第9話 教会地下探索

「この気配。間違いなく魔族がいますよね」


「ああ、いるな。聖剣にも反応がある。間違いない」


 椅子状の魔族の死体がある部屋の方向から強大で悍しい魔力の反応を感じる。邪悪センサーもビンビンだ。嫌な予感しかしない。だが引く気はない。悪党を殺すことが唯一の俺の救済なんだ。そうしている間だけ、本当の意味で苦しみを忘れられる。悪党に正義を執行することだけが今の俺の生き甲斐だ。だから絶対この邪悪な魔力の持ち主は殺す。できるだけ苦しませて殺す。


「ホリィ、一応聞いておく。引く気はあるか」


「分かりきったことを聞かないでください。私も戦います! と言いたいところですけど……多分マルスには私の助力なんて必要ないですよね……ははは……」


 妙に卑屈なことを言うホリィ。らしくない。俺の知ってるホリィなら「何があっても絶対守ります!」くらいのことは言うはず。何か自信を損なうようなことでもあったのだろうか。


「どうせ、私の力なんてもう誰も必要としない。私は無力。守られるだけの邪魔な存在。もう誰からも必要とされない。だから、魔王討伐隊から――」


「ホリィ。自虐はあとだ。敵はもうすぐそこだぜ。戦いが始まる前に、各種ステータスブースト魔法を頼む。戦闘中のサポート魔法の取捨選択は全てホリィの判断に任せる。パーティメンバーが俺とお前の二人きりだった、あの時と同じように戦おう。下手に新しい戦法を試すよりそっちの方がいいはずだ。勘は鈍ってないよな?」


「――わ、私の力なんてあなたには必要ないでしょう。その聖剣があるのですから」


「このガラクタは使わない。いや、多分、間違いなく、この敵には使えない。だから、今回俺はこの剣を使う」


 俺は聖剣の腹からインベントリに収納された剣を一本取り出しホリィに見せる。


「それ、は――魔剣アベル?」


「ああ、俺がまだ聖剣を手に入れる前に使ってた愛剣さ。ホリィにとっては聖剣よりも馴染み深い剣なんじゃないか?」


「ええ、だって魔剣アベルは私とマルスが二人きりで旅していた時代に、マルスが使っていた剣ですから。でも、何故今アベルを? 聖剣使ったほうがいいじゃないですか」


「――聖剣は使えない」


「え――どういう、ことですか?」


「それは――ああ、糞。駄目か。悪いが詳しくは言えない。とにかく使えないとだけ覚えておいてくれ。俺は今この場では魔剣アベルを使って戦う。戦力大幅ダウンだ。だからホリィ。お前の力が必要だ」


「私の力が、必要? マルスに、私の力が?」


「そうだ、ホリィ――俺には、お前が必要なんだ」


「――」


 目を見開いて、俺を見返すホリィ。心底意外だと言わんばかりの表情。そりゃそうだろう。自分でも何をぬけぬけと抜かしやがると思うくらいだ。言われた側なら尚更に違いない。


「やっぱり一人で戦う」と、口を開いて言いかけたその時、ホリィの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。


「うぅ、ひっぐっ」


「わ、悪い。そこまで嫌がられるとは思っていなかった。すまない。優しくされて、図に乗った。もう二度と、ホリィには関わらない。絶縁しよう」


「!? 馬鹿! 馬鹿ぁっ! いつもいつも、勝手に突っ走って! 誰が嫌だなんて言いましたか!」


「だって、泣いて」


「っ! 馬鹿っ! マルスの馬鹿っ! あなたはそうやっていつも思い違いばかり。わ、私は、私はずぅっっとあなたのことを、今でも――きゃ!」


 地響き。


 地面が揺れる。体勢を崩したホリィを俺は抱き抱えて支える。


「大丈夫か」


「は、はい。ありがとうマルス」


「急いだ方が良さそうだな。この地下通路が崩落しかねない。不快かもしれないが我慢してくれ」


「わっ!」


 俺はホリィをお姫様抱っこした。こっちの方が早いしホリィの手が空く。


「強化魔法を頼む。すぐ戦闘になる」


「ふぁ、ふぁい!」


 ホリィは気が動転しているのか呂律が回っていない。聖剣が使えないと聞いて不安なのだろう。


「安心しろホリィ」


「ふぇ?」


「確かに聖剣は使えない。だが、ホリィは俺が必ず命にかけても守る。それに俺には魔剣アベルがある。聖杖を持ったアリアや魔王や最高ランクダンジョンのラスボスでもない限り早々負けはしないさ」


