!? 一人暮らしを始めたのは4月からってのもあり、小田切春樹の記憶を掘り返しても家に女の子を呼んだことは一度だってないのだ。

 俺の部屋、女の子を呼んでも大丈夫だよな?

 女の子を招き入れるには部屋が少し汚い。急いで掃除しないと。

 まず、見られて困るものを片付けないと。

 エロ本とかはなかったはず。

 この大量の百合漫画と百合小説は見られても問題ないか。これらは前世の記憶が蘇ってから大量に購入したものだ。

 念の為エッチな百合モノは本棚の裏に隠しておくか。


「ピンポーン」とインターホンが鳴る。来るのが早いな!?


「よぉ、ず、随分と早いな……」

「連絡したときには、すでに近くまで来ていたから」


 とか言いながら香澄は部屋の中へとずかずかと入っていく。

 すでに近くにいたって、俺が留守にしていたらどうするつもりだったんだよ。


「部屋汚いわね」

「う、うるせねぇな。掃除しようと思ったのに、早く来たせいでできなかったんだよ」


 今からでも掃除するか。

 どうしても一人暮らしだと怠けてしまうんだよな。

 そんなわけで床に散らばってるものを拾っていく。


「あなた、漫画とか読むんだ。知らなかった」


 積まれていた百合漫画を香澄が手にしていた。


「最近ハマったんだよ」


 小田切春樹としては最近から読み始めたので間違ったことは言ってないはず。

「ふーん」と、彼女が返事をするとベッドに腰掛けて百合漫画を読み始めた。

 自分の趣味の百合漫画を目の前で女の子に読まれるのはけっこう恥ずかしいな。できる限り平常心でいよう。


 ふぅ、これで一通り掃除が終わったな。

 香澄を見ると、まだ百合漫画を読んでいた。どうやらハマったようだ。


「なぁ、なんで突然俺の家に来たんだよ?」


 そういえば、まだ彼女が訪ねてきた理由を聞いてなかったなと思って、そう口にする。


「あなたに会いたくなったから」

「はぁ?」

「はぁ?ってなによ。恋人に理由もなく会いたいと思うのは、普通のことだも思うのだけど」


 いや、まぁ普通の恋人ならそうかもしれないが、お前は俺のこと特別好きなわけじゃないだろ。

 好きでもない相手に理由もなく会いたいとはならない。

 恐らく、家に居づらくなって避難しにきたというのが本当の理由だろう。

 柊香澄が家庭に複雑な問題を抱えてるのは、百合漫画『恋してやまない』を読んで知っているわけだが、俺が彼女の問題に介入するつもりはないので、これ以上追求しなくていいか。

 彼女の問題を解決するのは主人公の音羽結衣の役目だ。


 香澄が百合漫画にハマってくれたなら都合がいいな。俺も彼女の隣に座って百合漫画を読み始める。もともと今日は終日百合漫画を読み漁るつもりでいたのだ。


「ねぇ、よく見たら百合作品しかないじゃない」


 ふと、読むのに熱中してると香澄の声が聞こえた。


「あぁ、そうだけど」

「ちょっと偏りすぎじゃない?」

「別にいいだろう。好きなんだから」


 実際、百合以外の漫画も読まないわけではないが、転生を自覚した直後だったので反動で百合作品ばっかり集めてしまったのだ。


「あ、こんなところにも本を隠してあるわね!?」

「おい、それは――!!」


 香澄が本棚の裏に隠してあった漫画を手にしていたのだ。そこにエッチな百合作品を隠していたのに。


「これも百合モノじゃない」


 香澄が複雑そうな表情をしていた。

 彼女はエッチな作品ってことより百合モノであるということのほうが印象に残ったようだった。


「ふーん、女の子同士ってこんなふうにセックスするのね」

「おい、待て。あんまりマジマジと見るな!」

「いいじゃない。彼女として彼氏の性癖は抑えておかないと」

「だからって、読まれるのは恥ずかしさのあまり死ぬことになるぞ」


 こうなったら無理矢理にでも奪うべきか。でも、それをすると事故で体が密着させてしまう可能性がある。百合を守る戦士としてそれは避けたい。


「顔を真っ赤にして照れちゃって、ホントあなたってからかいがいがあるんだから」


 香澄はあざ笑うようにそう口にしたと思ったら、おろうことかエッチな百合漫画のセリフを朗読し始めたのだ。


「『今日はエッチしたくないっていったじゃん』『無理、今のあやかかわいすぎて、我慢できない』『や、やめてって言ってるじゃん』『好きだよ、あやか』『ん……んんっ』」


 流石にこんな羞恥プレイ、今すぐやめさせないと――い、いや、待てよ。この状況って、冷静に考えたらものすごく役得なのでは。だって、憧れのヒロインが俺の好きな百合漫画のエッチなセリフを朗読してるんだぜ。

