第8話 イーヒット司祭


「あなたがあの高名な聖剣使いのマルスさまだったのですか。なるほど、噂通りの方のようですね」


「すまなかった。反省している」


「いえ。いいのですよ。過程はどうあれ結果としてあなたは心を入れ替えて反省し、こうして私に謝っている。素晴らしいことです。何を咎めることがありましょう」


「いい人だ……」


 イーヒット司祭は話してみると普通に良い人だった。こんな良い人を拷問しようとした馬鹿がいたらしい。信じられねぇ罪人だ。見つけ次第俺が天誅を下してやるぜ。ハハハ……。


「ハァッ!」


 俺は自分の腕を聖剣で切り飛ばした。


「ぐ、ぐあああああああああ!」


「な、なにをやっているんですかマルスさま? すぐに回復魔法で治療しないと!」


「いえ、その必要はありませんよ。まぁ、カルマだらけの脳内に回復魔法をかけた方がいいとは思いますけどね」


「ホリィさん!? あなたも何を言っているんですか。この場で一番回復魔法が上手なのはあなたです。今すぐマルスさまに回復魔法をかけてあげてください!」


「その必要もありませんよ。私はいつだって、回復魔法の腕前はパーティーじゃ3番目でしたから」


「それはどういう……」


「見てれば分かりますよ」


「ぐ、ぐあふふっ、正義執行気持ちいいー。っ痛。断罪気持ちいいー。この痛みが贖罪の実感を俺に与えてくれるゥー……セイント・ヒール」


 贖罪の証である腕を切断される痛みをたっぷり味わった俺は、自分の腕にセイントヒールをかけて元に直した。グーパーグーパー。うん、完璧に元通り。流石聖剣魔法だ。


「な……あれだけの大怪我を1小節にも満たぬシングルアクションの口頭魔術で治しただと! ありえない! 回復魔術――いや、全ての魔術の大原則に逆らうルールへの反逆。まさに、奇跡としか言いようがない光景だ。これが、聖剣に選ばれたものの力なのか……」


「聖剣に選ばれた勇者と聖杖に選ばれた聖女には強力なオリジナルスペルが神から与えられます。セイントヒールもそのオリジナルスペルの1つ。セイントヒールと唱えるだけであらゆる常識とルールを無視してどんな重傷もバッドステータスも状態異常も治す、チート能力です。全く、いつ見ても理不尽な光景です。私が治癒魔術を修めるためにしてきた死にものぐるいの苦労を冒涜されてる気分になりますよ」


「むぅ……確かに聖職者にとっては己の非力さと無力さを身につまされる、少々目の毒な光景ですね」


「さて。贖罪が終わったところでイーヒット司祭。あなたにあの聖像の下にある階段について説明しよう」


「正直ずっと気になってました」


「私ももっと詳しく聞きたいです」


「そうだな。ホリィにもザックリとしか説明してなかったし改めて聞いたほうがいいいか」


 俺はホリィとイーヒット司祭にここに至るまでの経緯を詳しく説明する。


「馬鹿な……教会の地下に魔王軍の幹部が納める鬼翔会のアジトが広がっていたですと……。教会の協力なくしてそのようなことはあり得ない。しかし、教会本部と教皇の腐敗ぶりを考えたら、不思議とその結論はしっくりくる」


「私も、最近の教会の動きには胡散臭いものを感じていました。免罪符や浄化水などと言う訳のわからないものを販売しますし、権力者との癒着も度々噂に聞いた。黒い噂が多すぎた」


「その通りだ、教会は真っ黒だ。信じるに値しないぜ」


 俺は確信をもって断言する。だがその確信は俺のうちだけにあるものイーヒット司祭を信じさせるには根拠が足りなかったようだ。


「しかし、にわかには信じがたいことですな。なにか証拠などはないですか。疑うわけではないのですが、その、全てを信じきるというのも中々難しくて」


「じゃあ、マルスと私で探してきます。いいですよね、マルス」


「え? ああ。ホリィがいいなら俺は別に構わない」


「決まりですね。ではイーヒット司祭。私ちはこれからあの地下空間に潜って証拠を探してきます。イーヒット司祭はここにいてください。マルスの話が本当なら危険な場所になりますから」


「分かりました。シスターホリィ。あなたに神の御加護があらんことを」


「さぁ、行きましょうマルス。魔族の死体がある場所まで案内してください」


「あ、あぁ」


 ホリィは俺の手を引いて歩き出す。意外な所作だ。俺が思ってるより嫌われていないのか? 分からないが悪意は感じない。むしろ好意を感じる。気がする。


 ホリィと位置を逆転し先頭へ。俺が案内するのだから当然の配置だ。俺はホリィの手を引いて階段を降りる。ホリィは大人しく俺の後をついてくる。


 地下通路を歩きながら、背後のホリィへと言葉をかける。


「安心しろ。どんな悪党が出てこようと俺がぶっ殺す。返り血一つ浴びさせない」


「ありがとうございます。ふふ、昔を思い出しますね。マルスの後ろはいつも一番の安全地帯でした」


「当然だ。俺は最強だからな」


「……そうですね。マルスは最強です。なのになんで私達を裏切――いえ、今はこんな話をしてる場合じゃないですよね。ご、ごめんなさい」


 胸がズキリと痛む。かつての仲間と合う度、あの日のことを蒸し返される。それに付随して俺はどうしても思い出してしまう。理不尽な神。あの日の仲間たちの失望。そして俺に組伏せられたアリアの泣き顔――あの子の純粋な笑顔を俺が永遠に奪った。きれいで透明な心を俺が取り返し不可能なほど汚した。あの子は一生俺を許さないだろう。


 俺が、悪い。

 全部、俺のせい。

 みんな、そう言う。

 その通り、全部俺が悪い。

 全部、俺が悪いんだ……。



「……謝らなくていい。悪いのは、俺だよ。言い訳はしない」


「マル、ス……。その、何か事情があったのですよね。だってあの行動はあまりにもマルスらしくない。私は知っています。あなたは、なんの理由もなく、いや理由があってもあんなことする人じゃない。本当のことを教えてください。私はまだあなたを信じたい」


 こんな俺をまだ信じたいと言ってくれる。胸の奥が熱くなる。感謝と、それに倍する申し訳なさが溢れ出る。ホリィに何もかもを話してやりたい。この無念をホリィに分かって欲しい。

 でも、それは叶わない。だからせめて感謝だけでも伝えるため、俺はホリィの手を宝物を扱うかのように優しく、だけど強く握り締めた。


「……ありがとう。本当に、救われる思いだよ」


「マルス……!」


「だけど……ごめん。どうしても話せない」


「……マルスの、馬鹿」


「……ごめん」


 気まずい空気が流れる。俺達はその後、無言で地下通路を歩いた。情報が廻って構成員が逃げ出したのか、道中誰ともすれ違わなかった。


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