「ふ、ふふふ。あなたはいつも頼もしいですね。安心しろなんて言われなくても心配なんて最初からしていませんよ。マルスはどんな相手でも絶対勝つって信じていますから」


「今となっては過大評価さ……。だが、この程度の気配の相手なら、俺は必ず勝つ。断言してやるよ」


「はい、それでこそマルスです!」


 なんかホリィ、やたら機嫌がいいな。ファイターズハイか? まぁ怯えられるよりはましか。

 それに俺も、なんだか昔の関係に戻れたようで機嫌がいい。

 こんな日は、悪党をスカッとしばいて正義の余韻に酔いしれるに限る。悪いがまだ見ぬ敵よ。今宵の正義の肴になってもらうぜ。




「凄く濃密で邪悪な魔力反応ですね……この扉の奥に、魔王軍の幹部、ですか」


「ああ、間違いない。ホリィ、記憶の探求ダウジングメモリーズを発動しておけ」


「……いいのですか?」


「記憶の探求で共有できる記憶は許可した記憶だけ。なんの問題もないだろう」


 記憶の探求はホリィのEXスキルだ。人が天より与えられる千差万別の特殊な能力、スキル。その中でも他に2つとないユニークスキルのことをEXスキルという。ユニークなだけあってEXスキルはどれも強力だ。勿論俺も持っている。


 ホリィのEXスキルの記憶の探求は相手の許可した記憶を読み取る力と、自分の記憶を相手に共有させる力を持っている。一聞すると間諜系の戦いに不向きな能力に思えるが、両方の能力を常時発動することによってコンマ0秒以下の連携を行うことができる強力な戦闘スキルに化けるのだ。


 ただ、ホリィはこの能力をあまり使いたがらない。記憶の許可というのは心の弾みで如何様にも解けるものらしく知るべきでない、また伝えたくない記憶を伝達してしまう事故が起きるからだ。


 プライバシーに致命傷を与える可能性が常に付き纏うため、余程の強敵が相手でない限り封印しているホリィの切り札だ。


「でも、マルスの心のはずみで許可がおりて深層意識まで読み取ってしまう危険性がありますよ。マルスはなにか大きな隠し事をしてますよね? その記憶が私に流入してしまうかもしれません。その、マルスが一人でしてる時の記憶を読み取ってしまったあの時のように」


「そんなリスクよりホリィの方が大切だ」


「え? あ、ふぁ、はい! そ、それじゃ、使わせて貰いますね。すぅ――記憶の探求」


 ホリィの体が淡い光に包まれる。魔力の光。スキルを発動の余波だ。


 ホリィの記憶が、ダイレクトに脳内に伝わる。同じく俺の記憶もホリィの脳内に伝わっていることだろう。シームレスで伝わる記憶は意思の伝達と変わらない。これでホリィとの完全な連携が可能となった。


 ホリィは可愛いなぁ。


(っ!? な、なななにをいきなりっ!?)


(スキルは正常に発動してるみたいだな。声に出さなくても心の声がばっちし伝わった。ホリィのスキルはやっぱり凄いな)


「変な確かめ方をしないでください! 今更、惑わすようなことを言わないでください……」


 うつむくホリィ。伝える意思がないので何を考えているのか分からない。だが、その表情を見て察せられないほど俺も鈍くなかった。きっと、昔みたいにまた仲間に戻ってくれるのではないかと一瞬考え、すぐ否定したのだろう。その通りだ、昔のようにパーティを組むことなどもうない。俺がパーティを壊した。そう、俺が。


「悪い。俺が悪かった。さぁ、気を切り替えよう。こっから先は死地だ。雑念交じりで勝てる程、命懸けの戦いは甘くない」


「そうですね――必ず、勝ちましょう。あなたと、私で」


「ああ。頼りにしてる」


「はい。頼りにしてください」


「行くぞ」


「はい」


 俺は扉を勢い良く開け放つ。

 渦巻く濃密な魔力の奔流が、俺達を出迎えた。

 外に溢れ出した。



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