 そう思うと、なんか胸がドキドキしていた。このままだと、耳が尊死とうとじぬ。


「あなた、もしかして私が読んで興奮してる――?」

「いや、そんな、こ、こここ興奮なんてするはずないだろ……ッ!!」


 慌てて弁解するが、なにか悟ったようで香澄は「はぁ」とため息をついた。


「この変態」


 ビクンビクン! 知らなかったか? 美少女が蔑む目で「変態」と言うのは男にとってはご褒美なんだぜ。



「ねぇ、一緒に授業の予習をしない?」


 しばらくして、香澄がそんなことを提案してきた。


「別にかまわないが……」


 勉強している最中ならからかわれることもないだろうと了承する。

 ちなみに、柊香澄は学年でもトップクラスに成績がいい。百合漫画『恋してやまない』でも、香澄が勉強が苦手な主人公の結衣によく勉強を教えるシーンがあった。

 ちなみに、俺というか、この体の小田切春樹も勉強ができる。いつも成績の順位が一桁とかだ。前世では勉強が苦手だったんだけどな。

 とはいえ、香澄も俺もガリ勉ってわけではなく、要領がよくて少ない学習時間で好成績を収めるタイプだ。だから、わざわざ一緒に勉強をしようと香澄が提案してくるのは意外ではある。


「予習をやらなきゃいけないほど、授業が不安なのか?」

「そういうわけではないのだけど、ただ、恋人と一緒に勉強してみたかっただけ。なんだかカップルみたいじゃない」

「ふーん、そうなのか」


 できれば俺とではなく、結衣とやってほしいが、まぁいいか。

 そんなわけで、ノートや教科書をテーブルの上に開く。


「そういえば私、勉強道具をなにも持ってきてないわ」

「あぁ、そうか。だったら、筆記用具とか貸すぞ」

「あら、ありがとう」


 そう言って、シャープペンシルを手渡す。ノートはルーズリーフを貸せばいいし、教科書はどうしようか……。


「えっと、香澄さん、これは近すぎません?」


 彼女が俺の隣に座ってきたのだ。これだけ近いとペンを動かしたりするだけで、密着とかしてしまいそうだ。


「だって、教科書を一緒に見るにはこうするしかないでしょ」


 まぁ、確かにそうか。

 そういうことなら、仕方がないのか……。

 それから勉強を始めたが……正直、身が入らん! だって、これだけ近いと女の子特有の良い匂いが鼻をくすぐるし、それに吐息の音まで聞こえてくる。そんなの集中できるほうがおかしい!


「ねぇ、せっかくだしゲームでもしながら勉強しない?」

「ゲームって一体どんな?」

「うーんと、例えば、先に問題を解けたほうがご褒美があるとか?」

「ご褒美って、一体なにを渡せばいいのか全く思いつかないが」

「そうね……」


 と、香澄は唇に手を当てて考える仕草をする。


「もし、ハルが勝ったらおっぱいを触らせてあげる」


 ボソリ、と耳元で呟いた。

 お、おっぱいだとぉ!?


「そ、それはまずいだろ、色々と」

「なんで? 恋人の私がいいって言ってるのよ。なら、問題ないと思うのだけど」

「いや、ダメだ! そ、そんなの不純だろ」

「この程度で不純って、あなた本当に高校生?」


 呆れた様子で香澄はそう口にした。

 すると、「あぁ」となにかを思い出した仕草をする、俺のほうに近づいて、耳元に囁いてきたのだ。


「そっか。あなたはホテルまで行って私を置いていくようなヘタレだもんね。そんなヘタレにおっぱいを触るなんてできるわけがないか」

「うるせぇ。おっぱいぐらい俺だって触れるわ!」


 やべぇ、つい売り言葉に買い言葉で言ってしまった……!!


「へぇ、じゃあ今触ってもいいわよ」


 そう言って、香澄は胸を突き出すような仕草をした。

 マジ? 触っても良いの?

 ど、どどどどうしよう!? 触りたい!? めちゃくちゃ触りたいけど!? でも、そのおっぱいを触って良いのは俺ではない。

 そのおっぱいは主人公の結衣のものだぁあああああ!!

 我、百合の間に不可侵なり。


「すみません、調子こきました。俺はヘタレです」


 全力で土下座した。完全な白旗である。


「あははっ、本当に可愛いんだから。つい虐めたくなっちゃった」


 かわいいって、なんかそう言われるとどう反応すればいいのかわからず困ってしまう。

 ともかくお姫様がご機嫌なようで、それはなによりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る